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卑弥呼のシェフ 〜世界大会優勝の料理人、弥生時代で料理無双してたら卑弥呼が私物化しようとしてくる〜  作者: ポルカ


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豚キムチマヨ 後編


 夕餉の刻限。


「そろそろだな」


「はっ。実に楽しみですな」


 卑弥呼、タケヒコ、そして宮廷の重臣たちが大広間に集まっていた。


 供物比べは、卑弥呼の前に並べられた白く光る大皿に、料理人たちが序列の低い者から順に自慢の菜を少量ずつ盛り付けていく形式で進められた。


 まずは序列下位の料理人たちだ。


「序列十五位。『塩辛の練り物』でございます!」


 ある料理人は、魚の塩辛を混ぜ合わせた強烈な磯の香りのする練り物を出した。

 が、磯の香りが強すぎて、米の繊細な風味を完全に殺してしまっている。


「魚の臭みが強すぎる。塩気は十分だが、これでは喉が渇いて水ばかり飲んでしまうわ」


 卑弥呼は一口で箸を置き、言葉の通り水杯をあおった。


 また別の料理人は、「夏バテには酸味と甘み」と、甘く煮付けた干し柿と山芋を混ぜた料理を供した。


「序列八位。『甘煮山芋と干し柿の和え物』でございます!」


「味が甘すぎる。これは菓子か。これでは米など進まぬ」


 卑弥呼はこれも一口で切り捨て、不機嫌そうに扇子を扇いだ。


 魚の干物を辛く煮付けたもの、塩辛い山菜の和え物。

 どれも強烈な塩気や単調な味付けで米を強引に食べさせる手法だったが、卑弥呼の顔は曇る一方だった。


 連日の暑さで弱った胃袋は、濃すぎる味や油っこさを拒絶し、一口食べただけで「もう十分」という信号を出してしまうのだ。


 そして、いよいよ序列二位、オシヒトの番となる。


「序列二位、オシヒトが誇る『大猪の角切り塩焼き 特製木の実だれ』でございます!」


 豪快に焼かれた猪肉の、焦げ付いた脂の香ばしさと、すり潰した木の実の濃厚な香りが広間に広がる。


 オシヒトは自信満々だ。

 これぞ王道、誰にも文句は言わせない。


 卑弥呼は、米と共に一口。


「……うむ。美味だ。塩気と脂の甘み、それに木の実の甘いソースは、確かに米によく合う」


 オシヒトの顔がほころぶ。

 だが、卑弥呼の箸はそこでピタリと止まった。


「……だが、どうにも次へとそそられぬ。二口目を食うのに気合が要る。今の私の胃には、ちと負担が大きいようだ」


 卑弥呼は箸を置き、二口目には手を付けなかった。

 ごろりとした肉ばかりを食べさせられてしまい、手が動かなくなってしまう。


 オシヒトは我が目を疑う。


(まさか……これでも駄目なのか)


 美味いと言われたが、箸は進んでいない。

 それは例によって敗北を意味していた。


 そして最後に、筆頭料理人、朔の番が来た。


 朔が皿に盛り付けたのは、一見すると地味な、赤茶色の具材だった。

 湯気は立っていない。


「こちら、『豚キムチマヨ』でございます」


 朔は穏やかな表情で、皿を献上する。


 皿の上には、この時代の人間が見たこともない極彩色の世界が広がっていた。


 燃えるような唐辛子の赤に染まった白菜と豚のばら肉。

 それが、炒められた脂をまとって艶やかに輝いている。


 そして、その情熱的な赤の上にかけられた、雪のように白く、とろりとした謎のソース。


 赤と白の鮮烈なコントラストは、まるで紅白の梅が咲き乱れるかのような美しさと、本能的な危険信号を同時に放っていた。


「ククッ……ワハハハハ!」


 オシヒトは額を叩いて笑い出した。


(……馬鹿め! 本当に出しよった!)


 あの腐った食べ物を女王に食べさせようとするとは、育てた親の顔が見てみたいほどである。


 風味にも繊細な女王陛下が、あんなものを口にするはずがないのだ。


「……キムチ? 聞き慣れぬ名だな」


 卑弥呼は怪訝そうに眉を寄せた。

 箸でつまみ上げると、今までに嗅いだことのない、強烈で複雑な香りが漂ってきた。


 ニンニクの刺激臭、発酵した酸っぱい匂い、そして鼻の奥をツンと刺すような辛そうな香り。


「うっ……なんだこの匂いは。腐っているのか?」


 タケヒコが思わず顔をしかめる。

 周囲の重臣たちもざわめいた。


 だが卑弥呼の目は、その怪しげな料理の上にかかっている「白いもの」に釘付けになっていた。


「……ほう。サクよ。その白きとろりとしたものは……もしや『マヨ』か?」


「はい」


「これは良い。濃厚で、口の中でとろけるようなコクがあった。……なるほど、あの味ならば、この暑さでも喉を通るやもしれぬ」


 卑弥呼の表情に、微かな期待の色が浮かんだ。

 あの濃厚でまろやかな味わいがあれば、食欲不振など吹き飛ぶかもしれない。


 だが、問題はその下にある赤い物体だ。


「しかし、この赤い野菜は……凶暴な匂いがするぞ。マヨと合うのか?」


「どうぞ、米と共に」


 朔はいつものように、穏やかに微笑むのみ。


「うーむ……」


 どうにもニオイが馴染めない。

 

 しかしこの期に及んでの朔の微笑みは、かなり自信があるということだと卑弥呼は経験で知っていた。


「食べてみるか……」


 卑弥呼は意を決して、マヨネーズがたっぷりとかかった豚キムチを米の上に乗せ、大きく頬張った。


 その瞬間。

 大広間に、一切の音が消えた。


「…………!」


 卑弥呼の瞳が、大きく見開かれた。


「……な、なんだ、これは」


 顔には驚愕が走り、そしてすぐに、至福の表情へと変わる。


 まず舌に触れたのは、記憶にあるマヨネーズの滑らかさと、卵と油が持つ濃厚なコクと酸味。


 そして、その優しさの奥から、発酵した白菜——キムチの、未知の酸味と深い旨味が爆発的に押し寄せてきた。


 この時代には存在しない、乳酸発酵の複雑玄妙な味わい。

 それが、唐辛子のカッと熱くなる刺激と共に、脳髄を直撃する。


「な、なんという旨味……!」


 熱々の米と、冷たいマヨネーズ、そしてキムチの味が、口の中で絶妙なコントラストを生み出し、幾重にも脳を刺激する。


 マヨネーズが辛さを包み込み、キムチがマヨネーズの油っこさを断ち切る。


「う、美味い……!!」


 卑弥呼は無意識のうちに、箸を止めなかった。


 一口。


 濃厚な旨味の後に、辛味と酸味が残り、次の米を求める。

 この『旨味の連続性』こそが、米が進む原動力だった。


 二口。


 熱い米が、キムチの辛さを包み込み、米の甘みを引き出す。


 三口。


 あれほど食欲がないと言っていた卑弥呼が、猛然と米をかきこみ始めた。


「止まらぬ! 次の一口が欲しくてたまらぬ! このマヨが辛さを和らげたかと思えば、また酸味が舌を刺す! やはりマヨは裏切らぬ! だが、この赤い野菜との組み合わせは……まさに魔力!」


 卑弥呼は、ついに自ら米櫃に手を伸ばした。

 侍女ではなく、卑弥呼自らが米を茶碗に盛り始めたのだ。


「だめだ…… 米が、米が……止めようにも止まらぬ!」


 卑弥呼は、例によって子供のように興奮した。

 米を頬張るたびに、顔から夏の倦怠感が消え去っていく。


「サク! このキムチは一体なんなのだ!? マヨネーズのコクとこれほどまでに合うとは!」


 朔は満足げに頭を下げる。


「野菜を薬味と共に漬け込み、時間をおいたものです。唐辛子のカプサイシンが血行を促進し、マヨネーズの油分が幸福感を伝える。酸味が食欲を増進させる。理にかなった、米のための菜です」


「理屈は分からぬ! しかし、美味い! これこそ『米が進む菜』! 困ったことにまったく飽きが来ぬ!」


 卑弥呼は大絶賛し、あっという間に米を三杯目まで平らげた。その表情は、体力の回復と活力を取り戻した喜びに満ちていた。


 その様子を見たオシヒトは、わななきながら己の猪肉を睨みつけた。

 彼の顔は蒼白から一転、朱に染まり、握りしめた拳は白くなるほど震えている。


(あり得ぬ……! この私が、伝統ある直火焼きの技が、あんな腐った漬に負けたと言うのか!?)


 オシヒトのプライドは、音を立てて砕け散る寸前だった。

 序列二位としての誇り、長年培ってきた技術。


 それら全てが、朔の「わけのわからない白いソースと赤い葉っぱ」に蹂躙されたのだ。


 卑弥呼は朔の皿を掴み上げ、広間にいる全員に宣言した。


「今宵の供物比べ、勝者、サク!」


 誰も異論を唱える者はいない。

 ただ一人、怒りに体を震わせ、暗い瞳で朔を睨み続けるオシヒトを除いては。


(……食欲をなくした女王にあれほどの勢いで米を食べさせるなど)


 ユズリハは腕を組み、朔の背中を無言で見つめていた。


 彼女は表情を崩すことこそなかったが、その瞳には、護衛対象としての義務感を超えた、敬意と信頼が宿っていた。


 その視線を感じたのか、朔がふと振り返った。

 視線がぶつかる。


「………!」


 ユズリハは、自分の熱を帯びた眼差しを見られてしまったことにハッとなる。


 き、急に振り向かないでよ……。


 彼女は慌てて視線を逸らし、俯く。

 剣の柄を握る手が、小刻みに震えている。


 朔は不思議そうに首を傾げたが、それ以上追求することはなかった。


 それはともかく、夏バテを吹き飛ばす、豚キムチマヨの刺激的な旨味は、この日、邪馬台国に新たな文明の味としてはっきりと刻まれたのは確かである。



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