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卑弥呼のシェフ 〜世界大会優勝の料理人、弥生時代で料理無双してたら卑弥呼が私物化しようとしてくる〜  作者: ポルカ


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驚愕のアイスクリーム 後編

 

「……わ、私が先に口にしていいのか」


 ユズリハは変にドキドキしてしまう。

 こういう特別扱いに慣れていないのである。


「味見してもらえると参考になるから」


「う、うん……」


 手の中の杯はそれ自体が氷のように冷たい。

 中の白い食べ物からは、彼女が知るあの「牛の乳」の香りと、何か甘い花のような未知の香りがふわりと立ち上っていた。


 ユズリハは戸惑いながらも、その白い塊を小さな匙ですくった。

 それは想像していたよりも柔らかく、滑らかだった。

 そして彼女は意を決して、それを口へと運んだ。


「……んん!」


 まず舌を襲ったのは、氷室の冷気そのものを凝縮したかのような、突き刺すような、しかし驚くほどに心地よい「冷たさ」。

 だがその冷たさが驚きに変わるよりも早く、それは彼女の舌の熱でゆっくりと溶け始めた。


 そして次の瞬間、彼女の味覚は生まれて初めての至福の奔流に飲み込まれた。


「甘いだろ」


「うん……おいしい……」


 蜂蜜や甘葛あまづらのような単調な甘さではない。

 なにか、吸い込まれるような甘さだ。


 牛の乳が持つ濃厚な「コク」と卵黄の「豊かさ」、そして花の「芳醇な香り」が一体となって、口の中全体に絹のように滑らかに広がっていく。


「明日はこれで勝負しようと思ってな。いけそうかな」


「………」


 いけそうもなにも、これ以上の品は断じてないとユズリハは確信していた。

 言わなかったが。




 ◇◆◇◆◇◆◇




 陽が落ちても、暑さは去ってはくれなかった。


 謁見の間は無数の灯火の熱も加わり、むっとするような熱がこもっていた。

 卑弥呼やタケヒコ、そして集まった臣下たちは皆、暑さにうんざりした顔で扇子せんすを忙しなく動かしていた。


「では今日の供物比べを始める。序列は下より順に献上を」


「はっ。どうぞご賞味くださいませ」


 第十五位の料理人に続いて、他の料理人たちも次々と献上する。

 流水で徹底的に冷やした果実や、焼き栗を葛で寄せたもの、柿に蜂蜜をかけたもの。


 それらは確かに涼やかであったが、卑弥呼の驚きはなかった。

 なんなら数日前も食べたような口直しの品である。

 卑弥呼はいつものように一口だけ手を付けると、料理の好ましい点を褒め、匙を置く。


「第二位、オシヒト。前へ」


 儀式役人の声に応え、オシヒトが自信に満ちた表情で進み出た。

 彼が捧げたのは、青銅の器に盛られたくれない色の水菓子だった。


「陛下、これぞ夏の涼。『山桃とすももの葛寄せ』にございます。希少な果実の酸味と、甘葛の蜜の甘露を固めました。自分で言うのもなんですが、夏の口直しにこれ以上のものはございますまい」


 卑弥呼はそれを一口味わい、静かに頷いた。


「……見事だ。涼やかで甘酸っぱい。確かに夏の風情よ」


 その言葉にオシヒトは何度目かしれず勝利を確信し、誇らしげに胸を張った。


「くくく……」


 奴も知らぬ、この奥の手なら、負けるはずがない。

 むしろ、どうやったら負けるのか想像がつかないほどだ。


 これで、序列一位の返り咲き確定。

 オシヒトは歓喜があふれ、笑い声を噛み殺すことができなかった。


 やがて残るは最後の一人、序列第一位の朔の番となった。


「第一位、サク。前へ」


 朔は静かに進み出た。

 彼が捧げる盆の上のものを見て、広間がどっとどよめいた。


 そこには誰もが初めて見るような、ガラス製の美しいカクテルグラスが一つ。

 そしてそのグラスは異様な光景を呈していた。

 グラスの縁から、まるで真冬の朝のように白い冷気がゆらゆらと立ち上っているのだ。


「……な……!?」


「煙か? いや、違う……! 冷たい、気……?」


 暑さで弛緩していた臣下たちが一斉にその盆の上に視線を集中させた。


(なんだあれは)


 ふんぞり返って座っていたオシヒトも、真っ青になって前のめりになる。

 嫌な予感がした。


「……サクよ。それは何だ」


 卑弥呼の声がかすかに上ずった。


「はい」と朔は答えた。


「お題は『夏の風情に合う、口直しの甘きもの』。私がお持ちしたのは、この灼熱の夏を制圧する『冬』、すなわち『ミルクアイスクリーム』です」


 朔はこの暑い中でも孤高に冷気を放つグラスを、卑弥呼の前にそっと置いた。

 中には雪のように白く、滑らかな半固形の塊が盛られている。


「……こ、こんなものを、どうやって……」


 卑弥呼はそのありえない光景に戸惑いながらも、朔が添えた貝殻を磨いて作った小さな匙を手に取った。

 彼女が匙をその白い塊にそっと差し入れる。


 それは氷のように硬くはなく、かといって粥のように柔らかくもない。

 ねっとりと、しかし滑らかに匙を受け入れた。


 そして彼女はその一匙を、恐る恐る口へと運んだ。


 刹那。


 卑弥呼の顔が驚愕に染まる。


(……っ、つめたいっ!!!)


 灼熱の世界からの逃避行。

 オシヒトの水菓子が「涼やか」だとしたら、これはもはや「痛撃」。


 そう呼んでいいほどの鋭さ。

 そのあまりの衝撃に、卑弥呼の目が大きく大きく見開かれた。


 だがその冷たさは彼女の舌の熱でゆっくりと溶け始めた。

 そして次の瞬間、彼女の味覚は生まれて初めての至福の奔流に飲み込まれる。


(あ……甘い……っ!!)


 蜂蜜や甘葛のような、舌にまとわりつく重たい甘さではない。

 牛の乳が持つ濃厚な「コク」。

 卵黄の「豊かさ」。

 穀物(ブドウ糖)から生まれた透明な「甘さ」。


 それらがラン科植物の「芳醇な香り」と一体となって、口の中全体に絹のように滑らかに広がっていく。


 甘いのに、どうしてか、くどくない。

 濃厚なのに、後味は清らか。


 そして何より、その冷たい甘さが食後の口に残っていた重たさをすっきりと洗い流していく。


「……あ……、あぁ……」


 完璧な口直し。

 卑弥呼の唇から、声にならない恍惚のため息が漏れた。


 彼女は二口目、三口目と、その氷の菓子を口に運んだ。


 一口ごとに体の内側からあの忌わしい熱気がすうっと引いていく。

 清涼な甘さが五臓六腑に染み渡り、疲れ切っていた魂が生き返っていく。


 彼女は扇子をいつの間にか手から滑り落としていた。

 広間は水を打ったように静まり返っていた。


「……な、な……」


 オシヒトは顔面蒼白だった。


 自分が作った「涼」が、ただのぬるい水溜まりに思えるほどの、圧倒的な「氷河」を見せつけられていた。


 オシヒトの嫌な予感は的中し、卑弥呼の手は止まらない。

 今までの甘きものは、全て一口で匙を置いていたのにもかかわらず。


「……くそっ!」


 オシヒトは悔しさで奥歯が砕けそうなほど強く噛み締めた。

 自分の菓子が、卑弥呼の記憶からみるみる消え去っていくのがわかる。


「アハハ、これこそ、最高の口直しではないか!」


 卑弥呼は歓喜しながら、匙を動かす。


 やがてグラスは空になった。

 卑弥呼は空になった椀を名残惜しそうに見つめると、ゆっくりと顔を上げた。

 その頬は興奮と喜びで高揚し、その瞳は潤んでいた。


「見事だ。サクよ」


 彼女は震える声で言った。


 彼女は玉座から立ち上がると、オシヒトが捧げたもはや生ぬるく感じられる『水菓子』と、朔の冷気を放つ空の椀を交互に見比べた。


 勝敗はもはや議論の余地すらなかった。


「オシヒト。そなたの菓子は夏の風情を見事に捉えていた。だが、それは『涼』を運ぶにとどまった」


 そして彼女は朔に向き直り、満面の少女のような笑顔で高らかに宣言した。


「だが、サクの『冬の花』はこの『熱』を完全に制圧した。見事というほかない。これ以上の『夏の甘きもの』、そして『口直し』は存在すまい」


 その、魂からの喝采。

 朔はその言葉を静かに受け止め、頭を下げた。


 酷暑の夜に咲いた一輪の『冬の花』は、見事に卑弥呼の心を捉えたのだった。




  ◇◆◇◆◇◆◇




 翌日の昼下がり、朔の元に、女王・卑弥呼からの召し出しの使いが来た。


「陛下がサク殿に私室へ参るよう、仰せである」


 ユズリハはすぐに、きっと先日の氷の奇跡のことだろうと感づいた。


「一緒に行く」


「あぁ、頼む」


 朔がユズリハを連れ、卑弥呼の私室へと通されると、そこにはタケヒコも同席していた。


 二人の表情は、厳粛げんしゅくで、真剣そのものだった。


「サクよ。参ったか」


 卑弥呼は玉座ではなく、普段使っている文机ふづくえの前に座し、まっすぐに朔を見据えていた。


「はい」


「うむ」と卑弥呼は頷いた。


「先日の一皿、誠に見事であった。あの『冬の花』、生涯忘れることはあるまい。……だがサクよ」


 彼女の声の調子が変わった。

 それは甘味に喜ぶ少女の声ではなく、国の未来を見据える女王の声だった。


「そろそろそのことわりを我らに明かす時だ。あれは何だ? あの、真夏に現れた『氷』は一体どこから来た?」


 広間に静寂が落ちる。

 タケヒコの探るような視線が、朔に突き刺さった。


「陛下。タケヒコ様」


 朔は、片膝をついたまま顔を上げた。


「私が、あの冷たきものを創り出せたのは、ただ一つの理由によります。私は工房の地下に、氷室をつくってあるからです」


「……氷室で……?」


 タケヒコがいぶかしげに呟いた。

 朔は、その構造を丁寧に説明し始めた。


「氷室の壁は分厚い石と粘土で固められ、さらにその内側には、大量の『すみ』と、乾かした『わら』を何層にも詰めてあります。

 その氷室の中では水は氷となり、氷は夏を越えても溶けることがありません」


「なんと……」タケヒコがうめいた。


「夏に氷をつくれると申すか」


「その通りです」


 彼女の目が興奮に大きく見開かれた。


「…サクよ。そなた簡単に言うが、これは……国宝級の発明なるぞ」


 タケヒコも、氷の持つ恐るべき戦略的価値に瞬時に思い至っていた。


 もしそれが真実ならば、それは単に涼を取るとかいう話ではない。

 傷を負った兵士の熱を冷まし、高熱の病から民を救う『命の氷』となる。

 そして食糧を腐敗から守り、遠くの地まで運ぶことをも可能にする。

 氷は塩にも引けを取らぬ破格の価値がある。


 彼女は玉座から立ち上がると、朔の前までゆっくりと歩み寄った。


 そしてその肩にそっと手を置いた。

 その手は彼女の興奮を映してか、わずかに熱を帯びていた。


「サクよ。そなたの知恵をまた利用させてほしい」


「といいますと?」


 朔が見上げると、彼女の顔には昨夜の供物比べの時以上の、深い満足と絶対的な信頼の色が浮かんでいた。


「そなたのその小さな氷室。それだけではあまりに惜しい」


 卑弥呼は振り返ると、タケヒコに、女王としての揺るぎない命令を下した。


「タケヒコよ! 今すぐ、国中の職人と、動かせるだけの兵を集めよ!」


「はっ!して、何を……」


「決まっておろう!」


 卑弥呼の目が、爛々《らんらん》と輝いた。


「サクの指揮の下、この宮殿の地下に、そして門前町の地下にも、今あるものとは比べ物にならぬ、巨大な、大々的な『地下氷室』を造営するのだ! この国の全ての民がその恩恵にあずかれるほどの、巨大な冬の蔵をな!」


 そのあまりに壮大な勅命ちょくめいに、タケヒコもユズリハも息を呑んだ。


 国家事業として、夏に氷の宮殿を築くというのだ。


 こうして邪馬台国は、またしても数百年の歴史を跨いで革新していくのであった。





 ◇◆◇◆◇◆◇

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