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卑弥呼のシェフ 〜世界大会優勝の料理人、弥生時代で料理無双してたら卑弥呼が私物化しようとしてくる〜  作者: ポルカ


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ボンゴレ・ビアンコ 後編

 



 一方、朔の調理場は、全く対照的だった。

 彼は、まず自らが持ち込んだ、黒光りする鉄の中華鍋を、かまどの炎の上に据えた。


 朔は鉄鍋に、彼が牛の乳から作り出した黄金色の『弥生流バター』を、ひとかけら溶かした。


 ジュワアアアアッ……という、優しくも濃厚な乳の香りが、オシヒトの、清廉な出汁の香りとは、全く違う芳香として、広間に割って入る。


 次に朔は、懐から小さな麻袋を取り出した。

 彼がその袋から、白くごつごつとした小さな塊を取り出し、鉄の包丁の腹で、力強く、叩き潰した、その瞬間――


 ツン、と!


 広間にいた全員の鼻腔を、未知の、強烈で、刺激的な、しかし抗いがたいほどに食欲をそそる匂いが突き刺した。


「なっ……! なんだ、この匂いは!?」


 それは、朔が宮殿の工房で栽培に成功した、ニンニクだった。


 彼が公の場で、この食材を使うのは、これが初めてだった。

 朔は、そのニンニクを香りが立つまで、バターでじっくりと炒め始めた。


 すると、奇妙なことが起こった。


 あれほどまでに、鼻を刺すようだった刺激的な匂いが、熱が加わるにつれて、次第に角が取れ、香ばしく、そしてたまらなく食欲をそそる「芳香」へと、変わっていくのだ。


「……匂いが変わった……?」


 広間のざわめきが、困惑のそれに変わる。

 そこで朔は、貝料理のお題を満たす、アサリを手に取る。


「――ハッハッハッハ!」


 とたんにオシヒトが、勝ち誇ったように笑い出した。


「愚かな! アサリごときで、なにができるというのだ!」


 しかし朔は構わず、その香ばしい油が満ちる鍋の中へ、アサリを豪快に投入した。


 ジュウウウウウッ!!という、一段と高い音!


 貝殻が、一瞬にして、ニンニクの、情熱的な香りをまとう。


 そこに、朔が種麹から作った酒を注ぎ入れると、高いアルコール濃度を知らしめるかのごとく、鍋から赤い炎が柱のように立ち上った。


「うわっ!」


「――妖術だ! あの男、炎を操ったぞ!」


 広間は、もはやパニックだった。

 朔の調理は、彼らの常識ではもはや「料理」ではなく、「妖術」そのものだった。


 炎が収まると、鍋に蓋をし、全てのアサリがその口を開くのを待った。


 数分後、蓋を取ると、アサリは全て口を開き、そのうま味に満ちた汁を、鍋の中の油と乳化させていた。


 朔は、隣の鉄鍋で、打ち立てておいた生パスタを、塩を加えた湯でアルデンテ(わずかに芯が残る状態)に茹で上げる。


 そして、茹で上がった麺をアサリの鍋へと投入し、全体を力強く煽る。

 麺の一本一本が、ニンニクの香りをまとった乳白色のアサリの汁を、艶やかにまとっていく。


 朔は美しい白磁の皿にその白い麺を盛り付け、上から新鮮なアサリを丁寧に飾り付けた。


 ドン、と。


「邪馬台国が誇る、知恵と海の恵みの『結び』。すなわちボンゴレ・ビアンコにございます」




   ◇◆◇◆◇◆◇




 供物比べは、位の低い者から順に、卑弥呼とタケヒコ、科野国の王の前に運ばれた。


 他の料理人たちの、アワビの酒蒸しや、サザエの壺焼きなど、伝統的な技法を用いた素晴らしい貝料理が続く。


 どれもが、審査員たちを唸らせる、見事な出来栄えだった。


 そして第二位、オシヒトの『猪肉の蛤の汁和え』。


 蓋を開けると、ふわりと、清らかな磯の香りが立ち上る。

 完璧な火入れ、素材の味を活かした塩と酒だけの味付け。


「……うむ。これは見事だ」と科野国の王が、深く頷いた。


「これぞ、王道の味。蛤が持つ、真のうま味を、見事に引き出しておる。オシヒト殿の腕、噂にたがわぬな」


 卑弥呼もタケヒコも、その非の打ち所のない美味しさに、満足げに頷いた。


 ただ、肉は脇役には強すぎる点については、皆、密かに思うところであった。

 これを貝料理と呼ぶかと問われたら、誰もそうは思わぬだろう、と。


 オシヒトは、勝利を確信し、深く一礼した。


 そして、最後に、朔の貝料理が運ばれた。


 審査員たちは、その、今まで見たこともない、白い紐(麺)と、未だに漂う、強烈なニンニクの香りに戸惑いながらも、フォーク(朔が用意させたもの)を手に取った。


「……サクよ。これは、まず、どう食すのだ?」


 卑弥呼が、困惑したように尋ねる。

 誰もが、麺というものが初めてなのである。


「陛下。それは麺と言います。その麺をフォークですくい、くるくると巻いて、汁によく絡ませてお召し上がりください」


「……ふむ、こうか?」


 卑弥呼は言われるがままに、その白い麺を汁と絡め、恐る恐る、口に運んだ。

 タケヒコも、科野国の王も、それにならった。


 ジュル……ジュチュル。


 瞬間。


 三人の時間が、止まった。


 こ、これは!?


「あ……あ……」


 科野国の王は立ち上がっていた。



 アー・ア・アァァー!!


 科野国の王はジャングルを駆けていた。

 しなやかなパスタのロープに掴まり、木から木へ、次々と渡り飛ぶ。


 王の後ろを、手足の生えたアサリたちが、同じようにパスタのロープに掴まって追いかけてくる。

 白い羽根の生えたニンニクが、王の周りを嬉しそうに飛んで回った。(イメージ映像)



「こ……これは……!」


 舌に触れた瞬間に広がる、鮮烈な香り(ニンニク)!

 そして、バターのコク!


 だが、それだけではない。

 それら強烈な香りが、お題であるアサリから溢れ出した、強烈なうま味と乳化して一体となり、口の中を至福の津波となって支配する。


 そして、麺とやら!


 この紐は、粥でも、団子でもない。

 シコシコとした、歯を押し返すような力強い、しかしちょうどよいモチモチ感。


 その麺が、あの悪魔的なまでに美味いソースを、一滴残らず、その身に纏っている。


「……うまいッ! なんだ、この、魂を揺さぶるものは!」


 科野国の王が、まるで童のように、目を輝かせて叫んだ。


 そして、じゅるるる、じゅちゅるるる、と、何本もの麺を猛烈な勢いで、すすりはじめる。


「麺……コレ、すごい好きかもしれぬ……♡」


 卑弥呼もまた、一口、また一口と、夢中で、そのパスタをすする。

 そして、ふと気づいたように呟いた。


「不思議だ。汁だけを啜るよりも、この紐と共に食す方が、遥かに味わいが深く感じるのは何故だ」


「それは、この形状ゆえでしょうな」


 タケヒコが、フォークに巻き付けた麺を目の高さに掲げて、感心したように言った。


「見てください、姉上。この麺の表面に、あのアサリの汁と油が、ねっとりと絡みついているのを」


「む……? 確かに、汁をまとっておるな」


「ただ汁を飲むだけでは、すぐに喉を通り過ぎてしまう。だが、この麺を噛みしめることで、口の中に留まり、麺自体の甘みと、絡みついた汁の塩気と旨味が、混然一体となって広がっている」


「なるほど! 麺は『器』でもあるのか……! サクめ、そこまで計算して……」


 卑弥呼は、麺という未知の食べ物が持つ、合理的な美味さに戦慄した。


「それにしても、このアサリが、これほどの出汁をつくるとは……」


 タケヒコもすすりながら、感服したように言う。


「全くだ。にんにくとやらの合わせが文句なしに素晴らしい。これはすでに、オシヒトのハマグリのソースを超えている」


「ですな。あの肉と違い、こちらはとにかく、手が止まりませぬ」


 タケヒコは言葉通り、休みなく麺をすすり続けている。



 勝敗は、もはや、語るまでもなかった。


 いつものように、料理人衆の料理は皆、たいてい一口手を付けるだけ。


 朔の料理だけが、すべて完食。


「サク殿、見事な料理、感謝するぞ!」


 科野国の王が立ち上がると、朔の元へと駆けつけ、両手で朔の右手を握った。


「……ちなみに、もう少し食べたいのだが」


「はい、準備しておきました。まもなく出来上がります」


 サクは笑顔で科野国の王におかわりを渡す。

 その後ろには、卑弥呼とタケヒコが、器を持って姿勢正しく並んでいた。


「……馬鹿な……! なぜアサリごときが……」


 オシヒトは、その場に力なく、崩れ落ちていた。

 拳を床に叩きつけ、くそ、くそっと吠える。


「認めん……私は認めんぞ……! あんな品のない匂いの、下等なアサリ料理など……!」


 そう吐き捨てて、オシヒトは何も学ぶことなく、出ていくのだった。



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― 新着の感想 ―
>オシヒトは何も学ぶことなく、出ていくのだった。 オシヒトはそれでいい 何も足さない何も引かない 愛しいキャラですわぁ~
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