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卑弥呼のシェフ 〜世界大会優勝の料理人、弥生時代で料理無双してたら卑弥呼が私物化しようとしてくる〜  作者: ポルカ


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きりり!冷生ビール 後編


「……な……なんだあれは」


 あれほど激昂していたイタケルとヨウジョウが、そのありえない光景に思わず言葉を失った。

 卑弥呼とタケヒコも目を見開いていた。


 灼熱の真夏の広間に、氷点下の冷気を纏う透明杯グラス

 そんなものは見たことがなかった。


「両国の王におかれましては、長旅と熱心な議論で、さぞお喉が渇いたことと存じます」


 朔が目で合図する。

 後ろにいた補佐の兵士が、その白く曇った二つのグラスをイタケルとヨウジョウの前に盆ごと差し出した。


 グラスがカランと硬く涼やかな音を放つ。

 杯の底には、朔が自らの「氷室」から砕いてきた本物の「氷」が入っているのだ。


 二人の王は、この真夏にもうもうと冷気を放つ杯を、まるで呪物でも見るかのように恐る恐る見つめていた。


 朔は次にユズリハに目配せをした。


 ユズリハは頷くと、蜜蝋で厳重に封印されたガラス瓶――これも冷気を放っている――を取り出した。

 そしてその木栓を、彼が作った螺旋状の鉄の道具(コルクスクリュー)で慎重に抜き始めた。


 ポンッ! という心地よい音。


 瓶子の口から白い煙が噴き出し、彼らが嗅いだことのない爽やかでどこか苦味を伴う、不思議な花の香り(ホップの香り)が広がった。


 ユズリハはグラスに入っていた氷をためらいもなく捨てると、その黄金色の液体を軽く傾けられたグラスの中へゆっくりと注ぎ始めた。


 とく、とく、とく、とく……。


 シュワワワワワ……!


 黄金色の液体がきめ細かな白い泡を立てる。


「おおお……!」


「……あ、あわ、あわわわ、泡立っておるぞ……!?」


 ヨウジョウが驚愕の声を上げた。


「……さあ、泡が消えぬうちにどうぞ。喉も潤いましょう」


 朔が静かに促す。


 イタケルとヨウジョウは顔を見合わせた。


 あまりのことに、砂金の所有権のことなど頭から消え失せている。

 彼らの全神経は目の前の冷気を放ち泡立つ、この黄金色の不思議な液体に釘付けになっていた。


 二人はほぼ同時にその杯を手に取った。

 そしてその冷たさに再び息を呑む。


 彼らは意を決して、その液体を口へと流し込んだ。


(………むおっ!!!)


 二人の王の全身を、かつて経験したことのない二重、三重の衝撃が駆け巡った。


 第一の衝撃は「冷たさ」。

 灼熱の暑さで乾ききった喉を、氷のように冷たい液体が駆け抜けていく。

 それだけで燃え盛っていた頭が、強制的に冷静さを取り戻していく。


 第二の衝撃は「刺激」。


 どぶろくのような米の甘ったるさではない。

 舌の上で無数の小さな泡がパチパチと弾ける。


――な、なんだ、この爽快な刺激は……!?


 第三の衝撃は「味」。

 甘くない。むしろ心地よい「苦味」がある。


 それは彼が使ったホップという特別な花がもたらす、洗練された苦味だった。

 そしてその苦味の後から麦芽の香ばしい甘みと、ホップの清涼な香りが鼻腔へと抜けていく。


 最後。その全てが喉を通り過ぎた後の圧倒的な「爽快感」と、アルコール特有の熱さ。


「…………ぷはぁぁっ!」


 ヨウジョウは我慢しきれず大きな息を吐き出した。

 その顔は驚愕と抗いがたいほどの「快感」に歪んでいた。


 イタケルもまた、目を丸くしたまま硬直していた。


「……なんと……なんと! これは酒なのか!」


 彼が大陸から取り寄せたいかなる美酒とも違った。

 言葉にならぬほどの圧巻の味。


 この灼熱の日に、これほどまでに五臓六腑に染み渡る酒があるなど、大陸中を知るはずの彼が知らなかった。


「んぐっ、んぐっ……」


 二人は我を忘れた。

 ただ夢中で、その冷たい黄金の液体を杯が空になるまで飲み干した。


 卑弥呼とタケヒコは顔を見合わせ、もはや笑うしかなかった。

 やがて二人の王はほぼ同時に口を開いた。


「も、もう一杯くれ!!」


 朔が頷き、ユズリハに目配せする。

 ユズリハはためらいもなく新たな瓶を開け、二人の杯に二杯目を注いだ。


「もっと、上まで入れてくれ」


「私のも、こぼれるギリギリまで」


「はい」


 二人の王はそれを先程よりもじっくりと味わいながら、互いの顔を見た。


 もうそこには殺気立った敵意はない。

 同じ「奇跡」を体験した共犯者のような興奮した表情だけがあった。


 そして彼らの冷えた頭脳が緻密な計算を始める。


(……金……)


 ヨウジョウは考えた。


(砂金は確かに宝だ。……だが、山はいつか掘り尽くされる。それは『過去の富』となる。だがこの酒は……? この真夏に氷を生み出し、これほどの泡立つ酒を創り出す、この男の『知恵』は……? この男と繋がっている方が、金以上の富が未来永劫手に入るのでは……)


 イタケルも同じ結論に達していた。


(この『冷えた酒』! この黄金の泡! 私が知らぬ以上、大陸の皇帝ですら味わったことがないに違いない。これを我が国の交易品として大陸へ運べばどうなる……!? 絹や珠玉にも勝る、最高の『商品』になるぞ! どれほどの富になる!? 砂金? あんな川底の泥など、この酒の価値に比べれば塵に等しい)


 二人の王は気づいた。


 今この広間で最も価値のあるものは、国境の川に眠る「金」などではない。

 卑弥呼の隣に立ち、この「未来の富」を涼しい顔で次々と生み出し続けるあの男、サク。


 そしてそのサクを完全に自らの「所有物」としている、女王・卑弥呼。


 そんな彼らとの「同盟関係」こそ、失ってはならぬもの。

 

 今この場で、卑弥呼の機嫌を損ねてみろ。

 この「黄金の泡」の供給ルートから、外されかねない。


 それこそが国家にとって歴史上最大の損失となるだろう。

 自分は未来永劫、国家の歴史に残る『超一級戦犯』となる。


「………」


 殺気立っていた広間の空気が、まるで朔が持ち込んだ氷のように急速に解けていく。


「アハ♡」


 先に口を開いたのは、岩のような体躯の金山国の王ヨウジョウだった。

 彼はそれまでの武骨な表情を人懐っこい商人の笑顔に変えて、イタケルに向き直った。


「い、イタケル殿! この素晴らしい酒を飲んでいたら、なんだか我らが争っていたことが馬鹿馬鹿しくなってきましたな!」


「……ん? お、おお……?」


「よくよく考えてみれば、山の恵みも海の恵みも元は同じ天の恵み! それを我ら二人で争うなど、神々の笑いものにございますわ!」


 イタケルも即座にその意図を察した。


「いやはや、ヨウジョウ殿、全くですな! 私もこの冷たい一杯をいただいて、すっかり頭が冷えましたわ! あの川の金砂など、両国の友好の証として仲良く等分すればよろしい!」


「なんと! さすがは伊都の王! 話が分かる!」


「ガッハッハッハッハ! まこと失礼つかまつった!」


「こちらこそ!」


 二人の王は高らかに笑い合い、肩を組んで冷気を放つビールを高々と掲げた。

 そのあまりに見事なまでの、手のひら返し。


「……い、いやはや……」


 卑弥呼とタケヒコはあっけに取られてその光景を見ていた。


 あれほど国の存亡を懸けて殺し合い寸前までいっていた口論が、たった一杯の酒で雲散霧消してしまった。


 タケヒコが我に返り咳払いをする。


「……お、お二方。では、赤川の金砂については両国で等分するということで、よろしいのですな?」


「うむ! それで良い、それで良い!」


「異論はござらぬ!」


 二人の王はもはや砂金のことなどどうでも良さそうだった。

 彼らは卑弥呼の方に向き直ると、目を輝かせて同時に叫んだ。


「それより、卑弥呼の姉上! まことに申し訳ないが……!」


「この黄金の泡の酒、もう一杯いただけませぬか!?」


 卑弥呼はそのあまりの現金さに呆れを通り越し、思わず「ふ」と吹き出してしまった。


(時間稼ぎのはずが、争いを止めてしまった)


 彼女は広間の隅で全てを見届け、静かに一礼している朔に、深い深い信頼と、もはや隠しようのない誇らしげな視線を送る。


 タケヒコもユズリハもただ「やれやれ」と首を振りながら、この異邦の料理人が持つ恐るべき「力」――戦争すらも止めてしまう一杯の酒の力を、改めて思い知るのであった。





※本日24時に次話(おまけ部分です)アップします。

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― 新着の感想 ―
料理(酒?)で無事解決 これで良い新年を迎えられますww 令和8年も(建寧20年前後?)も心地よい続編をお願いいたします
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