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卑弥呼のシェフ 〜世界大会優勝の料理人、弥生時代で料理無双してたら卑弥呼が私物化しようとしてくる〜  作者: ポルカ


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安芸の復讐と幻の魚2



 対決までの二週間、朔は鍛冶場と工房に籠りきりになった。

 彼が作ろうとしていたのは、弥生時代の技術を極限まで応用した、現代の「大物釣り」用タックルだ。


「まずは竿ロッドだ」


 朔が選んだのは、囲炉裏の煙でいぶされ、茶色く変色して乾燥しきった真竹まだけ


 節が詰まり、肉厚な根元の部分を使う。


 だが、単なる竹竿ではない。

 彼は竹の節を丁寧にくり抜き、その空洞の中に、弓の材料としても使われる強靭でしなやかな「ハゼの木」の芯を削り出したものを通した。


『バンブーロッド』と『コンポジット(複合素材)』の融合だ。


 さらに、強烈な引きで竹が裂けないよう、竿全体を絹糸で密に巻き上げ、その上からうるしを何度も塗り重ねて固めた。


 これにより、竹の反発力と木の粘りを併せ持つ、怪物級の竿が生まれた。


「次は……一番重要な『ライン』だ」


 当時の釣り糸といえば、麻やくずの繊維をり合わせたものが主流だ。これらは太くて水切れが悪く、水を含むと重くなり、何より強度が低い。


「麻糸じゃ一瞬でブチ切られる」


 朔が用意させたのは、最高級の生糸きいと

 彼はユズリハの手を借り、極細の生糸を四本一組にし、それをさらに四組、交互に編み込んでいく「組みひも」の技法を取り入れた。


 単に撚るのではなく、編み込む。


 これにより、繊維同士が互いを締め付け合い、引っ張られても伸びない、驚異的な直線強度が生まれる。


 これは現代で言う『PEライン』の再現である。


 完成した糸は、煮溶かした松脂まつやにと油の混合液に漬け込み、コーティングを施す。


 これで吸水を防ぎ、岩場での摩耗にも耐えられるようになる。


 その細さは従来の麻糸の半分以下でありながら、強度は優に十倍を超える。


 弥生人が見れば、細い髪の毛に見えるその糸が、大の男が引っ張っても切れないことに腰を抜かすだろう。


 次にリール。


 朔は作業台に、硬いかしの木材と、貴重な鉄のインゴット、そしてなめした厚手の牛革を並べた。


 朔の手が素材にかざされ、クラフトが始まる。


 構造は、現代で言う「タイコリール(両軸リール)」に近い。

 単純だが、それゆえに壊れにくい。


 スプールの側面には、分厚い牛革を貼り付けた鉄板を設置する。


 魚が引いた時、スプールが勝手に逆回転して糸が出ていく。

 その際にこの革を親指で押し付けて、摩擦熱で回転を抑え込むのだ。


 現代のリールにある「ドラグ機能」を、親指による加圧サミングと、革の摩擦抵抗で再現するアナログな機構だが、この時代においてはこれこそが最も信頼できる「制動装置」だった。


「これなら、指を焼かれることもない」


 ギア比は1対1。巻けば巻いただけ寄ってくる、力比べのためのウインチだ。


 そして、フック


 相手は岩場に潜む猛魚。生半可な針では折られるか、伸ばされる。


 朔ははがねを鍛え上げ、焼き入れと焼き戻しを慎重に行い、硬さと粘りを両立させる。


 形状は、針先が内側に大きく湾曲した「ネムリ針(ムツ針)」。

 魚が餌を丸呑みしても、喉奥や内臓には刺さらず、吐き出そうとした瞬間に口角カンヌキという最も硬い部分に自動的に掛かる仕組みだ。


 鋭い歯でハリス(針を結ぶ糸)を噛み切られるのを防ぐための、先人の知恵の結晶である。


 そのハリスには、細い銅線を三つ編みにした「ワイヤーリーダー」を接続。

 これで歯による切断対策も完璧だ。


「……できた。こっちが本命の『怪物用』」


 完成した仕掛けを手に、朔は満足げに頷いた。

 タケヒコに使ってもらう鯛釣り用の竿一式も、着々と準備している。




 ◇◆◇◆◇◆◇




 船に揺られること二日。

 決戦の地、斯馬国の海岸に到着したのは、対決前日の早朝だった。


 鉛色の空と荒れ狂う白波。

 安芸の国の一行はすでに到着しており、沖合の良いポイントに船を出していた。


「ふん、ようやく来たか」


 船上のジリトが朔たちを見下ろして笑う。


「我らはすでに大漁だ。この時期の鯛は脂が乗って最高に美味いぞ。サイズの方もな」


 彼らの生簀いけすには、鮮やかな桜色の真鯛が何匹も泳いでいる。


 朔たちは船を降りると、二手に分かれた。


「では、私はこのまま船に残り、沖合から鯛を狙うとしよう」


 タケヒコが船員たちに指示を出し、少し沖へ船を進める。


「任せておけ、サク。必ず良型の鯛を釣り上げてみせる」


「サクも頑張ってね!」


 アカネも船上に残り、真鯛組だ。


「お願いします、タケヒコ様! アカネ!」


 朔は揺れる桟橋から離れた岩場、荒磯の先端へと向かった。

 ユズリハと、斯馬国の監視人の漁師がひとり、朔についてくる。


 実際に釣り上げたものであることを、この監視員が証明してくれるわけだ。


「あそこの真下で釣ります」


 朔が狙った場所は、足元の海の深さが10メートルはありそうな岩場だった。


「はぁ? 真下? ……魚がいないとは言わんが、小魚しかおらんだろ。誰も釣らんぞ」


 斯馬国の漁師が訝しむ中、朔は黙々と準備を始めた。


「悪いことは言わん。沖に向かって投げたほうがよろし」


「すみません」


 狙うは、誰も狙わない、海底の岩礁帯。

 前日から釣りを開始し、明日までに結果を出さなければならない。


 幸い、ここは弥生時代。

 狙う魚がスレている可能性は極めて低い。


 それだけが救いだ。


 ヒュンッ!

 仕掛けを足元に投げ込む。


 餌は、牡蠣だ。


「……待つんだ。じっと」


 安芸の国が大鯛を連発し、勝利を確信して、前祝いのうたげの準備を始める中、朔の竿には何の反応もない。


 沖合のタケヒコの船からは、鏡で『釣れている』という光の合図が来る。どうやら順調のようだ。


(頼もしい。これで『保険』は確保できた)


 おかげで少し安心できたというもの。

 あとは、自分が『本命』を獲るだけだ。


 時間ばかりが過ぎていく。

 安芸の国の船から高笑いが聞こえてくる中、朔はじっと待つ。


 監視人の漁師は釣れぬと決め込み、ずっとうたた寝している。


 そうして、夕日が赤く空を染め始めたころ。

 その時間こそ、ゆうマズメと呼ばれる時間。


 ――ズンッ。


「うおっ」


 突然、竿が大きくしなる。

 朔は慌てて竿を掴み、アワセを入れて持ち上げる。


「……えっ」


 岩が乗ったかのような、鈍重な重み。


 根掛かりしたか、と思った直後。


 その「岩」が暴力的な意思を持って走り出した。


「――うおおぉぉぉぉ!?」


 来た。

 乗ってる。


 海に引きずり込まれそうになるのを踏ん張り、ぎりぎりで耐えた。

 竿を力いっぱい持ち上げる。


「――来たぞ! こいつだ!」


 本当に来やがった。

 必死に竿を掴む。


「さ、サク!?」


 振り回される朔を見て、ユズリハが悲鳴を上げる。


「おあぁぁぁ!?」


 いや、待て待て待て。

 これは無理だ。


 弥生時代ナメてた。


 自慢の剛竿が満月のようにしなり、朔の体が海へ引きずり込まれそうになる。


「サク!」


 ユズリハがぶつかるように隣にやってきて、一緒に竿を掴む。


「助かる!」


 想像を絶する突っ込み。


「きゃああぁ――!」


「デカいデカいデカい!」


 想像をはるかに超える、巨大魚がかかっている。

 これが、弥生時代の……!


(頼む!)


 折れるなよ。


 竹と木の複合材で作った竿が、ミシミシと悲鳴を上げる。

 だが、折れない。


 そして糸。

 岩にゴリゴリと擦れる感触が手元に伝わる。


 普通の麻糸なら一瞬で切れている場面。


 だが松脂で固めた「弥生式PEライン」は、岩肌を削りながらも耐え抜く。


「くっ、とんでもねぇぞこいつ!」


 底なしの体力に、朔の息が上がる。

 だが、負けるわけにはいかない。



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