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卑弥呼のシェフ 〜世界大会優勝の料理人、弥生時代で料理無双してたら卑弥呼が私物化しようとしてくる〜  作者: ポルカ


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面土国の王女1


 海は常に揺れ動き、決して一つの場所に留まらない。


 それは、海と共に生きる「面土国めんどこく」の民の気性そのものであった。


 彼らは、卓越した航海技術をもって大陸との交易を生業なりわいとすると同時に、ひとたび利害が対立すれば恐るべき海賊へと変貌する、誇り高く荒々しい海の民であった。


 その面土国が今、激しい怒りに震えていた。

 ここ数ヶ月、大陸から絹や鉄、そして異国の珍しい品々を積んで帰還するはずだった交易船が次々と消息を絶っていたのだ。


 ある者は船団ごと消え去り、ある者は全ての積み荷を奪われ、船員たちも無残に殺害された姿で浜に打ち上げられた。


 かろうじて帰還した死にゆく者の途切れ途切れの証言は、一つの方向を指し示していた。


「…ヤマタイ……」

「この船印……」


 見せられた布の船印に、面土国は激昂した。

 「邪馬台国やまたいこく」。


 神の巫女みこが治めるというあの国が、最近急速に力をつけ、海の上までその勢力を伸ばしているという噂は彼らの耳にも届いていた。


(間違いない)


 王は確信した。


 あの力をつけた邪馬台国が我ら面土国の交易路ルートに目をつけ、海賊行為を働いているのだ、と。


(……許すまじ。神の名をかたり、我らの富を奪う、卑劣なる者ども)


 彼らにとって、これから始まる襲撃は「正義」のための報復であった。


「断じて許せぬ。……父上。どうか私に兵をお授けください」


 王の前に進み出たのは、蒼髪の女。

 娘であり、国で最も勇猛な戦士として知られる王女トキハだった。


 彼女は男物の動きやすい衣をまとい、その瞳には国を守るという強い意志の炎が宿っていた。


「海の民の真の怒りを思い知らせてやらねばなりませぬ。奪われた同胞の償いを必ずや」


 王は苦悩の末、頷いた。


「トキハよ。頼む。だが深追いはするな。我らの力を見せつけるだけで良い」


「御意」




 ◇◆◇◆◇◆◇




 夜明け前の、薄闇。


 邪馬台国の沿岸部に位置する一つの豊かな村が、まだ朝霧に包まれている。


 だがその静寂は突如として、海からの雄叫びによって引き裂かれた。


「――面土国の、海の裁きを受けよ!」


 トキハが率いる数十隻の小舟おぶねが、浜辺に殺到した。

 彼女は、先頭に立って砂浜を駆け上がる。


「者ども、かかれ! だが殺しは最小限に留めよ! 我らの目的は報復であり正義の執行である! 奴らが我らから奪ったものと同等の富を取り返すのだ!」


 トキハのげきに応え、面土国の戦士たちはまるで荒波そのもののように村へと雪崩なだれ込んだ。


 彼らの動きは陸の兵士とは異なり、予測不可能でしなやかだった。

 村の守備兵たちは寝込みを襲われ、なすすべもなく打ち破られていく。


「何者か!」


「殺された同胞の痛みを知るが良い!」


 面土国の兵たちが、家々を襲撃し火を放つ。


「やめよ! 我らはそなたらに何もしておらぬ!」


 村長らしき男が叫ぶが、トキハはその言葉を冷たく一蹴した。


「白々しい! そなたらの国の者が、我らの船をどれだけ沈めたと思っている! その罪を今こそここで償うが良い!」


 トキハの瞳には、一切の迷いはなかった。

 彼女は、自らの行いが奪われた同胞のための正当な「報復」であり、「正義」であると心の底から信じきっていた。


 戦士たちが、くらから米俵や布、そして邪馬台国が誇る「白き塩」の袋を次々と運び出し、船へと積み込んでいく。


(……これが、奴らの富か。我らの血で築いた富だ)


 トキハは燃え上がる家々を見つめながら、固く拳を握りしめた。




 だが、朝日が昇り始め、周囲が明るくなった頃。

 あまりに事が上手く運びすぎていた。


「……姫! 囲まれました!」


 部下の一人が叫んだ。

 周囲から、地響きと共に土煙が巻き上がった。


「……なにっ!?」


 トキハが、目を見開く。

 現れたのは、これまでに彼らが戦ってきたどの村の守備兵とも違う、統率の取れた一軍だった。


 先頭に立つのは、黒い鉄の鎧に身を固めた、一人の冷徹な目をした男。

 邪馬台国の衛兵長ハヤトであった。


「……囲め。一匹たりとも帰すな」


 ハヤトの静かな命令が下る。


 邪馬台国の兵士たちは鏡で情報を伝達し、まるで一つの生き物のように完璧な陣形を組み、面土国の戦士たちを浜辺へと追い詰めていった。


「うろたえるな! 所詮はおかの者! 我ら海の戦士の敵ではない!」


 トキハは、大陸より送られた宝剣・青銅のファルシオンを抜き放ち、兵士たちの士気を鼓舞する。

 だが両軍が激突した瞬間、その差は歴然となった。


 面土国の戦士たちは、個々の武勇には優れていた。


 だが、彼らは海賊かいぞくの戦い方だ。

 一対一の、個の力に頼りすぎている。


 対するハヤトの軍は、違った。


 彼らはもたらされた鉄器(武具)によって、質も、士気も数年前とは比べ物にならないほど精強になっていた上に、「集団」として取り囲み、戦った。


 鉄の盾が壁を作り、その隙間から寸分の狂いもなく、鋭い鉄の槍が突き出される。


「ぐあっ!」


「こ、こいつら……! 強い!」


 面土国の戦士たちは、その組織化された未知の戦術の前に、後退を余儀なくされた。


「――退け! 船へ戻れ!」


 トキハは、自ら殿しんがりを務め、迫り来る敵兵と斬り結びながら、叫んだ。


「やああぁ!」


 トキハがファルシオンを片手に、美しく乱舞する。

 その猛将ぶりたるや、一対多数であろうと、敵を退かせるほどであった。


 そのおかげで、トキハ以外の者は船へと退避できていた。


「トキハ様、早く!」


「すぐ行く!」


 しかしその時、彼女の目の前に影が差した。

 ハヤトだった。


「……大将首か。見事な剣筋だ。だが、俺に敵うかな」


「ほざけっ!」


 キィン!という甲高い音。

 トキハの渾身の一撃を、ハヤトは腰にいた剣で、いとも容易く受け止めた。


 トキハは、はっとする。


(……武器の質が、違う……!?)


 トキハの宝剣に、ひどく刃こぼれが生じている。

 対する、ハヤトの黒光りする剣は、はがねの剛。

 傷一つない。


「遊びは終わりだ」


 ハヤトが剣を払い、体勢を崩したトキハの鳩尾みぞおちに、容赦なく、つかを叩き込んだ。


「……かっ……!」


 息が詰まり、トキハはその場に膝をついた。


「……海賊め」


 ハヤトが吐き捨てた。

 トキハは霞む意識の中で、憎悪に満ちた目でハヤトを睨みつけた。


「……我らの交易船を襲っておきながら……どの口が……!」


「……何を、言っている?」


 ハヤトの冷徹な目に、一瞬、純粋な「困惑」が浮かぶ。

 トキハはそのまま崩れ落ち、意識を失った。




 ◇◆◇◆◇◆◇




 トキハが意識を取り戻した時、彼女は荷車の上で、荒縄あらなわで、きつく縛り上げられていた。


 屈辱だった。


 正義の戦いに臨んだはずの自分が、卑劣な敵の捕虜となる。

 考えると、はらわたが煮え繰り返る。


 だが自分以外の仲間を逃すことができたのは、まだ幸運だった。

 このまま死せども、後は父が自分の復讐を果たしてくれよう。


 左腕が、ズキッと痛む。

 彼女の上腕にはいつの間にか、槍で刺されたような深い穴があった。

 じわじわと出血しており、トキハは腕を押さえる。


 行列は、邪馬台国の都へと向かっているようだった。

 トキハは、その道中信じられない光景を目にすることになる。


 道は整備され、水路が張り巡らされた田畑は青々と茂っている。


 すれ違う民の顔には飢えの色はなく、むしろ活気に満ち、皆明るい表情をしていた。

 自国とは大違いである。


 そして都。

 そこは彼女が知るどの国の都よりも大きく整然とし、豊かだった。


(これが……これが我ら、海の民から奪った富で、築かれた都か)


 その豊かさは彼女の憎悪を、さらに燃え上がらせた。


 やがて一行は宮殿へと到着し、トキハはタケヒコの前に引きずり出された。


「……そなた、トキハという名だそうだな」


「………」


 タケヒコの言葉に、トキハはただその顔を睨みつける。

 タケヒコは構わず、冷ややかに問う。


「ただの海賊にしては、随分と腕が立ったと聞く。そしてその蒼い髪……そなた、男の格好をしているが、武勇で名高い面土国のトキハ王女に違いあるまい?」


 広間にいた役人たちが、どよめいた。

 トキハが、きっと睨む。


「……覚えておけ。我らが受けた屈辱は死しても決して忘れぬ。私は正義の執行者だ!」


 囚われようとも、失われぬその気迫に、周りの者達がじり、と後ずさる。


(……やはり)


 だがタケヒコだけは、その顔色を一切変えなかった。

 いや、彼の瞳の奥には、戦略的な光が宿っていた。


 彼は一瞬で、事態の重要性を理解した。

 これ以上の、人質があろうか。


「……そうか。面土国の王女、トキハ殿。私はそなたの国と交渉がしたい。交渉次第では、そなたの命も――」


「交渉など言語道断! 今すぐ殺せ! 私は来生でこの国を滅ぼす!」


 タケヒコは口をつぐむ。


 今はとても会話できる状態ではないと諦めると、振り返って部下に命じた。


「薬殿の者に傷を手当てさせよ。その後、宮殿の北にある『高床の倉』へ丁重にお連れしろ。一匹のねずみたりとも逃さぬよう、厳重に見張らせよ」



6まで続きます。

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