驚愕のアイスクリーム 前編
じりじりと焦げるような陽射しが、邪馬台国の都を容赦なく焼き付けていた。
宮殿の石畳は熱を放ち、風は止まり、空気そのものがまるで熱い湯気のように人々の肌にまとわりつく。
誰もが日陰を求め、体力を奪われ、その思考までもがこの酷暑によって鈍くさせられているかのようだった。
そんな過酷な日の昼下がり。
王宮・大膳職の厨房は、竈の熱と外からの熱気が混じり合い、まさに灼熱の地獄と化していた。
料理人たちの額からは、玉のような汗が止めどなく流れ落ちる。
「手を止めよ」
その弛緩しきった空気の中で、一人の侍女が姿を現した。
彼女は卑弥呼の身の回りの世話をする者の一人だが、ユズリハとは違い、まだ若くその表情には常に緊張が浮かんでいる。
「女王陛下より、お達しである」
侍女の少し上ずった声が、熱気の中で響き渡った。
「本日、陽が沈むのを待って、夕餉にて料理人衆の『供物比べ』を執り行います」
厨房に緊張が走った。
こんな暑い日に、か。
「今回のお題は、『夏の風情に合う甘きもの』」
侍女はそこで一度言葉を切り、お達しの最も重要な部分を付け加えた。
「……なお、陛下は宴の最後を締めくくる食後の『口直し』としてふさわしきものを望んでおられます。食材の制限は一切ございませぬ。心して取り掛かるように」
『夏の風情』、『口直し』、そして『食材制限なし』。
毎度ながら、その言葉を聞いた瞬間、序列第二位オシヒトの顔に今度こそ勝利を確信したかのような獰猛な笑みが浮かんだ。
(……面白い!)
前回の「蜜と甘葛禁止」というような、異邦の男が利する奇策ではない。
全ての食材の使用が許された、真の実力勝負。
そして、テーマは「涼やかさ」と「口直し」。
「見ているが良い、若造め……」
オシヒトは、朔を睨みつけた。
夏の風情とは、すなわち『涼』を求めるということ。
そして、口直しとは『酸味』と『香り』にほかならない。
(見せてやる)
この国で最も希少な夏の実と、最高の甘葛を使い、お前が作ったあのたかが芋とは次元の違う、真の宮廷の甘味というものを!
オシヒトはすぐさま部下に命じ、蔵から夏の短い間しか採れない瑞々しい山桃と、酸味の強い李を全て運び出させた。
彼はこれらの果汁を搾り、彼だけが知る特別な葛で固め、冷水で冷やし固めた究極の『水菓子』を作ることに決めたのだ。
「急げ」
「なくなるぞ! 早く」
厨房は一転して熱い活気に包まれた。
料理人たちは我先にと貴重な果実や蜂蜜、甘葛の甕へと殺到し、それをいかにしてこの暑さの中で最も涼やかで洗練された一皿へと昇華させるか、思考を巡らせ始めた。
その喧騒の中心から、朔は一人静かに離れていた。
彼は料理人たちが群がる果実や蜜には目もくれなかった。
彼の傍らには、護衛役のユズリハがその赤みがかった内巻き髪を揺らしながら、静かに控えている。
「サク。いつものことだが、ここにひとり残っていていいのか? 素材がどんどんなくなっていくぞ」
ユズリハの言葉に、朔は「大丈夫」と振り返る。
その顔には自信に満ちた笑みが浮かんでいる。
「実は、お題のようなものをちょうど作ろうと思ってたところでさ」
「……甘きものを?」
「そう。あとはまぁ、食後の口直しとなれば、後に引かないキレの良い甘さにすれば……」
朔はブツブツ言いながら厨房を出て、自身の工房へと向かった。
思い出したように振り返り、「あ、ついてきて」とユズリハを見る。
ちなみに、こういう時はぴったりくっついてくるアカネだが、今日は寝坊しているのか、まだ来ていないようだ。
工房の中も外と同じように蒸し暑いが、朔はそこを素通りし、工房の最も奥へと向かう。
ユズリハも奥まで来るのは初めてだった。
一見、広々とした部屋なのだがなにもないように見える。
「これ、まだ見せてなかったよな」
「何をだ」
「これ」
言いながら「よいしょ」と朔が床面をいきなり引っ張り上げた。
よく見ると、それは巧妙に隠された観音開きの床扉になっていた。
「……なっ」
扉を開けると、ユズリハは再び驚くことになる。
まるで真冬の山頂から吹き降ろすかのような、鋭く冷たい空気が白い霧となって地下から溢れ出してきたのだ。
その冷気は、彼女の薄い衣を纏う肌を瞬時に粟立たせた。
「ここ、氷室にしてあるんだ」
「な、なんだこの異常な冷気は」
「今日はここで作業するから」
戸惑うユズリハを尻目に、朔が小さなランタンに火を灯し、その冷たい闇へと続く石の階段をトントンと降りていってしまう。
ユズリハはそのあまりの非現実的な光景に一瞬ためらった。
だがついていかねばと意を決して、その冷気の中へと足を踏み入れた。
地下に広がっていたのは、確かに「氷室」だった。
が、ユズリハが思っていた三倍以上の広さがあった。
これだと、工房の地下全体を掘っているのではなかろうか。
(……寒い……まるで、真冬だ……)
しかも、ユズリハが知っている氷室より寒く感じる。
壁にはびっしりと霜が白く張り付いている。
ユズリハは自分の吐く息が白く色づいているのを見て、なおさら震えた。
彼女は氷室の奥を見渡した。
整然と並べられた水甕はカチカチに凍りつき、新たな氷を生み出している。
上には氷に直接触れぬよう、天井の梁から猪肉を燻したものが何本も吊るされている。
棚の上には、彼が牛の乳から作ったらしきものが静かに熟成の時を待っていた。
「サク……お前、ここに、冬を閉じ込めて……?」
「それ面白い表現だな」
朔はそう言いながら、「ちょっと違うんだ」と笑った。
「俺が氷室を作ると、こうなるみたいでさ」
ここはただ食材を貯蔵するだけなどという、生ぬるい場所ではない。
朔の能力によって「祝福」されたこの氷室内は、外気温に関係なく常に氷点下という、ありえない冷気を保ち続けていた。
そう、氷が生成されるのである。
「あぁ、こっちのほうが少し温度は高いはずだから、こっちにいるといい」
そう言って、朔はユズリハの背中から熊の毛皮をかけると、ユズリハの手を引いた。
書かれた札によると、氷室には「冷蔵室」と「冷凍室」があるらしかった。
「さ、始めるぞ」
朔は氷室の棚からいくつかの食材を取り出した。
それは彼が「三宝の対価」として手に入れ、この宮殿で育てさせていた鶏の『卵』。
そして同じく牛の『乳』。
どちらもこの冷たい氷室の中で、完璧な鮮度を保っていた。
彼はまず卵を割り、その黄身だけを木の器に取り出した。
そこに、彼が米麹から作り出した透明な「ブドウ糖シロップ」を加え、竹製の泡立て器で白くもったりとするまで、力強くかき混ぜていく。
次に牛乳を卵黄の器に少しずつ加えながら、さらに混ぜ合わせていく。
本当ならバニラ(ラン科の植物)が欲しいところだが、弥生時代の日本には植生していない。
朔は代わりに彼が森で探し出し、乾燥させておいた別のラン科の植物の種子をほんの少しだけ削り入れ、芳醇な香りを移した。
バニラとはまた違うが、これでも十分納得の行く甘い香りがする。
「さて、力仕事だ」
朔はその乳と卵の液体を小さな銅鍋に移した。
その銅鍋の外側を木桶の中で氷漬けにする。
外の氷にはさらさらと塩をまく。
「……氷に、塩を……?」
「ああ。塩は氷の冷たさをさらに下げる力があるんだ」
朔は木のヘラを握ると、その鉄鍋の中の液体をひたすらかき混ぜ始めた。
シャリ、シャリ、シャリ……。
最初はただの液体だった。
だが温度伝達の良い銅鍋のおかげで、一分、二分と経つうちに、鍋の縁に液体が凍りつき薄い氷の膜が張り始める。
「サク……これは」
「まだだ」
朔はその膜をヘラでこそげ落とし、液体全体へと混ぜ込んでいく。
かき混ぜ、こそげ落とし、また、かき混ぜる。
それは熱い炎と戦ういつもの調理とは真逆。
冷気と、時間と、そして己の腕力との孤独な戦いだった。
ユズリハはじっとその光景を見つめていた。
朔の額からは、冷気の中だというのに玉のような汗が流れ落ちている。
だが、彼はいつものように鍋の中の変化だけに集中していた。
その汗を、横からそっとユズリハが拭う。
「ありがとう」
やがて、鍋の中身は液体ではなくなった。
それは白く滑らかで、雪のようにふわりとした、それでいて確かな形を持つ半固形の冷たい塊へと姿を変えていた。
「……できた」
朔はヘラを置くと、荒い息をついた。
「これが……?」
「ちょっと味見してみてくれ」
朔は木製の匙でその白い塊をひとすくい、ガラスの杯へと移した。
そしてその杯を、毛皮に包まったままのユズリハの冷たい手の中へとそっと置いた。
「……わ、私が先に、口にしていいのか」
ユズリハは変にドキドキしてしまう。
こういう特別扱いに、慣れていないのである。




