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卑弥呼のシェフ 〜世界大会優勝の料理人、弥生時代で料理無双してたら卑弥呼が私物化しようとしてくる〜  作者: ポルカ


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ヌナカワの頼み 後編

 

 ヌナカワが、まるで救世主を見るかのようにかすれた声で彼の名を呼んだ。

 かつて死の病『苔むす病』から自分を救ってくれた、不思議な知恵を持つ賢者。

 彼がまた、不可能を可能にする奇跡を起こしてくれるかもしれない。


 朔はその重い期待をまっすぐに受け止めた。


「状況を確認させてください。越の国の稲はもう完全に枯れて『死んで』しまったのですか? それともただ成長が止まり、『弱って』いるだけでしょうか?」


「それは……。まだ完全には枯れてはおりませぬ。しかし青白く、育たず、実を結ぶ力はもはや残っていないように……」


「枯れていないのなら、まだ間に合うかもしれない」


 朔は小さく呟いた。


 彼の頭の中では、現代の農業知識が猛烈な勢いで回転し、再現可能なプランを構築し始めていた。



 ◇◆◇◆◇◆◇




 朔は必要と思われる素材をアイテムボックスに積むと、ユズリハ、そしてどこか退屈そうにしていたアカネ、さらに彼の工房の熟練職人たちを引き連れ、ヌナカワと共に越の国へと急行した。


 山道を越え、越の国に到着した朔が目の当たりにした光景は、ヌナカワの報告通り、あるいはそれ以上に悲惨なものだった。


 王宮の周りに広がる、国で最も豊かなはずの水田地帯。

 そこにあるはずの黄金色の波はなく、秋も近いというのに青ざめたまま成長を止めた稲が、冷たい風に吹かれて力なくそよいでいる。


「ひどいありさまね……。これじゃあ、まともな食材なんて手に入らないじゃない」


 同行したアカネが、鮮やかなオレンジ色のツインテールを揺らしながら顔をしかめた。

 彼女なりに、この国の窮状に心を痛めているようだった。


「サク様、この水田は、もう……やはり駄目でしょうか」


 ヌナカワは目に涙をためて、すがるように朔を見ている。


「やってみましょう。まだ終わっていないです」


 朔は一刻の猶予もないと判断し、すぐさま行動を起こした。

 指揮官としての顔つきになる。


「ヌナカワ様。しなやかで強い木材が必要です。それから、商人の方を通して、国中から鹿の皮を買い集めてください」


「か、皮ですか? ……わ、わかりました」


 越の国の臣下たちがその意図を図りかねながらも、王命を受けて手分けして走り去っていく。

 朔は邪馬台国から持参してきた荷も解く。

 そこには大量の鹿の皮が積まれていた。


 今まで塩田で海水を濃縮するためのハウスとして使っていた「透皮(油でなめして半透明にした皮)」は、最近、朔が開発したガラスに置き換えられたため、大量に余っていたのである。


 それを卑弥呼も知っており、その透皮を再利用せよという意図で、今回、朔にこれを持たせたのだった。


「やるぞ。時間との勝負だ」


 朔の、前代未聞の「稲作救出作戦」が始まった。

 素材が集まるや、朔は人目も憚らずその異能であるクラフト能力を発揮する。


「……おお……!」


「神か……手元が見えぬほどの早業……!」


 彼が指を差し、空中に設計図を描くような仕草をするだけで、兵士たちが切り出してきた木材が見る見るうちに加工され、形を変えていく。


 次々と水田の上にアーチを描くトンネル状の骨組みが形成されていく様は、まるで魔法のようだった。


 並行して、集められた大量の鹿の皮を、朔が工房の職人たちと共に「透皮」へと加工し、それを木の骨組みに隙間なく張り巡らせていく。


 その日のうちに、王宮の周りの水田には、いくつもの半透明に輝く「鹿の皮の家」が立ち並んでいた。


 夕日を受け、それらは神秘的な光を放っている。


「……サク殿……この家は、一体……?」


 ヌナカワが震える声で尋ねる。

 見たこともない景色だった。


「『太陽のビニールハウス』とか呼んでいます」


 朔はその家の小さな入口を開き、彼女を中へといざなった。

 一歩足を踏み入れた瞬間、ヌナカワは息を呑んだ。


「……あ……! あたたかい……!」


 外を吹き抜けるあの骨身に染みる肌寒い風が、嘘のように遮断されている。

 無風の空間。

 それどころか、皮を通して入ってくる柔らかな日差しがこの家の中に蓄積され、まるで春の陽だまりのような、穏やかな暖気が空間を満たしていたのだ。

 湿度も保たれ、これなら稲も息を吹き返すだろう。


「これならば、ここの稲はもう寒さに凍えることはない。……だが、温度管理だけでは足りません。彼らは飢えているのです」


 朔はしゃがみ込むと、水田の冷たく痩せた泥を一掴みし、指で確かめた。


「……土も弱っている。冷水で根が養分を吸えていない」


 朔は邪馬台国からもう一つ持参していたもの、「特別な土」が入った幾つもの袋を取り出させた。

 袋を開けると、独特の香ばしくも強い発酵臭が漂った。


 それは、彼が都の厨房で毎日捨てられていた山のような『魚のあら』(頭や骨、内臓)を回収し、彼の工房の石臼で粉々に砕き、米ぬかやこうじと混ぜて発酵させ、天日で乾燥させた特製の「即効性魚粉肥料」だった。


「これを水に溶き、稲の根元に直接撒きます。これは弱った稲が消化の負担なく、すぐに吸い込むことのできる、言わば『凝縮された栄養剤』みたいなものです」


 朔とユズリハ、アカネ、そして越の国の民たちが総出でその作業に取り掛かった。


「この国のご飯がまずいのは困るもの。私も手伝ってあげるわよ!」


 アカネも文句を言いながら、袴の裾をまくり上げ、手際よく肥料を撒いていく。


 ユズリハもまた、黙々と作業を手伝う。


 「さて、稲の回復を待つ間にほかのことをしておきます」


「ほかのこと?」


 朔は頷く。


「ヌナカワ様。立て続けで恐縮ですが、きれいな川の石を集めてもらえたら助かります」


「石、ですか? ……もちろんです」


 ヌナカワが別の兵を走らせている間、朔は泥だらけの王宮水路へと降りていった。


「さ、サク様!? 何を」


「大丈夫です。水をきれいにします」


 そこは単に土を掘り下げただけの粗末なもので、淀んだ水が泥を巻き上げ、決して清潔とは言えない状態だった。


「始めるか」


 朔は石灰岩と粘土、持参した火山灰を調合し、クラフト能力で大量の「即席コンクリート」を練り上げた。


 彼はそれを水路の底と側面に塗り固めていく。

 土の崩れを防ぎ、泥の巻き上げを完全に遮断する、堅牢な水路の骨格があっという間に形成されていく。


「なんと……」


「美しい水の道が……」


 そして、兵たちが運んできた大量の川石を受け取ると、それを丁寧に、一つ一つ計算された配置でコンクリートの床に敷き詰めていった。


「石の隙間が水の流れを整え、水を浄化してくれます」


 朔はその作業に時間を費やした。

 ユズリハやアカネも、石を渡すのをひとつひとつ手伝う。


 日が落ち、凍てつくような夜になっても、彼は腰まで冷たい水に浸かり、黙々と石を並べ、水路を整備し続けている。


 越の国の冷たく濁った水を濾過する『浄水装置』を、王宮の水路の要所要所に組み込んでいるのだ。


「サク様、もう十分です……! 少し休まれては……お体が持ちませぬ!」


 見かねたヌナカワが、毛皮を抱えて悲痛な声で岸から呼びかける。

 だが朔は、青白くなった顔で笑ってみせた。


「今が正念場なんです。それに、まだ終わっていない仕事も」


 朔が視線を向けたのは、ヌナカワが「完全に死んだ」と諦めて朔に見せなかった、最も被害の大きい、放棄された田畑だった。


 朔は川石とともに集められていたガラス素材をすべて投入した。


 月明かりの下、彼のクラフト能力によって、巨大な『ガラスの温室クリスタル・パレス』が組み上がっていく。


 皮よりも光を通し、熱を逃がさないその透明な城は、死にかけた大地を優しく包み込んだ。


 そうやって、朔の執念とも呼べる献身と、彼のクラフト能力による強力な「祝福バフ」が、奇跡を後押しを果たす。



 三日後。

 早朝、水田を見に来たヌナカワは、自らの目を疑った。


 あれほど青白く、死にかけていた稲がはっきりと濃い緑色を取り戻し、茎は太く、天に向かってまっすぐに立ち上がっていたのだ。


 垂れていた穂にも、微かに膨らみが戻りつつある。

 そう。完全に諦めていた、死の畑においても。


「……稲が……! 生き返って、いる……!」


 ヌナカワの目から、大粒の涙がこぼれ落ちた。

 それは絶望の涙ではなく、歓喜の涙だった。


 さらに、王宮まわりの水路も完全に整備されていた。


 今までは少し雨が降っただけで泥水があふれ、夏の暑い日は虫が湧いて悪臭が漂うこともあった水路が、土の色などひとつもない、澄みきった水をさらさらと流していた。


「サク様、水路まで……!」


 目の下にクマを作った朔は、その光景に静かに頷いた。


「ヌナカワ陛下。今後のことはおまかせします。同じように鹿の皮で家を作り、稲を守ってあげてください。水路の作り方も職人たちに教えましたので、このまま広げてみてください。きれいな水も、皆さんの命を支えてくれることでしょう」


「サク様……」


 朔はやつれた顔で微笑むと、へぶっ、とくしゃみをしつつ、邪馬台国への帰国の準備を始める。


 約束の時間である。


「あ、それから。水に浸かっていて気づきまして」


 帰り際、朔は思い出したようにヌナカワに駆け寄ると、木簡に描かれた地図を取り出した。


「この国の、このあたりを掘ってください。おそらく湯が湧くはずです」


「……えっ? 湯が、ですか?」


 ヌナカワがあまりの驚きに瞬きを忘れる。

 なぜ彼がそんなことを知っているのか、想像もつかなかった。


「はい、その湯は体を温め、病を癒す源泉となり、噂を聞いた隣国からも人が訪れる癒やしの場となるでしょう。それで銭をとれば、石炭と並ぶこの国の新たな恵みとなります。観光資源、というやつです」


 朔は現代知識にある温泉地の位置をおぼろげに記憶していたのだった。


「なんと、サク様……どこまで我らを……」


「あと、掘削と開墾にはこれを使ってください」


 朔は荷の中から、布に包まれた六つの道具を取り出し、並べた。

 ピッケルが三つ、鍬が三つ。

 それらは、薄暗がりの中でも分かるほど、淡く神秘的な燐光を放っていた。


「これは……?」


「作る時に『会心の手応え』があった、自信作です」


 朔はピッケルの一つを手に取ると、近くにあった手頃な大きさの岩に向き直った。


「こんな感じです」


 彼が軽く、まるで指揮棒でも振るように岩肌に先端を当てた、その瞬間。

 パァン!

 乾いた音が響き、硬いはずの岩がまるで糖菓子のように砕け散った。


「……え?」


 その光景にヌナカワだけでなく、ユズリハやアカネも驚く。


「鍬の方も同様に、どれほど硬い大地でも片手で耕せるはずです。ある意味、武器にもなりますが、平和利用してくださいね」


 朔は事もなげに言い放つが、それは明らかに常軌を逸した「祝福された農具」だった。


「サク様ぁ……!」


 感極まったヌナカワが、なりふり構わず朔に飛びつき、その胸に顔を埋めた。


「ちょ、ヌナカワ様!?」


「ありがとうございます、ありがとうございます……!」


 王族の威厳も忘れ、ただの一人の少女のように喜びを爆発させるヌナカワ。

 そんな二人を少し離れた場所から見つめる、二つの冷ややかな視線があった。


「……また」


 アカネが半眼になり、ジト目で呟く。


「……はぁ」


 ユズリハもまた、呆れたようにため息をついた。


「それでは」


 去りゆく朔ら、邪馬台国の技術者たちを、ヌナカワら越の重鎮たちが深々と頭を下げて見送る。

 

 彼女の目からは、涙が止まらない。

 今までとは違う、温かい期待がヌナカワの心を包んでいた。


(こんなにも……こんなにもしてくださるなんて)


 彼が持ち込んだのは、一時しのぎの米ではない。

 鉄でもない。


 この絶望的な冷害と飢餓から国を永遠に救い、未来へと繋ぐ『知恵』そのものだった。





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