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卑弥呼のシェフ 〜世界大会優勝の料理人、弥生時代で料理無双してたら卑弥呼が私物化しようとしてくる〜  作者: ポルカ


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白き金属の鍵 前編

 


 じりじりと肌を焼くような、真夏の陽射しが容赦なく降り注ぐ。

 宮殿の工房もその熱からは逃れられず、石と粘土で造られた壁ですら熱気を帯びていた。


「やっぱ気になるな……」


 朔は汗を拭うのも忘れ、工房の床に広げた一枚の粗末な地図のただ一点を見つめていた。


 それは彼が先月、卑弥呼の使節団の一員として「海神わだつみの国」へ赴いた際、記憶を頼りに自ら描き起こした道中の簡易な地図だった。


 彼の脳裏には、あの旅の途中で目にしたある光景が焼き付いて離れなかった。


 都から数日離れた、名もなき山の川沿いの道。


 荷車の車輪がぬかるみにはまり、行列が一時停止したほんの束の間のことだった。


 兵士たちが車輪を押し上げる中、朔はただの護衛対象としてぼんやりと川辺の崖を眺めていた。


 その時、彼の目がある一点を捉えたのだ。


 崖に露出した、奇妙な岩脈。

 鉄鉱石の赤黒さでもなければ、銅鉱石の青緑ろくしょう色でもない。


 それはなまりのように鈍く、しかし鉛よりも清らかで、太陽の光を浴びて不思議な銀白色の輝きを放っていた。


 その時は衛兵たちに囲まれ、行列を離れることもできず、確かめる術はなかった。


 だがあの光り方は、彼がこの世界に来てからずっと探し求めていた、重要な金属の輝きにあまりにも似ていたのだった。


 工房で鉄を鍛え、銅をるたびに、朔は物足りなさを感じてしまう。


 鉄は硬いが、融点が高くてびやすい。

 銅は錆びにくいが、柔らかすぎる。


 彼が持つ知識の真価を発揮するためには、決定的な「何か」が足りなかった。

 あの岩こそが、その「何か」である可能性に朔の心は高ぶっていた。


「ユズリハ」


 朔は工房の壁に背を預け、寄り添ってくれている侍女に声をかけた。


「なんだ」


 ユズリハの赤みがかった巻き髪が、風に揺れた。


「陛下にお許しをもらってこようと思う。兵を十人ほど借りて、数日間、都を離れたい」


 その唐突な申し出に、ユズリハの涼やかな目がわずかに見開かれた。


「なにか理由があるのか?」


 ユズリハが腕を組んだまま、訊ねる。


 朔は今やこの国の宝である。

 朔が宮殿を出る際は、一部隊で厳重に管理するよう命じられている。


 軽々しく遠出など、もってのほか。


「実はこの間さ」


 朔はユズリハの前までやってくると、地図の上の一点を指でトントンと叩いた。


「海神の国へ向かう道中、この辺りで不思議な岩を見つけたんだ。もし俺の勘が正しければ、それは塩や鉄に匹敵する貴重な金属かもしれない」


 ユズリハは朔のその熱に浮かされたような、しかしいつもの理知的な瞳をじっと見つめた。


 彼女はこの男が「勘が正しければ」と言った時、それがほぼ間違いなく真実であることをこれまでの経験で知っていた。


「どのあたりだ」


「このへん。こないだぬかるみで動けなくなったところ」


 二人が肩を寄せ合って、地図を見る。

 ユズリハから上品な柑橘の香りが香ってくる。


 一方、ユズリハは地図をじっと見ながら、思ったより距離があると感じていた。


「サクが行く必要はない。兵を向け、それらしい場所を探索してくるのではどうだ?」


 ユズリハは代案を提案する。


「鉱脈は俺の目でないと発見は難しい」


「……だが、その距離だと……」


 ユズリハが腕を組んだまま、思案する。


「頼むよ、ユズリハ」


 埒が明かず、朔はユズリハの両肩を掴み、迫った。


 ユズリハは、はっとする。

 途端に顔が真っ赤に染まっていく。


 逃げようにも、壁に挟まれたユズリハは、動くことができない。


「もしかしたら、すずかもしれないんだ。だとしたら、とんでもない価値がある」


「………」


 ユズリハはうつむき、壁に押し付けられたまま、無言になる。


「『はんだ』っていうのを作れるようになって、金属と金属を好きな形で接着できるようになったりするんだよ」


 両手が、すごく温かい……。


 ちら、と見ると、朔が目の前から、自分を見つめていた。


 胸が早鐘のように鳴り始める。


「ねぇ、ユズリハ」


 朔は必死で説得を試みる。

 ユズリハのうつむいた横顔は、髪で隠れて見えない。


「わ、わかったから……」


「わかったから?」


「……離れて」


「あ、あぁごめん。つい」


 朔が離れ、頭をポリポリと掻いた。

 ユズリハは横を向いたまま、乱れた衣服を直す。


 やがてユズリハがぽつり、と言った。


「……タケヒコ様には、私からうまく言っておく。それから私も行くから」


「ありがとう!」


 朔が目を輝かせて、ユズリハの手を取り、握る。


「………」


 ユズリハはまた、顔を赤くして、俯いた。

 と、そこで。


「――待ちなさい! ずるいわよサク! あたしも行く!」


 物陰で聞き耳を立てていたアカネが、案の定飛び出してきた。


 ユズリハは慌てて、掴まれた手を離した。


「あたしはサクの一番弟子よ! サクの『発見』の瞬間に立ち会うのは、弟子の務めですから!」


「……あぁ、そうだったかもな」


 朔はその勢いに苦笑し、やれやれと、小さくため息をついた。




 ◇◆◇◆◇◆◇




 数日後。

 朔は、ユズリハ、アカネ、そしてタケヒコが選りすぐった80人の屈強な兵士たちと共に、あの記憶の場所へと馬を進めていた。


 真夏の太陽が、容赦なく大地を焼き付けている。

 兵士たちはこんな暑い中でも、不満の一つ言わずについてきてくれている。


「サク。本当にこのあたりなの? ただの川辺の崖にしか見えないけど」


 アカネが、汗を拭いながら尋ねる。


「ああ。確か、あの岩の裏手あたりに……」


 朔は馬から飛び降りると、記憶を頼りに、崖の急斜面を草をかき分けながら登り始めた。


 そしてついに、朔はそれを見つけた。


「……あった!」


 そこには、他の岩石とは明らかに異質な、赤黒い土に混じって鈍い銀白色に輝く鉱脈が露出していた。


 朔の目から見ると、それは熱を帯びた太陽光を浴びて、妖しいまでに静かな光を放っていた。


 兵士たちもアカネもユズリハも、その奇妙な岩の前に集まってきた。


「……これ? ただの石じゃん。なんで見分けがつくの」


 アカネが、不思議そうに首を傾げる。


 兵士の一人が槍の柄で、その岩をつついた。

 岩には、簡単に傷跡がついてしまう。


「なんだか柔らかそうですね。これでは武器にもならないのでは?」


 朔は彼らの言葉を遮るように、持参した鉄のつちを振り上げ、鉱脈の一部を、力任せに叩き割った。


 ガキン! という硬い音ではなく、グシャッ、という、粘り気のある鈍い音。


 砕け散った破片は、その断面が、まるで、溶けたばかりの鉛のように、濡れたような、鈍い輝きを放っていた。


 朔は、その破片を震える手で拾い上げた。

 重い。だが鉄よりも、明らかに柔らかい。


 彼は、自らの鉄の小刀ナイフで、その表面を削ってみた。


 驚くほど簡単に、スッと、刃が入り、金属光沢を放つ、銀白色の地肌が現れた。


「……間違いない……!」


 朔は、思わず声を上げた。

 歓喜が腹の底から込み上げてくる。


「やった! やったぞ……これで……!」


 彼はその鉱石の塊を、天に掲げるかのように高々と持ち上げた。


 ただの石にしか見えない他人たちは、そのあまりの喜びようにただ呆気あっけに取られていた。



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― 新着の感想 ―
これで厨房が一面銀色に囲まれるんですか?←無茶 主人公が何を始めるかわからないのが面白い物語の神髄ですねぇ
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