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卑弥呼のシェフ 〜世界大会優勝の料理人、弥生時代で料理無双してたら卑弥呼が私物化しようとしてくる〜  作者: ポルカ


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天道市かき氷まつり 前編




 ■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□





 夏の太陽が大地を容赦なく焼き付けている。


 その日、女王・卑弥呼の私室で開かれた軍議は、外の暑さ以上に重苦しく、熱の引かない空気に包まれていた。


「――というわけだ。三週間後に各国が我が都に集う『天道市てんどういち』が開催される」


 宰相であるタケヒコが額に汗をかきながら、苦虫を噛み潰したような顔で切り出した。


『天道市』。


 それは邪馬台国連合とその友好国すべてが一堂に会し、一年の半ばの豊穣と息災を祝い、互いの産品を披露、売買する夏の一大行事であった。


 とはいえその実態は、国の威信を懸けた熾烈しれつな経済戦争の場である。


 卑弥呼が玉座から冷ややかに呟く。


「……『天道市』か。思い出すだけでも腹立たしい。去年のことを忘れたわけではあるまいな、タケヒコ」


「……はっ。まことに面目もございませぬ」


 タケヒコは屈辱に顔を歪めた。


 去年の『天道市』は、邪馬台国にとって悪夢だった。


 開催地は当時、塩の交易を牛耳っていた安芸あきの国。

 その勝敗ルールは単純明快。


「三日間の市で最も多くの富(売上)を得た国が勝利する」


 勝者は各国からの献上品の中から、好きなものを三つ得ることができる。二番目は二つ、三番目は一つ。


 安芸国はその地の利を活かし、塩の半額売りを敢行。人々は生活に不可欠な塩を求め、安芸の国の屋台に殺到した。


 結果、安芸国が圧倒的な一位。


 二位は豊富な鉄資源を誇る出雲いずも国。


 彼らは高価だが精強な鉄のほこを売りに出した。数は売れなかったが、その単価の高さが売上を押し上げた。


 そして三番目は、大陸渡りの絹を売った伊都いと国。商人でもあった国王イタケルが、大陸を歩き回っているだけのことはあった。


 さて、我らが邪馬台国はどうだったか。


「……いのししの皮、五十枚。売上は下から三番目……屈辱という言葉ですら生ぬるい」


 タケヒコが吐き捨てるように言った。

 それが朔が来る前の、邪馬台国の現実だった。


「だが」


 卑弥呼の目が鋭い光を放った。


「今年は違う。我らが開催国。そして、我らにはサクがいる」


 彼女の視線が、末席に控える朔へと注がれた。

 ユズリハがその背後に、影のように控えている。


「サクよ」


 卑弥呼が問う。


「去年の雪辱を果たす良き策はあるか。今や我らには、そなたが生み出した雪よりも白き『塩』がある。あの安芸の者どもに、そっくり同じ手で仕返しをしてやるのも一興だが」


 タケヒコもその案に頷いた。


「左様。我らの塩は質が違う。安芸の藻塩もしおなど、もはや敵ではありませぬ。塩で圧勝し、我らの富の源泉を見せつける。それが最も確実な策かと」


 だが、朔は静かに首を横に振った。


「それは悪手とは申しませんが、最善手とも」


「……そうか?」


 タケヒコが眉をひそめる。

 朔は立ち上がると、窓の外に広がる陽炎かげろうが立つほどの灼熱の景色を指差した。


「それより、市が開かれるのは『夏』の最も暑い日。そのような日なら、民が列をなしてでも欲しがるものがありそうです」


「……どういうことだ、サク」


「暑い日に、重い塩の袋を喜んで背負って帰る者はいません。鉄の鉾など、触るのも億劫でしょう。彼らが喉から手が出るほどに欲するものは」


 朔は卑弥呼に向き直り、力強く宣言した。


「『涼』です」




 ◇◆◇◆◇◆◇




「……涼?」


 卑弥呼が不思議そうにその言葉を繰り返した。


「はい。私はその『天道市』で、塩でも鉄でもなく『涼』を売ることを提案します」


「そうか!」


 タケヒコがぽん、と手を打った。


「我らには地下氷室がある!」


「はい。その氷は今も地下で出番を待っております。その量は都の人々を一日中驚かせるに十分なほどに」


「……だが氷自体を売るのか? サクの言っていたビールとやらはまだ在庫できておらぬのだろう?」


 卑弥呼が訊ねる。


「氷を『かき氷』にして売ります」


「かきごおり?」


 朔は頷いた。


「はい。氷を雪のように細かく削ったものに、蜜をかけて食べます」


 朔の目が楽しそうに輝いた。


「……冷たい雪に、甘い蜜……だと……」


 卑弥呼は想像しただけでやられ、うっとりとした表情を浮かべた。

 彼女は、朔がつくったアイスクリームのあの衝撃的な冷たさと甘さを忘れられず、あれから毎日、夢にまで見てしまうほどなのである。


「そして、陛下」


 朔はとどめの一手を告げた。


「三週間あれば、『ビール』もその数およそ百樽、おおよそ三千杯分くらいは用意できます」


「なんと」


 卑弥呼の顔に歓喜が満ちる。


「……氷の雪と、あの冷えた泡立つ酒か……」


 タケヒコはゴクリと喉を鳴らした。

 為政者としての彼の頭脳が、その戦略の恐るべき破壊力を瞬時に理解した。


「姉上……これは勝てる……いや、やる前からわかる。圧勝する!」


 灼熱の地獄の中で、敵が塩や鉄という「必需品」を売ろうとしている時に、自分たちだけが「氷」と「冷えた酒」という、抗いがたい「快楽」を売るのだ。


「ふふふ……」


 卑弥呼は扇子を閉じると、その顔にこの上なく楽しげな無邪気な笑みを浮かべた。


「……サクよ。そなたはまたしても私の心を躍らせてくれる」


 彼女は玉座から立ち上がると、高らかに宣言した。


「よかろう! その策、許可する! タケヒコ、ユズリハ、アカネ! サクが必要とするもの、兵士、資材、全てを惜しみなく与え、その作業を手伝え! 三週間後、我ら邪馬台国は塩でも鉄でもなく、『天上の涼』をもって諸国を完全に平伏させる!」




 ◇◆◇◆◇◆◇




 三週間の準備期間は嵐のように過ぎ去った。


 朔の工房は夜通し火花と槌音つちおとに包まれた。

 彼のクラフト能力が、金属と木を次々と五台の「朔式・回転氷削機(ひょうさくき)」へと変貌させていく。


 同時に氷室からは、巨大な氷の塊が分厚いわらのむしろに包まれ、次々と運び出され、都の地下の臨時の貯蔵庫へと移されていった。


 厨房ではアカネたちが朔の指揮の下、何十(かめ)もの色とりどりのシロップを煮詰めていた。

 甘く芳醇な香りが宮殿の一角を満たしていた。


 そして、運命の日。

 天道市、当日。


 その日は雲一つない、完璧な夏空だった。

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