ボンゴレ・ビアンコ 前編
初夏の爽やかな風が、邪馬台国の都に活気をもたらしていた。
先日、死の淵をさまよっていた同盟国「科野国」の王女ミトが、朔の知恵によって奇跡的な回復を遂げたことで、両国の間に、これまでにない強固な絆が生まれていた。
それから日が経ったある日。
宮殿は、祝賀のムードに包まれていた。
ミトの父である科野国の王が、娘を救ってくれたことへの正式な感謝を捧げるため、そして、褒美として約束した『月光石(方鉛鉱)』の第一陣を届けるため、自ら、盛大な使節団を率いて邪馬台国を訪れたのだ。
謁見の間。玉座に座す卑弥呼と、その傍らに立つタケヒコを前に、科野国の王は、深々と頭を下げた。
「女王陛下。この度の娘ミトの命の御恩、国を挙げて感謝の言葉もございませぬ。陛下への御礼の証として、約束の『月光石』、お納めいたします」
卑弥呼は、満足げに頷いた。
「王よ、面を上げられよ。ミトの息災は、我にとっても何よりの喜び。両国の絆、ますます強固なものとなりましょう」
和やかな挨拶が交わされ、タケヒコが使節団を宿舎へ案内しようとした時。
科野国の王が、ふと、広間の末席に控えていた朔の姿を捉え、目を輝かせた。
「おお、いたか、サク殿……!」
王は玉座を離れ、まっすぐに朔の元へと歩み寄った。
そして、その場で、深々と頭を下げたのだ。
「サク殿! 娘が、まことにお世話になりました! あなた様こそ、我が国の、真の恩人……!」
王の、あまりに率直な感謝の行動に、邪馬台国の臣下たちがどよめいた。
朔は、一介の料理人であり、一国の王が頭を下げるべき相手ではない。
朔は慌ててひざまずき、その礼を受け止めた。
「お顔をお上げください。私はただ、料理人としての務めを果たしただけです」
「いや、ご謙遜を」と王は、興奮した面持ちで言った。
「サク殿は、『命を救う賢者』であること、我が国の者たちは、身をもって知りました。……ところで」
朔は再三の謝意を受け取りながら、「なんでしょう」とまだ話したそうな王に続きを促す。
「サク殿、もし今後機会があれば、そなたの料理も味わわせていただきたい。『あれほどの知恵を持つ男が作る、本当の料理とは、一体どのようなものなのか』と、我が国では皆が興味津々でございましてな」
王は、少年のようにいたずらっぽく笑った。
「先日、安芸国との勝負では、サク殿の料理で貴国が圧勝されたという噂も耳にしてしまいましての」
「ふ、ふふ……さすが、耳が早い」
その話を横で聞いていた卑弥呼が、楽しそうに、声を上げて笑った。
「王よ。そなたが、そう言うであろうと思っておりましたぞ」
王が卑弥呼を振り返る。
「……と、申されますと?」
「既に、今宵の宴の『余興』として、全て整えてあるということ」
卑弥呼のその言葉に、今度は、科野国の王が、驚きに目を見開いた。
「おお、まさか」
「そのまさかである。今宵は、我が国が誇る料理人衆が作る、真の『食の理』、存分に、味わってゆかれるがよい」
卑弥呼の瞳が、今夜の宴への期待に、楽しげに、細められた。
◇◆◇◆◇◆◇
その夜、科野国の王を迎えた盛大な歓迎の宴が始まった。
宴もたけなわとなった頃、タケヒコが立ち上がり、高らかに宣言した。
「皆の者、これより、もてなしのご余興として、我が邪馬台国が誇る、十五料理人衆による、『供物比べ』を執り行う!」
広間の隣に設けられた特設の調理場で、十五人の料理人たちが、緊張した面持ちで整列する。
周りからは盛大な拍手が巻き起こった。
「お題は、今が旬である、『貝料理』! 最高級の海の幸を使い、科野国の王に、我らの真価を示していただこう! 献上の順は、位の低い者から!」
「おお、なぜ我の好物を知っておるのだ!」
科野国の王の顔が、歓喜に満ちる。
卑弥呼はしてやったり、という顔をし、タケヒコはただ静かに、国王に向かって礼をする。
一方の料理人衆は、もちろん、今初めて言われたわけではない。
昨日に告げられ、各々が考える最高の料理を準備して、この舞台に立っている。
それゆえ、調理場に立つ序列第二位のオシヒトの顔には、自信が満ち溢れている。
(甘きもの・魚・猪肉では、立て続けにあの男に敗れたが、今回こそは負けぬ!)
貝は素材の鮮度と、火入れの繊細さ、そして何よりも潮の香りを活かす「引き算」の技が物を言う。
それこそ、我が国の伝統の神髄。
あの男が、いかに奇策を弄しようとも、長年この国の海と共に生きてきた、我らの技には敵うまい。
今度こそ、序列第一位の座を取り戻す。
オシヒトはひそかに拳を握りしめると、打倒・朔の、完璧な一皿を目指して、調理を始める。
一方、朔はそのお題を聞いて、迷わずあの一品に決めていた。
自らの工房の「太陽の家」で、あの『火の草』ことニンニクが、順調に育ち、収穫できてきている。
それだけではない。
朔には水車式の製粉機が生み出す小麦粉と、家畜小屋がもたらす「卵」もあるのだ。
◇◆◇◆◇◆◇
「はじめ!」
合図と共に、十五人の料理人たちは、一斉に調理を開始した。
アワビの酒蒸しや、サザエの壺焼きなど、伝統的な技法を用いた素晴らしい貝料理を、次々と作り上げていく。
王を迎えるとあって、最も高級品とされるアワビの品が多いようである。
第二位オシヒトは、迷いがない。
彼は用意された食材の中から、最も大きく、殻の艶が美しい、見事な大ハマグリを山と選んだ。
彼の動きは、長年の経験に裏打ちされた、流れるような美しさがあった。
彼は、まず、砂抜きした蛤の殻を磨き上げる。
続けて、殻のついたままのハマグリを、網の上に乗せて炭火で、じっくりと直火焼きにし始める。
火が通ると、貝殻が「パカッ」と音を立てて、次々と開いた。
貝殻の中で、ハマグリ自身の持つ塩分を含んだ汁が、ふつふつと煮立ち始め、オシヒトはそこへ、オシヒト家秘伝の酒をまわしかけた。
そして、隣では猪肉のヒレ肉を、同じく炭火で焼き始める。
両面を丁寧に焼き上げると、その肉にハマグリのエキスをかけ、横に並べて添えた。
柔らかい猪肉が、清らかで高貴な磯の香りをまとう。
最後に塩をひとつまみ振って、完成である。
「おお……! なんとうまそうな料理だ……!」
科野国の王も、オシヒトの発想に深く感心していた。
(さぁ、どうだ)
オシヒトは朔を見る。
お前はなんの貝を使う?
まぁ、どうあがいたとて、俺の料理には敵うまいが。
海神の国のハマグリこそ、他の追随を許さぬ、貝の王なのだ。




