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卑弥呼のシェフ 〜世界大会優勝の料理人、弥生時代で料理無双してたら卑弥呼が私物化しようとしてくる〜  作者: ポルカ


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オムライス 前編




 サクが、科野国から『方鉛鉱ほうえんこう』という新たな「知恵の種」を持ち帰って、一カ月以上が過ぎた。


 ミト王女の全快と、方鉛鉱の独占交易という二重の成果は、朔の宮殿内における地位を、もはや「料理人」という枠では捉えきれない、絶対的なものへと押し上げていた。


 だが朔自身はそうした周囲の喧騒けんそうには一切関知せず、朝から晩まで、自らの工房にこもりきりになっていた。


「そそ、熱いうちに早く」


 今は卑弥呼の指示のもと、鉛ガラスの生成で大忙しである。

 もちろん朔一人でやっているのではなく、専門の職人となるべき人材を集め、目下育成中なのである。


 一方の王宮の「大膳職だいぜんしき」、すなわち厨房は、重苦しい空気に沈んでいた。


 序列第二位の料理長オシヒトは、抜け殻状態から脱し、復帰している。

 が、毎日のようにあの屈辱を受けた日を思い出していた。


(くそ……!)


 あの日。

 宰相タケヒコ自らが審判を務める中、お題は「冬の魂」とされた。


 オシヒトは伝統の技の粋を尽くし、完璧な猪の背肉の香草焼きを献上した。


 だが女が北国から持参した凍らせた魚の内臓と、雪の下から掘り出したという根菜で作った未知の汁物スープは、タケヒコの舌を、そしてその場にいた者たちを唸らせた。


 結果は、オシヒトの完膚かんぷなきまでの敗北。


 邪馬台国の料理人衆そのものが、見知らぬよそ者に、公衆の面前で泥を塗られたわけで、オシヒトのプライドはズタズタに引き裂かれ、抜け殻となったのだ。


 厨房の誰もが、あの屈辱の日以来、またあの女が現れるのを、恐怖と朔に対する複雑な期待をもって待ち構えていた。




 ◇◆◇◆◇◆◇




「開門しなさい~!」


 そして、その日は再び突然訪れた。

 朔が鉛ガラスづくりに没頭している、まさにその昼下がりだった。


「北国の使者『アカネ』が約束通り、まかり越したぁ〜!」


 宮殿の門に甲高い、しかしやけに良く通る声が響き渡った。


 衛兵たちが慌てて駆けつけ、門を開けると、そこには以前と同じように、顔が分からないほど深く、獣の毛皮で縁取られたフードを被った、小柄な人物が立っていた。


「サクとやらはいるかしら! 臆病者の料理長は、また逃げ隠れしているわけじゃないでしょうね」


 全然使者ではなく、しかも、そのあまりに不遜ふそんな物言いに、衛兵たちが槍を構える。


「やめなさい! あたし、サクっていうのと約束してるのよ」


 武器を持っていないこともあってか、その人物はそのまま、まるで散歩でもするかのように彼らの間をすり抜け、堂々と宮殿の中へと侵入した。


 騒ぎはすぐに、工房で灰と汗にまみれていた朔の耳にも届いた。


「サク様! 大変です! あの、北国の無礼者らしき奴が、再び……!」


「……あぁ、忘れてた」


 朔は手にしていた鉄槌を置くと、そのままユズリハを伴い、騒ぎの中心である厨房へと向かった。


 厨房では、オシヒトをはじめとする料理人たちが、槍でも突きつけられたかのように蒼白な顔でその侵入者と対峙していた。


「……いたわね」


 フードの人物が腰に手を当てたまま、厨房に入ってきた朔を見てニヤリとした。


「あんたがサクとかいう、この国の新しい一番? ……ふーん。思ったよりひょろりとした、頼りなさげな男ね……」


 その声は紛れもなく女のものだった。

 甲高く、若く、そして自信に満ち溢れていた。


 朔が何かを言う前に、その女は自らその鬱陶しいフードを勢いよく後ろへとはねのけた。


 現れたのは、その場にいた誰もが息を呑むような、鮮烈な姿だった。


 歳は、まだ十代の後半か。

 肌は北国育ちらしく、雪のように白い。


 だが何よりも目を引くのはその髪。

 鮮やかな橙色の髪を頭の両側で、荒々しく結い上げている。


 その瞳は吊り上がり気味で、勝ち気な光に満ち、朔を値踏みするように見据えていた。


「あたしはアカネ。北の『火の国』から、この国の料理を試しに来たわよ!」


 彼女は左手を腰に当て、右手で朔を指差した。


「サクとやら! ねぇ勝負しなさいよ!  このあたしと!」


 そのあまりに一方的で、傲慢な挑戦状。

 朔がやれやれと肩をすくめかけた、その時。


「――ほう。威勢のいい娘よ」


 厨房の入り口に、いつの間にか卑弥呼がタケヒコを伴って立っていた。


 その顔には面倒事というよりも、面白い見世物を見つけたかのような、楽しげな笑みが浮かんでいた。


 いや、実際に卑弥呼は楽しいのである。


「……タケヒコ。この娘がオシヒトを打ち負かしたという、北の料理人か」


「はっ。そのように」


 卑弥呼は朔に目を向ける。


「よかろう。その挑戦、受けようではないか。なぁサクよ」


「まあ、自分は構いませんが……」


 卑弥呼はアカネに向き直った。


「アカネとやら。そなたの料理の腕前、相当と聞いているぞ」


「それはそれは」


 アカネは肩をすくめ、不敵に笑っている。


「わざわざ出向いてくれた礼だ。勝負する機会を作ってやろう。素材も我らの厨房のものを好きなだけ使うが良い。しかし、もし我らのサクが勝ったら、そなたには今までの非礼を詫びてもらうぞ」


 アカネはニヤリと笑った。


「いいわ。なんだってしてあげる。あたし、絶対に負けないもの」


「よし、決まりだ! ではこの場ですぐに勝負いたせ!」


 卑弥呼はまるで、最高の玩具を与えられた子供のように目を輝かせた。


「審判はこの私が直々に務めてやる。して、お題だが……」


 卑弥呼は少し考えると、こう言った。


「お題は『色鮮やかな米飯』としよう。そなたたち、それぞれの国の『魂』の色を、その一皿で私に示してみせよ!」


「色? ふん、子供の遊びね!」


 アカネは自信満々にその橙髪を、ふぁさ、と揺らした。




   ◇◆◇◆◇◆◇




 対決が始まった。

 特設された二つの調理場で、アカネと朔が相対する。


「いくわよ!」


 アカネは自信に満ちた様で調理を開始した。


 彼女はまず、自らが持参した黒米、赤米、あわきびといった色とりどりの雑穀を手際よく水に浸し始めた。


「ふん。あんたたちの南の国のひ弱な米とは違うの。これが我ら北国の大地そのものの力なのよ」


 彼女は次に、乾燥させた木の実や鮮やかな赤色の鮭の干し肉を手際よく刻んでいく。


「色合いなら、あたしに敵うわけがないわ」


 彼女はそれらの具材全てを米と共に、巨大な木製の蒸籠せいろに敷き詰めると、豪快な火にかけた。


 彼女の料理は力強く、素材そのものの色と形を前面に押し出す、北国らしい荒々しい魅力に満ちていた。


 一方、朔は静かだった。

 朔はまず二つの鉄鍋を用意した。


 一つの鍋では、鶏のもも肉(最近数が安定してきて、料理にまわるようになってきている)を細かく刻み、バターとニンニクで、香ばしく炒め始めた。


(……え? 何、この香り……)


 流れてきた未知の二つの香りに、アカネが眉をひそめながら、朔を見る。


 朔は次に、そこに炊き上がっていた「白米」を投入。


 そして仕上げに、ナガサが手に入れてきてくれたトマトから作ったソースをたっぷりと注ぎ入れた。


 ジュワアアアッ! という音と共に、白い米が瞬く間に鮮やかな食欲をそそる「赤色」に染まっていく。


(なっ……!? 米を、赤く、染めた……!?)


 アカネがその光景に一瞬、目を見張った。

 そもそもあの赤い食材、何? いったい、どこで……?




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