天道市かき氷まつり 前編
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夏の太陽が大地を容赦なく焼き付けている。
その日、女王・卑弥呼の私室で開かれた軍議は、外の暑さ以上に重苦しく、熱の引かない空気に包まれていた。
「――というわけだ。三週間後に各国が我が都に集う『天道市』が開催される」
宰相であるタケヒコが額に汗をかきながら、苦虫を噛み潰したような顔で切り出した。
『天道市』。
それは邪馬台国連合とその友好国すべてが一堂に会し、一年の半ばの豊穣と息災を祝い、互いの産品を披露、売買する夏の一大行事であった。
とはいえその実態は、国の威信を懸けた熾烈な経済戦争の場である。
卑弥呼が玉座から冷ややかに呟く。
「……『天道市』か。思い出すだけでも腹立たしい。去年のことを忘れたわけではあるまいな、タケヒコ」
「……はっ。まことに面目もございませぬ」
タケヒコは屈辱に顔を歪めた。
去年の『天道市』は、邪馬台国にとって悪夢だった。
開催地は当時、塩の交易を牛耳っていた安芸の国。
その勝敗ルールは単純明快。
「三日間の市で最も多くの富(売上)を得た国が勝利する」
勝者は各国からの献上品の中から、好きなものを三つ得ることができる。二番目は二つ、三番目は一つ。
安芸国はその地の利を活かし、塩の半額売りを敢行。人々は生活に不可欠な塩を求め、安芸の国の屋台に殺到した。
結果、安芸国が圧倒的な一位。
二位は豊富な鉄資源を誇る出雲国。
彼らは高価だが精強な鉄の鉾を売りに出した。数は売れなかったが、その単価の高さが売上を押し上げた。
そして三番目は、大陸渡りの絹を売った伊都国。商人でもあった国王イタケルが、大陸を歩き回っているだけのことはあった。
さて、我らが邪馬台国はどうだったか。
「……猪の皮、五十枚。売上は下から三番目……屈辱という言葉ですら生ぬるい」
タケヒコが吐き捨てるように言った。
それが朔が来る前の、邪馬台国の現実だった。
「だが」
卑弥呼の目が鋭い光を放った。
「今年は違う。我らが開催国。そして、我らにはサクがいる」
彼女の視線が、末席に控える朔へと注がれた。
ユズリハがその背後に、影のように控えている。
「サクよ」
卑弥呼が問う。
「去年の雪辱を果たす良き策はあるか。今や我らには、そなたが生み出した雪よりも白き『塩』がある。あの安芸の者どもに、そっくり同じ手で仕返しをしてやるのも一興だが」
タケヒコもその案に頷いた。
「左様。我らの塩は質が違う。安芸の藻塩など、もはや敵ではありませぬ。塩で圧勝し、我らの富の源泉を見せつける。それが最も確実な策かと」
だが、朔は静かに首を横に振った。
「それは悪手とは申しませんが、最善手とも」
「……そうか?」
タケヒコが眉をひそめる。
朔は立ち上がると、窓の外に広がる陽炎が立つほどの灼熱の景色を指差した。
「それより、市が開かれるのは『夏』の最も暑い日。そのような日なら、民が列をなしてでも欲しがるものがありそうです」
「……どういうことだ、サク」
「暑い日に、重い塩の袋を喜んで背負って帰る者はいません。鉄の鉾など、触るのも億劫でしょう。彼らが喉から手が出るほどに欲するものは」
朔は卑弥呼に向き直り、力強く宣言した。
「『涼』です」
◇◆◇◆◇◆◇
「……涼?」
卑弥呼が不思議そうにその言葉を繰り返した。
「はい。私はその『天道市』で、塩でも鉄でもなく『涼』を売ることを提案します」
「そうか!」
タケヒコがぽん、と手を打った。
「我らには地下氷室がある!」
「はい。その氷は今も地下で出番を待っております。その量は都の人々を一日中驚かせるに十分なほどに」
「……だが氷自体を売るのか? サクの言っていたビールとやらはまだ在庫できておらぬのだろう?」
卑弥呼が訊ねる。
「氷を『かき氷』にして売ります」
「かきごおり?」
朔は頷いた。
「はい。氷を雪のように細かく削ったものに、蜜をかけて食べます」
朔の目が楽しそうに輝いた。
「……冷たい雪に、甘い蜜……だと……」
卑弥呼は想像しただけでやられ、うっとりとした表情を浮かべた。
彼女は、朔がつくったアイスクリームのあの衝撃的な冷たさと甘さを忘れられず、あれから毎日、夢にまで見てしまうほどなのである。
「そして、陛下」
朔はとどめの一手を告げた。
「三週間あれば、『ビール』もその数およそ百樽、おおよそ三千杯分くらいは用意できます」
「なんと」
卑弥呼の顔に歓喜が満ちる。
「……氷の雪と、あの冷えた泡立つ酒か……」
タケヒコはゴクリと喉を鳴らした。
為政者としての彼の頭脳が、その戦略の恐るべき破壊力を瞬時に理解した。
「姉上……これは勝てる……いや、やる前からわかる。圧勝する!」
灼熱の地獄の中で、敵が塩や鉄という「必需品」を売ろうとしている時に、自分たちだけが「氷」と「冷えた酒」という、抗いがたい「快楽」を売るのだ。
「ふふふ……」
卑弥呼は扇子を閉じると、その顔にこの上なく楽しげな無邪気な笑みを浮かべた。
「……サクよ。そなたはまたしても私の心を躍らせてくれる」
彼女は玉座から立ち上がると、高らかに宣言した。
「よかろう! その策、許可する! タケヒコ、ユズリハ、アカネ! サクが必要とするもの、兵士、資材、全てを惜しみなく与え、その作業を手伝え! 三週間後、我ら邪馬台国は塩でも鉄でもなく、『天上の涼』をもって諸国を完全に平伏させる!」
◇◆◇◆◇◆◇
三週間の準備期間は嵐のように過ぎ去った。
朔の工房は夜通し火花と槌音に包まれた。
彼のクラフト能力が、金属と木を次々と五台の「朔式・回転氷削機」へと変貌させていく。
同時に氷室からは、巨大な氷の塊が分厚い藁のむしろに包まれ、次々と運び出され、都の地下の臨時の貯蔵庫へと移されていった。
厨房ではアカネたちが朔の指揮の下、何十甕もの色とりどりのシロップを煮詰めていた。
甘く芳醇な香りが宮殿の一角を満たしていた。
そして、運命の日。
天道市、当日。
その日は雲一つない、完璧な夏空だった。




