Re:五色の宝飯 中編
「古来より、海神の国の王女を娶る者は、その資格を我ら海の一族に示すしきたり。今宵は斯馬国が我が娘を、そして我ら海神の国を真に養い、満足させるだけの『力』を持つか、その腕を見定める試練の席である!」
それは婚礼の祝いなどではなかった。
海神の国の王族三人を料理で満足させねば、婚約は破棄されるという、過酷な「公開試練」の場だったのだ。
「……なんと」
「姉上。これは、穏やかならざる宴になりましたな」
卑弥呼とタケヒコは眉をひそめ、顔を見合わせていた。
「これより、尊き斯馬国が、我ら三名(王、王子、王女)および来客の方々に祝いの料理を献上する! さぁ斯馬国よ! 存分にその腕を振る舞われるがよい!」
王の言葉を受け、斯馬国の料理人たちが、緊張した面持ちで調理場へと進み出た。
張り詰めた空気の中、調理が始まる。
斯馬国の料理人たちが汗だくになりながら、必死に鉄鍋を振るっている。
彼らが作っている料理を見て、卑弥呼とタケヒコは、再び目を見合わせた。
「まさか、あれは……」
やがて、一皿の料理が海神の国王、王子、王女、そして主賓である卑弥呼たちの前にも、献上された。
「斯馬国が全威信をかけて作り上げました、祝いの一皿……『五穀の宝飯』にございます!」
その料理は、米と、刻んだ獣肉、そして野草を油で炒めたもの。
それはあの安芸国との対決で朔が披露し、今や諸国にその噂が広まりつつある伝説の一皿――『五色の宝飯(チャーハン)』を、明らかに模倣したものだった。
卑弥呼は目の前に置かれたその一皿を、静かに見つめた。
そして、匙でほんの少量だけを口に運んだ。
次の瞬間、彼女の美しい眉がごくわずかに、しかしはっきりとしかめられた。
(……まずい)
油が多すぎ、米はべちゃりと団子になり、火の通りも甘い。
獣肉の臭みが、塩辛さでかろうじて誤魔化されているだけ。
それは朔が作る、あの米粒一つ一つが踊るような天上の味とは似ても似つかぬ、粗悪な模倣品だった。
卑弥呼はそっと匙を置くと、末席に控えていた朔を目だけで呼び寄せた。
「……なにか?」
「サク。そなたもこれを食べてみよ」
卑弥呼は自らの椀からそのチャーハンを小皿に分け、周囲から見えぬよう朔に差し出した。
朔は戸惑いながらもその命令に従い、一口、その『五穀の宝飯』を味見した。そして彼の顔にも卑弥呼と同じ、わずかな苦悶の色が浮かんだ。
(……ひどいな。これは)
火力が足りておらず、調理に迷いがある。
赤米が冷えていないまま調理されており、野草も青臭い。
(これは、キジの卵か……せっかくの濃厚さが死んでいる)
油の温度管理も、調味の順番も、全てが滅茶苦茶だ。
噂だけを聞いて、その形だけを真似た哀れな料理。
「……これでは……」
朔は、それだけを小声で答えるのが精一杯だった。
朔にも、この後の哀れな展開が読めてしまったのである。
「これはひどい……」
出雲の国のオオクニもそう呟き、匙を投げるように置くのが、朔の目に入った。
「……これは、どうしましょう……」
越の国ヌナカワも、その表情は決して良いものではなかった。
王族たちの試食の時が来た。
海神の国の王、王子、王女が、緊張した面持ちの斯馬国の王子が見守る中、その料理に匙を入れる。
まず、王女ウミヒメ。
彼女は一口食べると、必死に笑顔を作った。
「……お、美味しいですわ、父上! 斯馬国の心のこもった、素晴らしいお味です!」
その健気な言葉に、斯馬国の王子はほっとしたように、胸を撫で下ろした。
「そうか……どれ」
だが、海神の国の王は違った。
彼は一口食べた瞬間、その顔を怒りで真っ赤にした。
ガシャン! と、匙を皿に叩きつける。
「……ふざけるなッ!!」
王の怒声が、広間を震わせた。
「なんだ、この油と米の練り餌は! こんなもの、我が国の獣の餌にも劣るわ! これがそなたの国の、最上級のもてなしだというのか!」
王女の兄であるタコス王子もまた、冷ややかに匙を置いた。
「……父上の仰る通りです。噂の『天上の料理』を真似したのでしょうが、米は死に、獣の臭みが全てを台無しにしている。こんなものを毎日出されるような国には、妹を送ることなど到底できません」
「そ、そんな……!」
斯馬国の王子ハマンが、顔面蒼白になる。
「――破談だ」
海神の国の王は、非情な宣告を下した。
「これでは到底認めるわけにはいかぬ。ウミヒメはそなたにはやれぬ。この婚約、今この時をもって破棄とする!」
「そ、そんな……! お待ちください、父上!」
ウミヒメの目に、涙があふれる。
海神の国の兵たちが有無を言わさず、ウミヒメ王女とハマン王子の間に割って入り、引き裂いた。
「ハマンさま!」
「ウミヒメ――!」
ウミヒメ王女の悲痛な叫びと、ハマン王子の絶叫が、広間に響き渡った。
その時だった。
「――どうか待たれよ」
その冷たく、しかし凛とした声に、広間の全員がはっと息を呑んだ。
卑弥呼だった。
彼女は、静かに玉座から立ち上がっていた。
「海神の王よ。せっかくの若き二人の門出の儀。それをたった一度の料理の不手際で反故にするのは、あまりに早計ではございませぬか」
卑弥呼は穏やかだが、有無を言わせぬ圧力で王に語りかけた。
「我が国と貴国とは、長きにわたる友好の仲。そして斯馬国もまた、我らと同じ海に生きる民。その友邦である邪馬台国の女王のたっての願いとして……どうかもう一度だけ、彼らにチャンスを与えてはいただけませぬか」
海神の国の王は、唸った。
卑弥呼の言う通り、邪馬台国は長年頼り合ってきた仲であり、この小国で手に入りづらい山からの産物を惜しげもなく輸出してくれている。
今では、国内に流通する塩の9割9分が安価な邪馬台国産である。
もはや最も重要な同盟国といってよい。
その卑弥呼の申し出は、剛で知られる海神の国の王といえど、断れない。
「むぅ……卑弥呼女王がそこまで仰せられるならば……よかろう」
王はしぶしぶ、承諾した。
「明日の夜、もう一度だけチャンスを与える。だが次はないぞ。次も我ら三人全てを満足させられねば、この話は永久になかったこととする!」
絶望の淵から、なんとか一縷の光が差し込んだのは確かである。
しかし斯馬国のハマン王子は、まだ青ざめた表情を繕うことができない。
宴は気まずい空気のまま、お開きとなった。
◇◆◇◆◇◆◇
その夜、朔は自室で明日のことを考えていた。
あの模倣品ではない、本物をつくる手伝いをすべきか……。
だが、それは邪馬台国の技術の漏洩に繋がる。
もはや朔は、簡単には手伝えない立場になっているのだ。
「サク殿、少々よろしいか」
そんなふうに悩んでいると、ふいに部屋がノックされた。
タケヒコだった。
「どうしました」
「実は斯馬国のハマン王子が泣きついてきてな」
タケヒコは困った表情を隠しきれぬまま、口を開いた。
「彼らが連れてきた料理人たちが、今宵の失敗を恥じ、王子の元から姿を消してしまったそうだ。せっかく陛下が取り計らってくれたのに、明日はどうすれば良いかと……」
「ありゃ……」
朔も驚いた。
だがこうなってしまっては、同盟国として放っておくこともできないだろう。
「……タケヒコ様。こうなってはもう見過ごすわけには」
「それはさすがにならぬ」
タケヒコは、即座に首を横に振った。
「そなたの料理は国の宝。安易に見せることは国の損失につ……」
「――タケヒコ」
その時、背後から、静かな声がした。
卑弥呼だった。
その後ろにはユズリハとアカネがいた。




