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卑弥呼のシェフ 〜世界大会優勝の料理人、弥生時代で料理無双してたら卑弥呼が私物化しようとしてくる〜  作者: ポルカ


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奇跡の腸詰め 後編



「お題は『より美味な保存食』である」


 卑弥呼の冷ややかな言葉がオシヒトの反論を封じ込めた。


「精進せよ」


「も、申し訳ございません」


 オシヒトは、ただただ畏まり、下がっていく。

 拳を握りしめ、その顔には、口惜しさを滲ませながら。


 そして、最後に朔の番が来た。


「序列第一位、サク。前へ」


 朔は静かに進み出た。


 彼が捧げ持ってきたのは、鉄の網の上で炭火によって再びこんがりと温められた、数本の丸々と太った腸詰だった。


「いや、待て待て」


 先程の悔しさもあり、そのあまりに無骨な見た目に、オシヒトは思わず笑った。


(……なんと愚かな。腸詰めはゴミを詰めただけの貧民の食い物。俺のイワシより保存も効かぬ上に固く、吐き出すほどに生臭い)


 オシヒトは人目をはばかることなく、ぐっとガッツポーズをした。


 序列一位様の料理は、見た目もだめ。保存も悪いときた。

 このオシヒト様が、やっと序列一位に返り咲く時が来たのだ。


「……サクよ」


 卑弥呼も、その見た目に、あからさまな嫌悪感を表出した。


「それは確かに安価で量産もできよう。が、『腸詰め』の保存は3日がよいところ。食べるにしても、石のように硬い上に血生臭い」


「姉上の言う通り。兵士も嫌々口にするものだ。とても『美味なもの』とは……」


 タケヒコも戸惑いを隠せなかった。


「いえ、そう悪くないですよ。ぜひ味わってください」


 朔は自らの鉄の小刀ナイフで、その熱いソーセージの一本を切り分けた。


 瞬間。

 パリッという小気味よい、皮のはじける音。


 そして切り口から湯気と共に、信じられないほどの量の肉汁がじゅわっと溢れ出してきたのだ。


「……なっ、なんと……!?」


 卑弥呼が、椅子から立ち上がる。

 オシヒトもタケヒコも、我が目を疑った。


 干し肉とは対極。水分を極限まで閉じ込めている。


 朔はその一切れを、彼が作った「からし」をほんの少しだけ添えて、まず卑弥呼の前に差し出した。


 卑弥呼は戸惑いながらも、それを口に運んだ。

 そして、彼女は玉座の上で硬直した。


(……なんだ、これは……!?)


 歯を立てた瞬間の、「パリッ」という軽快な皮の歯応え。


 次の瞬間、歯が驚くほど柔らかく弾力のある肉に沈み込む。


 そして噛み締めた途端、口の中いっぱいに爆発するように溢れ出す、熱い、熱い肉汁の洪水。


 それは猪の脂の甘く上質なうま味。

 それをにんにくや山椒の芳醇ほうじゅうな香りが完璧に支えている。


「あ……っ、あつ……!」


 卑弥呼はその熱さと美味さに、思わず声を上げた。


 硬くない。パサパサしていない。血生臭さなど微塵もない。

 それは柔らかくジューシーで、そして驚くほどに洗練された未知の肉料理だった。


「な、なんだこれは! た、タケヒコ! そなたも食べよ!」


 卑弥呼は興奮したまま弟に促した。

 タケヒコもその一切れを口に放り込む。


「……う……、おおおっ!?」


 タケヒコは言葉を失った。


「これが……! これが、あの硬かった腸詰めだというのか!? 馬鹿な……まるで別物ではないか! このプリプリ感は何なのだ!」


 朔は頷いて、口を開いた。


「お題は『安価』で『量産』できるもの。このソーセージはお約束通り、残されやすい豚の端肉、脂身、そして腸から生み出しました。丁寧に氷と塩を使い、『乳化』で肉汁を閉じ込め、決して沸騰させぬ火加減で静かに固め、最後に煙の成分で腐敗を遅らせたものが、これになります」


「なんと、そんな繊細なことを……」


 卑弥呼は震えていた。

 喜びと興奮によって。


 彼女は、皿に残されている、オシヒトが作った練り物を見た。

 あれも確かに美味かった。


 だが卑弥呼の目は、タケヒコの目は、この朔のソーセージが持つ圧倒的な「可能性」を見ていた。


「美味さ」はオシヒトのものを凌駕りょうがしている。

「安価」で「量産」できるという点も申し分ない。


 残るは、一つ。


「……サクよ」


 卑弥呼は真剣な眼差しで朔を問い詰めた。


「……して、この奇跡の腸詰めは……どれほどつ?」


 その問いに、誰もが息を呑んだ。


(保存できるわけがない)


 オシヒトは「三日も保つまい」とあざけるような目で朔を見ていた。これほど水分の多いものが保つはずがない、と。


 だが、朔は静かに、しかし自信に満ちて答えた。


「陛下。この腸詰めは塩漬けの後、低温で加熱し、さらに桜の煙で丸一日燻いぶしてあります。十分な塩と強き煙の衣が、腐敗を防ぎます。……この冬の寒さの中であれば――」


 彼は一呼吸置き、断言した。


氷室ひむろを使わずとも、吊るしておくだけで数月すつきは保ちましょう。私の氷室ならば、半年はこの味を損なわず、食せるかと」


「……す……数月、だと……!?」


 オシヒトが絶句した。

 タケヒコの目も信じられないという色に見開かれた。

 

 オシヒトの練り物が「五日」。

 朔の腸詰めが「数月」。


 勝敗はもはや議論の余地すらなかった。


「……サクよ」


 卑弥呼は立ち上がると、朔の前に歩み寄った。


「そなたはまたしてもこの国の理を覆したな。保存食とは美味さを犠牲にして得るものだと我は思っていた。……だが、そなたは保存が利き、安価な材料から獲れたての肉よりも遥かに美味いものを生み出してみせた」


 彼女の顔には、この国の未来を確信したかのような力強い笑みが浮かんでいた。


 彼女は高らかに宣言した。


「そなたの腸詰めは冬の希望だ。冷たく暗い冬の夜に兵士たちが、民たちがこれを口にした時、どれほどの勇気と活力が湧き上がるであろうか!」


 彼女はタケヒコに向き直った。


「タケヒコよ! 今年の冬に向け、この腸詰めを量産する体勢を直ちに整えるよう命じる! サクの工房を全面的に支援し、必要な肉と職人を全て彼に預けよ!」


「ははっ!」


 タケヒコもまた興奮に声を震わせて平伏した。


「……うそだ……腸詰めが、そんなに保つだと」


 オシヒトはその光景を呆然と見つめていた。


 彼は己の技術の全てを尽くした。だが、負けた。

 彼は技術で負けたのではない。


「安価」で「量産」し、「美味い」、そして何よりも「保存が利く」ものを作り出すという、その「哲学」そのもので完膚かんぷなきまでに打ち負かされたのだ。


 朔が厨房の序列第一位であるという事実に、もはや誰も異を唱える者はいなかった。




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