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卑弥呼のシェフ 〜世界大会優勝の料理人、弥生時代で料理無双してたら卑弥呼が私物化しようとしてくる〜  作者: ポルカ


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奇跡の腸詰め 前編


 秋が深まり、北の山々から吹き降ろす風は日増しに冷たさを増していた。


 邪馬台国は、サクがもたらした数々の知恵――純白の塩、鉄の農具、そして家畜の導入――により、かつてないほどの豊作に沸いていた。


 宮殿の貯蔵庫は黄金色の米俵と乾燥させた穀物で満ち溢れている。


 だが女王・卑弥呼の目は、すでにその先の厳しい冬を見据えていた。


 その日の昼下がり、彼女は弟のタケヒコと共に大膳職だいぜんしきの厨房に姿を現した。


 その場にいた朔、ユズリハ、そしてオシヒトをはじめとする十五料理人衆は一斉に作業の手を止め、深々と頭を垂れた。


「面を上げよ」


 卑弥呼の凛とした声が響く。


「皆の働き、そしてサクの知恵のおかげで今年はかつてない豊作であった。だが我らの戦いはこれからだ。冬は長く厳しい。民は米や穀物だけではこの寒さを乗り越えられぬ。力が血肉となる『肉』が必要だ」


 彼女は料理人たちを一人一人、鋭い目で見据えた。


「これまでの我らの『保存食』――干し肉や塩漬けは、ただ硬く塩辛いだけで『我慢』の味だ。そして何より、貴重な背肉やもも肉といった最上の部位を使わねばならず、多くの民の口には入らぬ」


 彼女はタケヒコと一度視線を交わすと、決定的な勅命ちょくめいを下した。


「よって料理人衆にお題を出す!『これからの冬に向け、より安価で量産しやすく、より美味な保存食を考えよ』! 飢えをしのぐためだけの糧ではなく、兵士の士気を上げ、民の心をも温める真の『ご馳走』となる保存食だ。三日後、その保存食を調理して献上せよ。私とタケヒコがそなたらの腕前、しかと見定める!」


 厨房に重い沈黙が走った。


「安価」で「量産」できて、なおかつ「美味い」。

 この三つを同時に満たすなど至難の業だ。


 序列第二位のオシヒトは顔をしかめていた。


(……無茶を仰せられる)


「美味さ」を追求すれば、どうしても猪の背肉など最上の部位を使いたくなる。だが、それでは「安価」でも「量産」でもない。


 かといって「安価」なクズ肉や内臓を使えば、その臭みと硬さで「美味さ」からは程遠くなる。ましてや「量産」など……。


 オシヒトは葛藤の末、一つの結論に達した。


(……女王陛下は我らの『技』を試しておられるのだ。『安価』な素材をいかに我らの技で『美味く』見せるか。それこそが宮廷料理人としての答えとなろう)


 彼はあえてイワシやアジといった大量に獲れる「安価な魚」を選んだ。


 そしてそれをすり潰し、彼が持つ最高の出汁とひしおで煮固め、日持ちのする「魚の練り物(=蒲鉾の原型)」を作ることに決めた。これならば彼の技術も示せる。


 一方、朔はそのお題を聞いた瞬間に、答えにたどり着いていた。


「サク。どうするつもりだ。もう始まっているぞ」


 彼の傍らに控えるユズリハが尋ねる。


「いくつか思いついているさ。だが今回はあれでいこう」


 朔はこの国の食文化の、最大の「無駄」が行われている場所を指差した。


 それは厨房の裏手にある獲物の解体場だった。


 そこには背肉やもも肉といった「上等な肉」が切り出された後、価値が低いとされる大量の端肉、筋、そしてすぐに腐るために捨てられがちな血や内臓、そして『腸』が山と積まれていた。




  ◇◆◇◆◇◆◇




 朔の工房はさながら「肉の錬金術」の実験場と化していた。


 彼はまず猪の肉(もも肉の端切れや肩肉など)と真っ白な背脂を完璧な比率(赤身八に脂二)で切り分けると、それを自らの氷室から持ってきた氷でキンキンに冷やし始めた。


「サク……? 肉を氷で……?」


「熱は敵なんだ」


 朔は冷やした肉と脂を、彼が鍛えた鉄の包丁で凄まじい速さで叩き、刻み、ミンチ状にしていく。


 そして朔がクラフト能力で生み出した最も奇妙な道具――鉄製の巨大な「攪拌機かくはんき」――の中に、そのミンチ肉と純白の塩、彼が育てた醤、砕いた山椒やにんにく、そして大量の砕いた氷を一気に投入した。


「氷を肉に……!?」


 ユズリハが信じられないという顔で叫ぶ。


 朔は答えない。


 ただ水車と連動させた攪拌機の歯車を作動させた。

 ガチャンと重い音を立て、攪拌機が中の肉と氷を猛烈な勢いで練り上げ始めた。


 肉は熱を持つと脂が溶け出し、ばらばらになってしまう。

 だが氷がその熱を完全に抑え込む。


 やがて肉のタンパク質――ミオシン――が、水と溶け出した脂を抱き込み始めた。


 数十分後、そこにあったのはもはやただのミンチ肉ではなかった。


 艶やかで滑らか、そして驚くほどの粘りを放つ淡い桃色の「肉の生地(エマルション)」へと変貌していたのだ。


 朔はその生地を丁寧に洗い清めた猪の腸に、隙間なく、しかし破裂しないよう絶妙な力加減で次々と詰めていく。


 最後に彼はその長い腸詰めを大鍋に入れ、かまどの火にかける。だが決して沸騰させない。


 彼が知る、タンパク質が凝固するぎりぎりの温度――摂氏七十度から八十度――を完璧に保ち続ける。


 静かに。決して起こしてはならない。

 それはまるで赤子を湯浴みさせるかのように繊細な火入れの儀式だった。


 一刻(二時間)の後、茹で上がったそれは、彼が作った燻製器へと運ばれ、桜のチップで、ほのかな、しかし見事な香りを纏うこととなる。




 ◇◆◇◆◇◆◇




 三日後。謁見の間。


 卑弥呼とタケヒコが玉座に並んで座し、十五人の料理人たちが自らの作品を盆に捧げ持って並んでいた。


 その表情には冬の到来にも似た厳しい緊張が張り詰めている。


「お召し上がりくださいませ」


 下位の料理人たちが、創意工夫を凝らした保存食を献上した。


 熊肉の掌を干し肉とし、湯で戻し、汁にしたもの。

 貝肉を干物にし、野蒜と山椒を振ったもの。

 木の実を水飴で固めたもの。


 どれもが「安価」な素材という点では優れていたが、「味」、そして「保存が利く」においてはやはり、今ひとつであった。


「序列第二位、オシヒト。前へ」


 オシヒトが自信に満ちた表情で進み出た。

 彼が捧げたのは、イワシのすり身を美しい竹の皮で包んで蒸し上げた『魚の練り物』だった。


「安価なイワシを我が技で上品な一皿といたしました。これならば量産も可能かと」


 タケヒコがまずその一片を口に運んだ。


「……うむ!」


 タケヒコは、少々わざとらしい、感嘆の声を上げた。


「確かにイワシの生臭さは消え、上品な出汁の味が染みておる。酒の肴にも良き保存食にもなろう。……姉上、これぞ、お題にふさわしい一品では?」


 卑弥呼も静かに頷いた。


「見事だ、オシヒト。そなたの技、相変わらず冴えておるな。味は申し分ない」


 その言葉にオシヒトは誇らしげに頭を下げた。

 だが卑弥呼は厳しい目を崩さなかった。


「……だがオシヒトよ。そなたのその料理、誠に『保存食』と呼べるか?」


「はっ……?」


「以前、そなたはこれと同じものをつくった時に『保存がきく』と言っていたであろう?」


「………」


 オシヒトは青ざめた。

 序列第一位を爆走していた頃、確かに作ったことがある。

 その時に豪語した言葉までは覚えていなかったが。


「それゆえ、そなたの練り物を保存してみたのだ。タケヒコ、結果を申せ」


 タケヒコが重々しく口を開く。


「はっ。……誠に美味でありましたが、この練り物は水分を多く含むが故か、冬の寒さの中ですら五日と保ちませぬでした。すぐに酸くなり腐敗が始まりましょう。兵糧としてはあまりに心許ない」


 その冷徹な事実にオシヒトの顔がこわばった。


「そ、それは……! しかし美味さにおいては……!」


「お題は『より美味な保存食』である」


 卑弥呼の冷ややかな言葉がオシヒトの反論を封じ込めた。


「精進せよ」


「も、申し訳ございません」


 オシヒトは、下げた頭を上げることができなかった。


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