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卑弥呼のシェフ 〜世界大会優勝の料理人、弥生時代で料理無双してたら卑弥呼が私物化しようとしてくる〜  作者: ポルカ


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赤き果実とツタの植物 前編

 


 サクが、邪馬台国やまたいこくの食の頂点――序列第一位の料理人として、その地位を不動のものにしてから、ふた月以上が過ぎようとしていた。


 彼がもたらした、純白の塩、石鹸せっけん、そして牛や鶏、豚といった家畜の導入は、この国のあり方を、根底から塗り替え始めていた。


 朔の工房は、もはや単なる調理場ではなく、国の未来を創造する、まさに「知恵の泉」として機能していた。


 だが、朔の探求心は、まだまだ満されてはいない。


 彼の頭の中には、かつての世界の、あまりにも豊かで、多彩な「味の記憶」が眠っている。


 その中でも、彼が最も焦がれ、そして、この国の料理に「決定的に欠けている」と痛感しているものが、いくつかあった。



 初夏のある日。


 大陸との定期交易を終えた船団が、都の外港に帰還した。

 その船団を率いていた外交官の長、ナガサは、宮殿への報告を終えると、真っ先に朔の工房を訪れた。


 彼の顔には、長旅の疲れと、奇妙な任務をやり遂げたという、誇らしげな表情が浮かんでいた。


 数ヶ月前、朔は、タケヒコを通じて、このナガサにある「無理な願い」を託していたのである。


「……ナガサ殿。次の交易の折、もし、大陸のいちで、珍しい食べ物を見かけることがあれば、手に入れてはいただけないだろうか」


「珍しいもの、と申されますと?」


 朔は、言葉を選びながら、必死に記憶をたぐり寄せた。


「例えば……これくらいの大きさで(と、朔は手で小さな円を作った)、赤く熟し、果実のようでありながら、煮込むと汁物や肉料理の味を劇的に深くするものがあります。そしてもうひとつ……つるを伸ばして育つ植物で、松かさのような、不思議な形をした、苦い香りのする実をつけるもの……それも、探してはいただけないでしょうか」


 朔は、それが「トマト」と「ホップ」であるとは、言わない。

 この時代ではその名で呼ばれていなかった可能性もあり、名で探すのは間違いのもとと考えたからである。


 ナガサは、その奇妙な依頼に首を傾げながらも、今や国の礎とまで呼ばれる朔の頼みを、断ることはできなかった。


「――サク殿! 只今戻りました!」


 工房の前にやってきたナガサは、従者に、いくつかの厳重に封をされた木の小箱を運ばせた。


「いやはや、骨が折れましたぞ。あなたの言う『赤き果実』など、誰も知らぬ。だが、執念で探し回った結果……これではないかというものを手に入れて参りました」


 ナガサは、まず、一番大きな小箱の蓋を開けた。


 中には、柔らかなこけに包まれて、数個の、赤く熟した果実が、大切そうに収められていた。


「これは、大陸の南の商人から手に入れた、『唐柿とうし』と呼ばれるものだそうで。観賞用として、稀に育てている者がいるそうですが、多くの者は、『これを食うと、魂が狂う』と恐れ、口にはせぬと」


 だが朔は、ナガサの言葉など、もはや聞こえていなかった。

 彼は、震える手で、その果実を一つ、そっと摘み上げた。


「おお……」


 間違いない。トマトだ。


 形は現代のものより不揃いで、少し小さい。だが、このヘタの部分から漂う、青々しく独特の甘酸っぱい香り。これこそ、彼が焦がれてやまなかった、あの太陽の香りだった。


(……本当に、手に入った……!)


 彼の胸に、熱いものがこみ上げてくる。これがあれば、本物のケチャップを作れる。そして、あのソースも、無理だったあの料理も……!


「ありがとう。これで間違いないです」


「おお、まことか! それはなによりだ」


「それでよかったんですか……実は赤き食べ物を探すうち、このようなものも見つかりましてな。これも、赤く、小さい。ですが……」


 そういってナガサは次の箱を開けさせると、そこから小さな麻袋を取り出した。ナガサは、顔をしかめた。


「これは、毒です。火を吹く、猛毒にございます。私の部下が、好奇心でひとかけらかじったところ、三日三晩、舌が焼けただれたように、のたうち回りましたゆえ」


 袋からこぼれ出たのは、乾燥した、小さく、真っ赤な果実。


 唐辛子だった。


(おお……あったのか!)


 朔の目が、再び見開かれた。これは、期待していなかった、とんでもないタナボタだ。


「……ナガサ殿。これは、毒ではない。使い方さえ誤らねば」


 朔は、不敵な笑みを浮かべた。


「これは料理に、山椒やからしとは全く違う、燃えるような『熱』を与える新しい火です。素晴らしい。これもまさに宝です」


「……なんと、これも料理に使えるのですか」


「はい、とてつもなく。ありがとうございます!」


「はぁ」


 頭を下げられたナガサは、やはりサク殿の考えはわからぬ、と釈然としない顔をした。


「赤くはないですが、同じような大きさの球根も手に入れました。……見つかったのであれば、もはやこれはいりませぬか」


 ナガサは、従者が持つ、別の麻袋を指差した。


 朔が袋を開けると、中には、なんと茶色い薄皮に包まれた、玉ねぎが入っていた。遥かに小ぶりで、形も不揃いだったが、間違いなく玉ねぎである。


「な、ナガサ殿、これはどうしたんですか」


 朔は、驚きで声が震えた。


「うむ。たまたま我らの国の山野に自生している、野蒜のびると交換させてほしいと言ってきた者がおりましてな。茶色でしたが、もしかするとこれから色づいて、サク殿が探すものになるかもしれぬと思い、応じました」


「おお」


 ボタモチすぎる。


 朔は、その小さな玉ねぎを一つ手に取り、わずかに割ってみた。


 ツン、と鼻を刺す、懐かしい香りが広がる。


「ナガサ殿、言っていなかったですが、これも私が探していたものなんです! ……いや、あなたは素晴らしい!」


「なんと」


 ナガサは、朔が喜ぶ姿に、気を良くしたようだった。


「ではこれもお喜びいただけるでしょう!」


 彼は、最後の、最も自信ありげな包みを取り出した。


「サク殿がお求めになった、『つるに成る、松かさのような実』。正直、見つからぬと思っておりました。薬草師にも商人にも、そのようなものは知らぬ、と。しかし! 大陸の北方の山岳地帯に住む者が、売っておりましてな! ついに見つけて参りましたぞ! これこそ、ご要望の品に違いありませぬ!」


 ナガサが、得意げに麻布の包みを開いた。


 中から現れたのは、乾燥した、つるの一部と、それに付着した、確かに松かさのようにも見える、硬い黒っぽい実だった。


 朔は胸の高鳴りを抑えながら、それを手に取った。

 そして、その香りを嗅いだ瞬間。

 彼の顔から、期待の光がすっと消えていった。


(……うわ)


 そこに漂うのは、土臭く、青臭い匂いだけ。


 彼が求めていた、あの独特の、苦味を伴う、華やかな香りは、微塵も感じられない。


 彼の手が、その蔓の断面を確かめる。

 これは、ツル科ですらない、ただの低木だ。



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