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卑弥呼のシェフ 〜世界大会優勝の料理人、弥生時代で料理無双してたら卑弥呼が私物化しようとしてくる〜  作者: ポルカ


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きりり!冷生ビール 前編





 夏に氷の宮殿を築く。

 その大規模工事が始まった、数日後のことだった。


 宮殿に二つの殺気立った使節団が、ほぼ同時に到着したという凶報がもたらされた。


 一つは大陸との交易で栄える伊都いとの国の王、イタケル。


 先日豚のつがいと石鹸の技術を取引したことでも記憶に新しい国である。


 もう一つは東の山岳地帯を支配し、豊富な山岳資源を誇る金山国かなやまこくの王、ヨウジョウ。


 二人は邪馬台国と同盟を結ぶ重要な友好国の王であったが、その来訪はおよそ友好的なものではなかった。


 謁見の間に通された二人の王は旅の埃と汗にまみれ、この暑さにありながらよろいの一部すら身につけた、臨戦態勢とも言える出で立ちだった。


 その目にはじっとりとした暑さによる疲労と、それ以上に激しい、剥き出しの敵意が燃え盛っていた。


「――卑弥呼女王陛下! よくぞお会いくださった!」


 先に口火を切ったのは、伊都の王イタケルだった。


「この度の金山国の非道、もはや見過ごせませぬ! 奴らは古来より我ら伊都国が管理してきた『境の川』を不法に占拠し、我らの富を奪おうとしておりますぞ!」


「何を抜かすか、イタケルーッ!」


 負けじと、岩のような体躯を持つ金山国の王ヨウジョウが、床を鳴らさんばかりに立ち上がった。


「あの川は、我が国の山々より生まれし大河! その川がもたらす恵みは、山の民たる我らにこそ属するもの! 貴様ら海の民が、河口を押さえているからと川の全てを我物顔にするなど、盗人ぬすびとの理屈であろうが!」


 広間の空気は、外の気温と二人の王が発する怒りの熱気で、息苦しいほどに淀んでいた。


 玉座に座す卑弥呼は、静かにそのやり取りを聞いていた。

 傍らに立つ弟のタケヒコが、調査した内容を報告する。


「……はっ。お二方が争っておられるのは、両国の国境を流れる『赤川』の上流にて、先日大規模な砂金さきんの鉱脈が発見されたことに起因いたします。かの地は古来より流路が変わりやすく、どちらの国の領土に属するか明確な定めがございませんでした。今、両国の兵がその川を挟み、一触即発の状況にある、と……」


「金か……」


 卑弥呼の眉がわずかに動いた。

 鉄や塩にも匹敵する富の象徴。それが、両国の間で噴出したのだ。


 イタケルが再び声を荒げた。


「卑弥呼様! 金は川が海へと運ぶもの! 川は海の一部! すなわち、海の民たる我らのもの! どうか姉上あねうえの神託をもって、あの不届き者たちに天の理をお示しください!」


戯言たわごとを!」


 ヨウジョウが吼えた。


「金は山から生まれ、土から湧くもの! 山の神の恵みであり、山に生きる我らのものに決まっておるわ! 卑弥呼様、どうか我らに大義名分を! 共にあの海の盗人どもを討伐いたそうではございませぬか!」


 二人の王は卑弥呼の仲裁を求めてきたのではない。


 自らの所有権の正当性を卑弥呼に認めさせ、邪馬台国という最強の軍事力を味方につけ、相手を屈服させようと乗り込んできたのだ。


 広間に控える両国の屈強な使節たちも互いを睨み合い、その手は既に剣の柄にかかっていた。


 卑弥呼とタケヒコは顔を見合わせた。


 これは最悪の事態だった。

 どちらか一方に加担すれば、もう一方の国を完全に敵に回すことになる。


 伊都国を失えば大陸との交易路の融通が利かなくなり、金山国を失えば貴重な山岳資源の供給が止まる。


 どちらも邪馬台国にとっては、失うことのできない同盟国。


「……両名とも落ち着かれよ。神託はそのような、人の欲のために下されるものではな……」


「では我らが、力ずくで決着をつけるまで!」


 ヨウジョウが卑弥呼の言葉を遮る。


「望むところよ! 我が海の戦士が、そなたの山の猿どもを一人残らず海に沈めてくれるわ!」


 イタケルも一歩も引かない。


 議論は完全に平行線だった。

 灼熱の広間で怒声だけが飛び交い、汗と殺気だけが満ちていく。


 卑弥呼は、額に滲む汗をそっと絹で拭った。

 暑さとこの不毛な争いに、彼女の体力も精神も削られていく。


 タケヒコも、為政者としてこの膠着こうちゃく状態を打破する一手を打てずに、苛立ちを隠せないでいた。


「急ぎ、サクを呼べ」


 卑弥呼はすぐそばに控えていた騎士隊長のハヤトに告げる。

 承知いたしました、とハヤトは駆けていく。


「サクならば、時間を稼いでくれよう。その間に打開策を練るのだ」


「なるほど」


 そうしている間にもユズリハが先行し、風のような速さでやってきた。


「………」


 彼女は睨み合う二国の王を見てすぐに事情を悟り、踵を返して消え去った。


「さてお二方。腹は空いておりませぬかな」


 タケヒコが、朔が料理を持ってくるまでの時間をなんとか繋ごうと二人に歩み寄る。


「遠方よりはるばる来ていただいた。ここはいがみ合う前にひとつ、我が国の――」


「――腹などどうでもよい!」


 タケヒコの言葉を遮り、ヨウジョウが卓を叩いて声を荒らげる。


「そんなものをいただいている場合ではない! 我々は一刻も早く、あの川の決着をつけねばならんのだ!」


「左様! 戯言を聞きに来たわけではないぞ!」


「………」


 イタケルもまた苛立ちを隠そうともせずに言い返す。

 タケヒコは言葉を詰まらせ、場の空気はさらに険悪なものとなった。


 その時だった。


「――入ります」


 広間に場違いなほど静かで涼やかな声が響いた。

 その場の全員の視線が声の主へと集まる。


 そこに立っていたのは序列第一位の料理人、朔だった。


「……おお! サク」


「サク殿、来てくれたか」


 その顔を見て、卑弥呼とタケヒコがほっと安堵の息を漏らす。


「取り込み中、失礼いたします」


 朔は臆することなく広間に入ってきた。

 彼の背後には護衛役のユズリハと数人の補佐が、大きな木の盆を捧げ持って控えている。


「―――!」


 そしてその盆の上に乗せられたものを見て、広間にいた全員が息を呑んだ。


 盆の上にはガラスでできた透明杯グラスがいくつも並べられている。


 グラスの底部は細く、中央部で一度大きく膨らみ、そこから飲み口に向かって滑らかなくびれを描きながら再び広がる。


 現代でいう『ヴァイツェン・グラス』と呼ばれるものだった。


 その一つ一つの見事なグラスがまるで真冬の朝のように白い霜で覆われ、冷たい霧をゆらゆらと立ち上らせている。


「……な……なんだあれは」


 あれほど激昂していたイタケルとヨウジョウが、そのありえない光景に思わず言葉を失った。

 卑弥呼とタケヒコも目を見開いていた。


 灼熱の真夏の広間に、氷点下の冷気を纏う透明杯グラス

 そんなものは見たことがなかった。


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