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卑弥呼のシェフ 〜世界大会優勝の料理人、弥生時代で料理無双してたら卑弥呼が私物化しようとしてくる〜  作者: ポルカ


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安芸の復讐と幻の魚1



 安芸の国との料理対決から数ヶ月が過ぎ、今や季節は冬へと移ろっていた。

 大陸から吹き付ける寒風は、邪馬台の平原を枯れ草色に染め上げ、人々の吐く息も白く凍てつく。


 だがそれ以上に冷たく、鋭い執念を漂わせていたのが、何を隠そうその安芸あきの国であった。


「前回の敗北……あれは『塩』という画題が広すぎたゆえの過ちだ」


 安芸の王、ジリトは王座の肘掛けをきしむほど強く握りしめた。


 彼の脳裏には、あの若造――朔が作った『チャーハン』なる奇妙な、しかし抗いがたい美味の記憶が焼き付いている。


 あれは塩の使い方の勝負というより、未知の調理法による小手先奇襲わからんごろしだった。

 ジリトはそう結論づけていた。


「だが海鮮ならばどうだ。我ら海に生きる民に、内陸の農耕民が勝てる道理がない」


 安芸の国は瀬戸内の豊かな海を支配し、魚介の扱いに長けている。

 対して邪馬台国は内陸に大きく広がる国で、海産物にそこまで頼らずに暮らしている。


斯馬しま国へ使いを出せ。そして邪馬台の卑弥呼へこれを叩きつけてやれ。今度こそ、わが安芸の国の実力を思い知らせてやる!」



 数日後、邪馬台国の高殿。


 卑弥呼の御前には、弟のタケヒコや世話役の侍女たち、そして朔とその傍らに控えるユズリハが集まっていた。


「……書簡の内容は、以下の通りです」


 タケヒコが不愉快そうに眉間にしわを寄せ、長い巻物を広げた。

 そこには流麗な筆致で、神経を逆撫でするような言葉が長々と連ねられていた。



『拝啓


 寒冷の候、邪馬台国の女王・卑弥呼殿におかれましては、内陸の乾いた土埃舞う風の中、いかがお過ごしでしょうか。


 見渡す限り茶色の枯野と山々に囲まれた、変化に乏しい景色の中での暮らしには、さぞや退屈とご不便もおありかと、海原の無限の広がりと豊穣を知る身として深く同情申し上げます。


 さて、先日の『塩』を用いた、あのおままごとのような遊戯、まことに興深きものでございました。


 あの折は、我が国の寛大なる配慮と、物珍しさという一点のみにより、貴国の奇策が功を奏したようです。

 が、料理の本質とは奇をてらうことに非ず。素材の命をいかに引き出し、高めるかにこそあります。


 そこで、此度は真の実力を問うべく、『海』の恵みを以て、正々堂々と、言い訳無用の再戦を所望いたします。


 題目は――「海鮮」。


 真の食の探求者たるもの、食材の命を奪うその瞬間、竿先から伝わる鼓動を感じてこそ、初めて包丁を握る資格が得られるというもの。

 

 ゆえに、「決戦当日までに、対戦場所にて自らの手で釣り上げた魚」のみを、此度の食材と認めることと致します。


 勝負の形式は、公平を期して、三本勝負。


【一本目:魚体の大きさ】

 釣り上げた魚の「長さ(サイズ)」を競います。

 必然的にたいでの勝負となること請け合いですが、魚の本質を知らぬ方々には、鯛すら釣り上げるに困難を極めましょう。とて、小魚相手に糸を垂らすのもまた風流。


【二本目:魚料理】

 釣り上げたその魚の身を用いた「主菜」で競います。

 これこそが料理人の腕の見せ所。

 素材の可能性を最大限に引き出した一皿をご用意ください。

 必然的に鯛の勝負となりますが、貴国の塩でどれほど素材を活かせるか、期待しております。


【三本目:汁もの】

 「汁もの」で競います。

 魚を愛する我々ならば、汁の最高の形を知っていますが、魚の本質を理解できぬ貴国には、このお題は荷が重いでしょうか。



 なお、調理時間は二本目と三本目を合わせて一刻とさせていただきます。

 真に釣り上げたか、到着後より衆人環視の中での勝負とさせていただきます。


 決戦の地は、互いに中立なる斯馬しま国の海岸。

 日時はこれより二週間後。

 

 審判を下すは、斯馬国、出雲、こしの高名なる三カ国の長に加え、私と貴殿の計五名。これ以上ない公正な舞台かと存じます。


 もし、貴国がこの勝負をお受けにならぬとあれば、むしろ賢明なご判断として尊重いたします。

 最初から白旗を上げるのも賢く、また弱者の宿命。

 

 「邪馬台国は臆病者の集まり」と後ろ指を指されることのないよう、遠き海より心よりお祈り申し上げております。


 敬具

 安芸国王 ジリト』



 読み上げられた内容に、侍女や高官が一斉に憤慨した。


「なんと無礼な!」


「しかもサイズ勝負……海の国が有利に決まってる」


「これは絶対に罠です」


「――おのれ、ジリトめ……!」


 卑弥呼が立ち上がり、手にした扇をピシャリと音を立てて閉じた。

 普段の冷静沈着な彼女には珍しく、その美しい顔には明らかな憤怒の色が浮かんでいた。


「ここまで愚弄ぐろうされて、黙っていられるか。逃げたとなれば、末代までの恥。邪馬台国の誇りにかけて、この勝負受けて立つ!」


 彼女は広間を見渡し、力強く言い放つ。


「我らにはサクがいる。あの宝飯でジリトの鼻をあかした、稀代の料理人がな。たとえ相手が海の民であろうと、サクならば必ずや活路を見出すはずだ」


 卑弥呼は信頼に満ちた眼差しで朔に向き直り、威厳を込めて問うた。


「サクよ、どうだ。勝てるか」


 朔は思案する。


 邪馬台国にも海はあり、向こうが言うほど素人ではないし、「卑弥呼の白塩」の味は折り紙付きだ。


 だが、たいの塩焼きに限って言うなら、旨味の強い藻塩の方が好ましい。


 サイズ勝負を挑んできたのは、鯛を選ばせるためにほかならない。


 そうして、こちらを巧妙に『鯛の塩焼き』に誘導し、『サイズ』と『主菜』の二本を取って勝利するつもりなのだ。


 まともにやれば負ける。


(だが……)


 こちらとしては、筋書き通りにやってやる必要はない。


「ぜひやらせてください」


 朔の言葉に、卑弥呼は小さく頷いた。


「勝算はあるか? 特に一本目の大きさ勝負、あちらは沖に出て大物を狙ってくるはずだ」


「ええ。向こうはおそらく、斯馬国付近まで、たいの回遊路を知り尽くしているのでしょう。ならば三尺(約70cm)前後のものを釣り上げてくるはず【(注)漢尺 一尺≒23cm】」


「さ、三尺……だと」


 話を聞いていた者たちが、いっせいに青ざめた。

 邪馬台国では、そんなサイズの鯛は、到底見られるものではない。


「こちらもそのサイズの鯛を釣り上げねばならないということか……」


 タケヒコが唸る。


「いえ」


 朔はあっさりと首を横に振った。


「なに? 違うのか」


「どういうことだ、サク」


 卑弥呼も身を乗り出して朔の言葉を待っている。


「一応保険として鯛も釣りますが、自分はほかを狙ってみます」


「ほか?」


「このあたりの海には、普通の糸では釣り上げられない、もっと巨大な化け物がひそかに棲んでいるんです」


「……化け物?」


 卑弥呼が眉をひそめた。


「ええ。ただ、深くて岩の多い場所に潜んでいる上に、化け物サイズですから、釣り上げるのはまず不可能。誰も見たことがないかと」


「そんな不可能なものを、どうやって釣るというのだ?」


 タケヒコが当然の質問をした。


「釣具から作ります」


「ほう……だが、相手は自然。万が一釣れなかった時のリスクが大きい……と」


 卑弥呼が腕を組む。


「わかり申した」


 タケヒコは朔の肩を強く叩き、力強く言った。


「もし釣れなかった時のために、このタケヒコが船から針をおろしてたいを釣っておく。 我々が乗っていく船からならば、多少なりとも沖の魚が狙えるはずだ。向こうの想定通りにはなってしまうが、せめて鯛同士の勝負に持ち込めるよう、私が保険となろう」


「ありがとうございます」


 朔は感謝の眼差しを向けた。


「それなら、自分は心置きなく『化け物』だけに集中できます」


「うむ。任せておけ。サク殿は奇跡を起こせ。私は堅実に足場を固める」


「二段構えというわけだな」


 卑弥呼は口元を緩め、鷹揚に頷いた。


「よかろう。サク、タケヒコ、そなたらにすべてを託す。我らを勝利へ導いてみせよ」


「はい。全力を尽くします」


 二人は深く頭を下げた。





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