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卑弥呼のシェフ 〜世界大会優勝の料理人、弥生時代で料理無双してたら卑弥呼が私物化しようとしてくる〜  作者: ポルカ


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Re: 五色の宝飯 前編

 

 初夏の爽やかな風が、邪馬台国の船団の帆をはらませ、青い海原を滑るように進んでいた。


 目指すは南方に位置し、古くから邪馬台国と深い友好関係を結ぶ、豊穣なる海の国――「海神わだつみの国」。


 その国の王女が、隣国の王子との婚礼を迎えるにあたり、女王・卑弥呼自らが、祝福の使節団を率いて、その前祝いの宴へと赴くことになったのだ。


 船団の中心となる、ひときわ大きく飾り立てられた楼船ろうせんの甲板には、卑弥呼と、弟であり宰相であるタケヒコの姿があった。


 彼らの表情は、穏やかで、しかしどこか引き締まっている。


 祝いの席で祝いの品を渡し、帰るだけなのだが、自国とは勝手が違う、いわばアウェイでの外交の舞台。油断はできない。


 「姉上、海神の国は、食においても一家言持つと聞きます。今回は特別な料理が出されるとのことでしたから、楽しみですな」


「そのためにサクを連れてきたのだ。変わった品が出てきても、相応の感想くらい、あの男なら思いつくだろう」


 卑弥呼は、海風にもてあそばれる黒髪を押さえながら言った。


「国王はともかく、王女の兄のタコス王子はかなりの情報通と聞いております。サク殿のこともご存知やもしれませぬ」


「そうか。なら話には困らぬ。なおさら連れてきてよかったな」


 卑弥呼は後方に続く船に目を向ける。

 そこには朔に加え、ユズリハ、朔の押しかけ弟子を自称するアカネも乗っていた。




 数日後、船団は海神の国の首都の港に到着した。


 桟橋には、海神の国の王族や重臣たちが、色とりどりの旗を掲げ、一行の到着を歓迎していた。


 真珠貝や珊瑚で飾られた、白亜の宮殿が遠くに見える。

 邪馬台国の都とは全く違う、明るく開放的な港町の活気に、卑弥呼一行は異国情緒を感じていた。


「ようこそいらっしゃいました。日の巫女女王よ」


「王よ、そして王子。わざわざここで出迎えてくださるとは」


 卑弥呼とタケヒコが、海神の国の王やタコス王子から丁重な歓迎の挨拶を受ける。


「卑弥呼女王陛下。お会いできたらぜひお伺いしたいと思っていたんです。聞くところによると、安芸の国で――」


 タコス王子が挨拶もそこそこに、さっそく質問を浴びせようとしたところで。


「――これはこれは、卑弥呼女王!」


 既に到着していた他の友好国の使節団の中から、一人の女性が、ひときわ華やかな装いで、卑弥呼の元へと歩み寄ってきた。


 東の山深き国・こしの国の女王、ヌナカワだった。


「またお会いできて、嬉しゅうございます!」


 ヌナカワは以前邪馬台国を訪れた時よりもさらに顔色も良く、自信に満溢れているように見えた。


 その瞳は喜びと興奮に輝いている。


「おお、ヌナカワ女王。ご機嫌うるわしゅう」


「貴国のサク殿より授かりし知恵のおかげで、我が国の『苔むす病』は、もはや過去のものとなりました! 民は皆、健やかな肌を取り戻し、国中に活気が戻っております! これも全て、卑弥呼様と、サク殿のおかげ……」


 ヌナカワが熱っぽく感謝の言葉を述べている、その時だった。


 一行の後方から、船の荷下ろし作業を手伝っていた朔が、ようやく桟橋へと降り立っていた。


 遅れて、ユズリハとアカネもやってくる。


 彼は長旅の疲れも見せず、周囲の珍しい風景や、運ばれていく食材の状態などを、微笑を浮かべながら目で追いかけていた。


 その朔の姿をヌナカワは見逃さなかった。


「――まあ! サク様!」


 彼女は、それまで卑弥呼に向けていた完璧な笑顔をさらに数倍輝かせると、まるで吸い寄せられるかのように、朔の方へと駆け寄っていった。


 その動きは、女王としての威厳を忘れさせるほど、感情的だった。


「サク様! お久しゅうございます! 息災でおられましたか」


 ヌナカワは、驚いて立ち止まった朔の目の前に立つと、その両手をためらうことなく、ぎゅっと握りしめた。


「あなた様のおかげで、我が国は救われました! 見てください! 私のこの胸も、すっかり綺麗になりました!」


 彼女は軽く前かがみになり、自らの白い胸元をはだけて見せる。

 朔には傷跡というより、豊かなそれが両方全て見えてしまっていた。


 朔は、突然のことに戸惑いながらも、笑顔で応じた。


「そ、そそそそそ、それはようございました、ヌナカワ様。民が健やかであることが、何よりの喜びです」


「ええ、本当に! これも全てサク様、あなた様のおかげ……」


 ヌナカワは、朔の手を取り直すと、潤んだ大きな瞳でじっと朔の顔を見つめた。


 その眼差しには、単なる感謝以上の熱烈な好意の色が、隠しようもなく浮かんでいた。


「……サク様。もしあなたが越の国に来てくださるなら……私たちは、国の全てを捧げて、あなた様をもてなしましょうぞ……あの美しい山々も、清らかな川も、そして」


 ヌナカワは朔の耳元でそっと呟く。


「この、わ・た・し・も……♡」


 そのあまりに大胆で、熱のこもった囁き。


「な、なにこの女……」


 アカネがすぐそばから、色目を使っているヌナカワを睨みつける。


 ただ相手は一国の女王である。

 アカネ程度ではなにもできない。


「………」


 卑弥呼は、顔には穏やかな笑みを浮かべたままだったが、その瞳の奥には明らかに冷たい光が宿っていた。


 聞こえなくとも、前かがみになってわざと見せたあたりから、今のやり取りはなんとなく想像がついた。


 だがこの程度のことでは、卑弥呼も何もできない。

 国同士の緊張関係が先に頭に浮かんでしまう。


「サク殿、鼻の下を伸ばしている場合ではありません」


 つながった手をちぎるように二人の間に割り込んだのは、ユズリハである。

 こういう時、割り込めるのは、サクを平気で悪者にできる彼女である。


「あ、はい」


「そろそろ我らも宿舎へ。宴の準備もございますゆえ」


 その声はいつも以上に丁寧であったが、氷のような冷たさをまとっていた。


「あら……もうそのような刻限でしたか。申し訳ありません、サク様。つい、感謝の気持ちが溢れてしまい……」


 ヌナカワは名残惜そうに朔の手を離すと、卑弥呼に向き直り、再び優雅な笑みを浮かべた。


「では卑弥呼様、サク様。また宴の席で」


 彼女は卑弥呼に一礼すると、去り際にもう一度だけ朔に艶やかな視線を送り、自国の使節団の元へと戻っていった。


 後に残されたのは、港の喧騒とは対照的な、微妙な沈黙だった。

 タケヒコがやれやれといった顔で、小さく溜息をついた。


「ほう……あれが噂のサク殿でございますか」


 そんな中、海神の国のタコス王子が、朔を見て独り言のように呟いていた。




 ◇◆◇◆◇◆◇




 その夜、海神わたつみの国の王が主催する、盛大な宴が始まった。

 広間は色とりどりの貝殻で作られた灯りに照らされ、波の音が遠くに聞こえる、幻想的な雰囲気だった。


 上座には海神の国の王、王女・ウミヒメとその兄である王子タコスが座している。


 卑弥呼とタケヒコは、その隣に席を与えられた。

 先ほどの越の国のヌナカワ女王をはじめ、出雲の国のオオクニや、各国の使節たちの姿もある。


 そして王女ウミヒメの隣には、今日のもう一人の主役である、邪馬台国の北に位置する「斯馬国しまこく」の若き王子ハマンが、十三歳というまだ幼さの残る顔を強張らせて座っていた。


 卑弥呼はこの宴が、二人の婚礼を祝う和やかな前祝いの席だと聞かされていた。


 だが海神の国の王がにこりともせず、重々しく立ち上がった姿に、来客たちは皆、嫌な予感がした。


「皆々様、今宵は娘ウミヒメと斯馬国しまのくにの王子との婚礼の祝いにお集まりいただき、誠に感謝する。……だがこの婚礼、実はまだ正式に認められたものにあらず!」


 王の厳かな声が響き渡る。

 広間がどよめいた。


 ウミヒメと斯馬国しまのくにの王子ハマンは、真っ直ぐ前を見たまま、テーブルの下でひそかに手を繋いだ。


 王は続けた。


「古来より、海神の国の王女をめとる者は、その資格を我ら海の一族に示すしきたり。今宵は斯馬国が我が娘を、そして我ら海神の国を真に養い、満足させるだけの『力』を持つか、その腕を見定める試練の席である!」


 それは婚礼の祝いなどではなかった。


 海神の国の王族三人を料理で満足させねば、婚約は破棄されるという、過酷な「公開試練」の場だったのだ。



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