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卑弥呼のシェフ 〜世界大会優勝の料理人、弥生時代で料理無双してたら卑弥呼が私物化しようとしてくる〜  作者: ポルカ


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二人だけのおむすび

 

 湿り気を帯びた南風が、うっそうと茂る照葉樹の森を揺らし、邪馬台国に初夏の訪れを告げていた。


 その日、朔はユズリハと数名の兵士を伴い、久しぶりに、あの「太陽の家」(塩田ハウス)が立ち並ぶ、海辺の作業場を訪れていた。


「サク。この日差しの中で本当に作業するのか」


 ユズリハが、その赤みがかった巻き髪を手で結び上げながら、額の汗を拭った。


 今日は、ひと月間違えたかのように、日差しが強い。

 彼女の機能性を重視した緋色の衣も、今日ばかりは暑そうだ。


「そんな大変なことじゃないんだ」


 朔は、陽の光を浴びて、くすんで見える「太陽の家」を見上げた。

 最近になって、邪馬台国の鉛の在庫は日を追って増加している。


 鉛ガラスが作れるようになると、使う先として優先順位が高いのは、間違いなくここだ。


 彼が最初に作った「太陽の家」は、彼のクラフト能力の粋を集めたとはいえ、光を通す壁は、鹿の皮を薄く削いだ「透皮」を使っている。


 それでも光を通してくれるが、ガラスに比べると、通し方はぼんやりとしたもの。


「剥がすぞ」


 朔がクラフト能力で、「透皮」を一瞬で剥がしていくと、そのあり得ない光景に、兵士たちが驚愕した。


 剥き出しになった、木の骨組み。


「そこに置いてくれ」


「へい」


 そこへ、朔が工房で試作を重ねていた、「板ガラス」が運ばれてくる。


 鉛を混ぜたおかげで融解温度が下がり、気泡はほとんどない、透き通った、薄さも均一なガラスを量産することができていた。


 朔は指一本で指示し、そのガラス板を木の骨組みに、ひょいひょいと嵌め込んでいく。


 ユズリハは、息を呑んで、その光景を見守っていた。

 濁っていた獣の皮の壁が、今、光をそのまま通す、「透き通る石」の壁へと、生まれ変わっていく。


 見る間に一棟が終わり、朔は次の棟へと向かう。


「ほい、終わり」


 午前中の早いうちに、張替え作業が終わっていた。


 今まであった「太陽の家」は、陽の光を浴びて、眩いばかりに輝く『水晶宮』へと、変貌を遂げていた。


「すごい……」


「これで、効率も倍以上になると思う」


 王宮そばで、水晶宮の中で育てているトマトやホップは、すでにおかしいくらいの成長を遂げている。


 これは自分の予想だが、「祝福」の効果が、鹿の皮で覆った時より強くなるのだろう。


「塩はまだまだ価格が高止まりしていて、増産の余地がある。どんどん作ろう。各地の村に配布できるくらいに」


 ユズリハも、その圧倒的な技術の跳躍に、戦慄していた。

 今でさえ、大量の塩を作ることができているのに、更に増やすことができるなんて。




   ◇◆◇◆◇◆◇




「よし。休憩だ。皆、食べた後は日陰で、ゆったりとしていてくれ」


 ついてきた侍女が昼の弁当を広げ始めると、兵士たちから歓声が上がる。


「少し潮風を浴びてよう。今日は暑いな」


 昼食を口にし終えた朔は、浜辺に行って腰を下ろした。


 午後からは切り出されている木材の到着を待って、新規の太陽の家を三棟増設する予定だった。


 ユズリハも朔のそばの岩陰に腰を下ろした。

 海風に弄ばれる髪を押さえ、目の前に広がる地平線を眺める。


 寄せては返す、穏やかな波の音だけが響く、静かな時間。


「……ユズリハは海のそばの生まれか」


「そうだ。小さい頃は海で遊びながら、一晩中過ごしていた」


 ユズリハが言い、思い出したように立ち上がると、履物を脱いで並べ、海に素足をつけた。


「……ああ、なつかしい……」


 いつもは鉄の小刀を帯び、隙のない彼女が、衣の裾をまくり上げて打ち寄せる波に足を遊ばせている。

 その滅多に見られない無防備な姿に、朔は思わず目を奪われていた。


「……あ」


 ユズリハが、小さな声を上げた。

 彼女の白い足首に、黒紫色のヒラヒラとした海藻がべったりと絡みついていた。


「……厄介な。藻屑か」


 彼女は顔をしかめ、それを指で無造作につまみ、捨てようとした。


「――待った!!」


 朔の、叫び声が響いた。

 彼は岩陰から砂を蹴って駆け出すと、海水も構わず、ユズリハの横に膝をついた。


「サク!?」


 ユズリハが、驚きに目を見開く。


 朔は、彼女の足首をがっしりと掴み、じっと見ている。

 突然、足を掴まれたユズリハは、驚きと羞恥で顔を真っ赤にする。


「ちょっ!?」


 一方の手はスカートの中が見えぬように押さえ、反対の手は、反射的に、胸元を押さえる。


「このっ! 変態!」


「馬鹿、違う! そのまま動かないでくれ」


「ひゃっ……!」


 朔は彼女の足首から、その海藻を丁寧に剥がし取った。

 そして、彼女の困惑などお構いなしに、その海藻を太陽に透かす。


(……アマノリの原種だ……信じられない……!)


 ニンニクの時と同じだ。


 原種ならではの、桁違いの磯の香り。

 その奥に、確かな「うま味」の気配。


 彼の脳裏に、かつての世界の、あの黒く四角い「紙」が蘇った。


「ユズリハ、手が空いている兵をこっちに呼んでくれ!」


 朔はそう言ってズボンを膝上まで捲り上げると、海辺に浮く海藻を両手で集め始める。


「な、なにをするのだ」


 ユズリハは、まだ動揺から立ち直れていなかった。


「その岩に張り付いている『黒い厄介者』を、根こそぎ採取して持ち帰るぞ!」


 朔の、歓喜に満ちた声が響き渡った。




   ◇◆◇◆◇◆◇



 その日、朔たちは麻袋がまるまる5つ一杯になるほどの生海苔を宮殿に持ち帰った。


 朔はその夜、一人、自らの工房へと籠った。

 ユズリハだけが、その工房の片隅で静かに彼を見守っていた。


 朔は黙々と作業を続けている。

 水音がし、やがて包丁で何かを猛烈な速さで叩き続ける乾いた音が響き始めた。


 トントントントン……!


 それは、しばらく続いた。


 ユズリハは、彼が昼間のあの奇行の末に持ち帰った「藻屑」で、一体、何をしているのか想像もつかなかったが、朔の背中は真剣そのもので、声をかけることは憚られた。


 やがて、その音がぴたりと止むと、打って変わって工房の炭火の炉が使われ始める。


 そして、数分後。


 工房の中に、未知の香りが漂い始めた。


(……この、香りは……)


 それはただの磯の香りではない。

 もっと香ばしく凝縮された、どこか懐かしいような、食欲をそそる香り。


「ユズリハ」


 朔が振り返った。

 手には、湯気の立つ二つの簡素な木の椀を盆に乗せていた。


「今夜のまかないだ。護衛も腹が減っては務まらない」


「サク。私は」


「いいから。ちょうど味も見てほしいんだ。一緒に食べよう」


 朔は作業台の上にその二つの椀を、置いた。

 椀の中身は、いわゆる、『おにぎり』というものだった。


 彼が精米した「弥生白米」を、彼が創り出した「純白の塩」だけで、シンプルに握り締めたもの。


 だが、違うのはその外側だった。


 炊きたての白い米を、ごくごく薄い黒いものがしっとりと包み込んでいた。

 わずかに炭火の香りがする。


「……この、黒いのは?」


「今日取って来た藻屑さ。うすくして焼いたんだ」


 それは昼間の黒紫色ではなく、炭火で炙られたことで、美しい深緑色へと、姿を変えていた。


「……これが、あの藻屑……?」


「そう。『海苔』だ」


 朔はそう言うと、自らのおにぎりをがぶり、と大きく頬張った。


 ユズリハも見様見真似で、その温かい、小さめのおにぎりを両手で持ち上げた。


(すごくいい香りがする)


 海苔は、米の湯気でしっとりと米に寄り添っている。

 これが、脚に張り付いていた不気味なアレとは思えない。


 彼女は意を決して、それを一口食べた。


(………!)


 口の中で奇跡が起きていた。

 まず、海苔の圧倒的な「磯の香り」と「うま味」。


 そしてその香りを、追いかけるように、彼の「純白の塩」が、清冽な塩味を加える。


 その二つの強く荒々しい海の味に、「白米」のふっくらとした、純粋な甘みが寄り添う。


 香り、塩味、甘み、そしてうま味。

 海苔と塩、米だけで、信じられないほどの完成された「調和」。


 ユズリハの唇から、吐息のような声が漏れた。


「すごい……上手な味付だな、サク」


 彼女は、そのおにぎりを頬張った。


「だろ。ただの塩むすび。色んな料理をつくっても、俺は結局これが一番好きでね」


 朔は工房の小さな窓から、月を見上げながら笑った。


「………」


 彼女は、工房の薄暗い灯火の中、米を頬張る朔の横顔を見つめていた。


 二人だけのまかないの時間。

 胸に切ない感情が静かに満ちていく。


「ユズリハ。もうひとつ食べられるか?」


「……これで足りる」


「少し変えてある。よければこっちも味を見てほしい」


 朔はおにぎりをもうひとつくれる。


「ありがとう」


 彼女は温かい二つ目の、小さめに作られたそれを受取り、そっと口にする。


「……ん?」


 先ほどとは違う。

 中からとろりとした、黒い何かが舌の上に溢れ出してきた。


(甘くて、塩辛くて……これは何?)


 それは、さっきの焼き海苔よりもさらに濃厚で深い、漆黒のペーストだった。

 驚きに目を見開くユズリハの口の中に、未知の爆発が起こる。


 それは、朔が創り出した「ひしお」の深いコクと、「米飴」のねっとりとした甘み、そして干した魚介から取った濃厚な旨味が、生の海苔と渾然一体となって煮詰められた、究極の「佃煮」だった。


 その強烈な甘辛い味が、白い米の甘みと絡み合う。


 ユズリハは思わず口元を手で覆った。

 美味しすぎて、言葉が出ない。


 彼女は夢中で二つ目のおにぎりを頬張った。


 口いっぱいに広がる、甘美な海苔の風味。

 噛むほどに溢れる、米の甘み。


 気がつけば、あっという間に二つ目のおにぎりも消えていた。


「……どうだ?」


 朔が、いたずらっぽく笑って覗き込んでくる。

 彼女は、自分でも驚くほど素直な言葉を口にしていた。


「これ、好き」


 その言葉に、朔は今日一番の満足げな笑顔を返した。




 

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