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卑弥呼のシェフ 〜世界大会優勝の料理人、弥生時代で料理無双してたら卑弥呼が私物化しようとしてくる〜  作者: ポルカ


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豚キムチマヨ 前編


「みんな、ちょっと集まってくれ。面白いものができたんだ」


 まだ日差しの弱い、過ごしやすい朝方。


 厨房の一角に、朔は料理人衆を集めていた。

 彼の足元には、土で目張りをされた大きな陶器の壺が置かれている。


 朝の湯浴みを終えて間もない、まだ髪の濡れたままのユズリハが、壁際に立っている。


「なんだ、筆頭殿。また珍妙な草でも採ってきたのか?」


 序列二位のオシヒトが、包丁を研ぐ手を止めて近づいてくる。


 他の料理人たちも、興味半分、警戒半分といった顔で壺を取り囲んだ。朔の持ってくる「新技術」は確かに凄いが、常識外れなものが多いからだ。


「今回は調味料だ。冬の間に仕込んでおいた野菜の発酵食品……名付けて『キムチ』だ」


 朔は自信満々にそう言うと、壺の封を切った。


 パカリ。


 その瞬間だった。

 厨房の空気が、黄色く濁ったかのような錯覚を覚えるほどの、強烈な異臭が爆発した。


「……ぐっ!?」


「な、なんだこの臭いは!!」


 最前列にいた若い料理人が、鼻を押さえて後ずさる。


 それは、腐ったような酸っぱい匂いと、鼻の奥を突き刺すようなニンニクの刺激臭、そして得体の知れない辛そうな香りがないまぜになった、暴力的な芳香だった。


「くっさ! オイ、筆頭! 貴様、腐った残飯を隠し持っていたのか!?」


 オシヒトが顔をしかめ、手で鼻を仰ぐ。

 彼らはまだニンニクにも馴染めず、この匂いはまさにテロリズムだった。


「腐ってないですよ。これは『発酵』です。塩と唐辛子、そしてニンニクと魚醤で野菜を漬け込み、乳酸菌の力で……」


「訳のわからんことを言うな! 乳なんとかだと? この臭いはどう見ても腐っているということだろうが!」


 オシヒトは壺の中を覗き込み、さらに顔をしかめた。


 発酵の概念がまだ受け入れられない弥生時代の料理人の目には、どう見ても食べ物には見えないようである。


「こんな毒々しい色のものを、女王様の口に入れる気か? 正気か貴様!」


  その罵声に、壁際のユズリハが反応した。


 彼女はその涼やかな瞳を細め、オシヒトを冷ややかに見据える。

 

「……騒々しいぞ、オシヒト」


 静かだが、よく通る凛とした声。

 彼女は組んでいた腕を解き、朔の隣へと歩み寄る。

 その動作一つで、ふわりと湯上がりの石鹸の香りが漂い、一瞬だけ異臭が和らいだ気がした。


「サクが陛下の健康を害するような真似をするはずがなかろう。……見た目はともかく、その中にはいつも確かな計算がある」


 朔を見る彼女の瞳には、絶対的な信頼と隠しきれない親愛の情が滲んでいた。


 オシヒトは、ちっと舌打ちし、いったんは押し黙る。


 朔はユズリハに目で、ありがとう、と訴える。


「まぁ見た目は強烈ですが、味は保証します。この酸味と辛味が、いろいろな料理と……」


 朔が小皿に取り分け、「誰か味見してみないか?」と差し出すが、料理人たちは一斉に首を横に振って退いた。


「御免です」


「その匂いだけで、飯が不味くなる」


 彼らにとって、酸っぱい匂いとはすなわち「腐敗」のシグナルである。

 それを好んで食べるなど、狂気の沙汰としか思えない。


「……食わず嫌いは損をするのにな」


 朔は肩をすくめ、再び壺に厳重に封をした。

 料理人たちは、蜘蛛の子を散らすように自分の持ち場へと戻っていく。


「いいか、筆頭。そんなゲテモノ、間違っても俺の鍋の近くに置くなよ! 味が移ったらどうしてくれる!」


 オシヒトの捨て台詞が響く。

 朔はやれやれ、とため息をつき、ユズリハと顔を見合わせる。


 ユズリハは、やっぱりね、という顔をしながら、朔を思いやる柔らかな視線を向けた。




 ◇◆◇◆◇◆◇



 

 晩夏の日差しが、宮殿の中庭に力強く降り注ぐ。

 日中でも気温が高く、湿気を含んだ熱風が、まるで重い衣のように人々の活力を奪っていた。


 昼下がりの広間。

 玉座に座る女王卑弥呼は、不快そうに扇子を使いながら、傍らに控えるタケヒコに問いかけた。


「タケヒコよ。……今日の政務はこれで終わりか?」


「はい、姉上。……ですが、報告書を読むだけでも一苦労ですな。この暑さで、文官たちの筆も遅くなっております」


 タケヒコもまた、額に汗を浮かべ、少し疲れた様子で木簡を置いた。

 宮廷の重臣たちも皆、連日の猛暑で体力を消耗し、顔には疲労の色が濃い。


「ふぅ。私もだるい。……昼の薬膳も喉を通らなかった」


「無理もありません。私も水ばかり飲んで腹が膨れてしまい、米を食う気力が湧きませぬ。聞けば兵たちも同様で、訓練に身が入らぬ者が増えているとか」


「それはならぬな。食が進まぬということは、即ち国力が衰えることを意味する。軍の士気に関わる問題だ」


 卑弥呼は扇子を閉じ、鋭い眼光をタケヒコに向けた。


「タケヒコ。この倦怠感を打破する策が必要だ。……ただ食べるのではない。無理にでも米を腹に収めたくなるような、強烈な何かが」


「強烈な何か、ですか?」


「そうだ」


 卑弥呼は若い侍女に視線を移し、厳かに命じた。


「厨房へ行き、宮廷十五料理人衆に伝えよ。……本日、夕餉にて供物比べを行う、とな」


「はっ! ……して、お題はいかがいたしましょう?」


 卑弥呼はタケヒコと顔を見合わせ、不敵に笑った。


「『いいが進むさい』だ。この暑さの中で、米の器を空にさせるような、極上の品を用意させよ」


 侍女が慌ただしく厨房へ走っていく背中を見送りながら、タケヒコはなるほどと頷いた。


「料理人たちの競争心に火をつければ、あるいは……。しかし姉上、汗で失った塩分を補うことは肝要ですが、単に味が濃いだけの料理では、胃の重荷になり、かえって箸が止まる恐れもありませぬか?」


 連日の熱さで、胃が食べ物を受け付けづらくなっている。

 ずっしりとした肉の塊などは、見ただけで食欲が失せかねない。


「その難題があるからこそ、料理人たちの実力の差というものが出よう。特にサクには期待している」


 卑弥呼は扇子を開き、優雅に扇ぎながら言った。




 ◇◆◇◆◇◆◇




「急遽となるが本日、夕餉にて供物比べを行う! 宮廷十五料理人衆、心して聞くように!」


 厨房の入口で、侍女が声を張り上げた。

 厨房内の喧騒が一瞬にして静まり返る。


「女王様よりお題が下された! 本日のお題は、『米が進む菜』とする!」


 お題が下された瞬間、料理人たちはなるほどと理解する。


 皆、このお題の重さを理解している。


 この暑さの中で、いかにして重労働をこなす兵士や民たちの食欲を覚醒させ、主食である米を大量に食わせるかに、女王陛下は頭を悩ませているのだ。


「米が進む菜……。汁気は少なく、濃い味付け、それでいて夏でも胃にもたれぬもの。これは試練だ」


 序列二位のオシヒトは、力強い腕組みをした。


 彼は、己の必勝パターンである「獣肉の塩焼き 特製木の実だれ」を脳内で反芻する。


 この国における伝統的な料理だ。

 猪肉に塩をたっぷりと振り、強火で脂が焦げる寸前まで焼き上げ、そこに砕いた木の実と獣脂を混ぜた濃厚なタレをかける。


 強烈な塩気と脂の旨味で米を掻き込ませるという、単純だが強力な手法だ。


「フフフ。この暑さといえど、我が国の王道を持ってすれば、異国の珍妙な技など、敵ではあるまい」


 オシヒトは勝利を確信し、自らの持ち場へ向かった。

 彼の鍋からは、すでに濃い獣脂の匂いが立ち上り始めている。


 一方、筆頭料理人の朔は、広間からの伝令を傍らで聞いていた。

 彼の隣には、特別侍女のユズリハが控えている。


「米が進む菜、か」


 朔は顎をさする。


 食欲が落ちやすい季節だからこそのお題。


「サクの考えは?」


 ユズリハは豊かな胸の下で腕を組み、壁を背にしながら問うた。


「米が進む菜の鍵は、三つの要素だ」


 朔は指を立てた。


「一つ、旨味の連続性。飽きずに次の一口を誘う多重的な味。二つ、温度のコントラスト。食感のコントラストも重要だ。パリッとした食感のものが絡むこと。そして三つ、舌を裏切る魔力だ」


「今の、四つなかった?」


「細かいことはいい」


 朔は材料を並べると、まず豚肉を叩き、刻み始める。


 ユズリハが、くすくす笑う。


「なんだよ」


「……なんでもない」


 朔は気を取り直すと、続けてボウルの中で卵黄と油、酢を激しく攪拌し始めた。



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