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卑弥呼のシェフ 〜世界大会優勝の料理人、弥生時代で料理無双してたら卑弥呼が私物化しようとしてくる〜  作者: ポルカ


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命の理 後編

 

 翌朝。


 朔が、いつものように、滋養のかゆを盆に乗せて、ミトの私室を訪れると、信じられない光景が、彼を待っていた。


「……あ……」


 ミトが侍女の肩を借りてはいたが、確かに、自らの二本の足で、寝台の脇に立っていたのだ。


「ミト様! もうお立ちに……!」


「はい」とミトは、まだか細いながらも、嬉しそうに微笑んだ。


「あの温かいお食事のおかげで……。とても不思議で、まるで体の中から、新しい力が湧いてくるようでした。聞けばあなた様がご用意くださっていたと……本当に、なんとお礼を申し上げてよいか……」


 朔は安堵に、その場に崩れ落ちそうになるのを、必死で堪えた。


「……よかった。本当によかったです」


 ユズリハもまた、その奇跡的な回復を目の当たりにし、朔の力に対する、畏敬の念をさらに深めていた。


 朔は、ミトを寝台に座らせ、粥を勧めた。


 彼女の意識は、もはや明瞭だった。


 これまでは、ただぼんやりとした霧の中で、見知らぬ男が何か温かいものを口に運んでくれる、という認識しかなかった。


 だが今は違う。


 彼女は、はっきりと朔の姿を、一人の男として認識していた。


(この方が、私を救ってくださった……)


 彼女は、自らの寝乱れた衣の襟元を、無意識のうちにそっと合わせた。


 髪も侍女にかせたいと、初めて思った。


 病の淵にあった時には忘れていた、人としての、そして女としての羞恥心と自意識が急速に戻ってきていた。


 彼女は、侍女たちが、この男を「サク様」と呼び、恐れと尊敬の入り混じった態度で接しているのを、不思議に思っていた。


 ミトは傍らに控える、侍女長の女性に小声で尋ねた。


「……ねえ、シズエ。失礼ながら、サク様はどちらの……」


「はい」と侍女長は、声を潜めて答えた。


「卑弥呼様が、我が国の礎であるとまで仰った、邪馬台国随一の賢者にして、序列第一位の料理長にございます」


 その言葉に、ミトは改めて朔を見つめた。


「えっ」


 ミトはその言葉がにわかに信じられない。


(あの疑い深いヒミコが、信頼を寄せる……ですって?)


 卑弥呼をよく知るミトは、この男がただ者ではないことを、このたった一言で確信するのだった。




 ◇◆◇◆◇◆◇




 朔はミトが食事を終えるのを見届けると、彼女の体調を気遣い、部屋を辞そうとした。

 意識が戻った以上、異物の自分がいると落ち着かないだろう。


(……ん?)


 その時、彼の目は、ふと部屋の隅にある棚に釘付けになった。


 そこには、ミトが少女の頃から集めていたのであろう、様々な美しい石が並べられていた。


 その中にひときわ異彩を放つ、一つの石があることに朔は気づいたのだ。


(……あれは)


 朔のクラフト能力が、その石に強く反応していた。


 鉄鉱石を見つけた時と同じ、あの素材が持つポテンシャルが、光のオーラのように見えている。


 それは、赤みがかったり白っぽかったりする他の石とは、明らかに違った。


 黒っぽく、重々しい輝きを放ちながらも、その表面にはまるで月の光を閉じ込めたかのような輝きが、星のように点在していたのだ。


「……ミト様。あの、黒い石はどちらの山で?」


 朔の何気ない問いに、ミトは嬉しそうに答えた。


「まあ、お目が高い。あれは父が西の山から、わざわざ運ばせてくれたものです。私は『月光石げっこうせき』と呼んでおります。ただ重たいだけで何の役にも立ちませぬが、暗闇で灯火にかざすと、星のようにきらきらと光るのです」


 月光石。


 朔の心臓が、激しく高鳴った。


(…まさか銀……いや、方鉛鉱ほうえんこうか……!?)


 方鉛鉱とは、銀に加えてもう一つの金属、『鉛』が大量に混ざる鉱石のことである。


(銀……)


「神聖」と「生命」を司る、究極の金属。


 強力な殺菌力、毒の検知。


 いや、それ以上に、鉛の価値が計り知れない。


 朔の全身が、歓喜に震えた。




 ◇◆◇◆◇◆◇




 その日の夕刻。


 ミトが、自らの足で、広間を歩けるようになったという奇跡的な回復の報は、科野国の宮殿全体を、歓喜の渦に巻き込んだ。


 ミトの父である王は、朔とユズリハを大広間へと招き、国を挙げての、盛大な宴を開いた。


「サク殿! ユズリハ殿!」


 王は玉座から駆け下りると、朔の手を両手で固く握りしめた。

 その目には、感謝の涙が溢れていた。


「そなたは我が娘の、いや、この科野国の命の恩人だ。何と礼を申したらよいか……さあ、望みのものを何でも申してほしい! 金か? 翡翠か? あるいはこの国の、最も肥沃な土地か?」


 広間に集まった臣下たちが、固唾を飲んで、朔の答えを待っている。

 朔は首を横に振った。


「お言葉、恐悦至極に存じます。ですが私は料理人。金銀や土地を、望むものではございません」


「では、一体、何を……」


 朔は、まっすぐに、王を見つめ返した。


「もし、私に、褒美をくださるのでしたら、ただ一つ。ミト様の私室にございました、『月光石』と呼ばれる不思議な石。あの石が採れるという西の山の鉱脈を、我が邪馬台国との交易の品として、お約束いただきたいのです」


 そのあまりに奇妙な要求に、王も臣下たちもきょとんとした顔をした。


「……い、石……? あの、何の役にも立たぬ、ただの、重たい黒い石ころを、か?」


「はい」と朔は、真剣な眼差しで答えた。


「私には、あの石が、金銀珠玉にも勝る、宝の山に見えます」


 王はしばし呆気に取られていた。


 この男は自分の利益を求めていない。

 国としての利益が欲しいと言ってきているのだった。


 しかも、譲れではなく、売ってくれと。


 王は腹の底から、豪快に笑い出した。


「はっはっは! そうか、石か!あの呪われた山の、ただの石ころが、娘の命の対価か! 安い! 安すぎるわ!」


 王は上機嫌で、その場で宣言した。


「良いだろう、サク殿! あの山の石は今後、そなたと邪馬台国だけが、自由に取引できることをここに許す! いや、我が国から、毎年貢物としても、そなたの元へ送り届けさせよう!」


 そして、彼は、付け加えた。


「…ひとまずは、褒美の第一弾として、城にあるあの石の備蓄、全て持てるだけ、お持ち帰りくだされ!」


「いや、でもあの石は」


 朔はあの鉱石のとんでもない価値を説明するが、王は「娘の無事以上のことはこの世にはない」と高笑いし、朔の言葉を取り合わなかった。




 ◇◆◇◆◇◆◇




 数日後、朔とユズリハは、邪馬台国への帰路についていた。


 彼らの荷車は、来た時とは違い、金銀ではなく黒く鈍い光を放つ、ずっしりと重い鉱石で満載だった。


 おかげでかなりのスローペースである。


「サク。この石に本当に銀が混じっているのか」


 ユズリハは、そのただの石にしか見えない積荷と、それをまるで恋人のように、愛おしげに見つめる朔の横顔を、訝しげな表情で眺めていた。


 ちなみに石で押しのけられ、今の二人は肩が触れ合う隣同士で座っている。


「そうなんだよ。こんなに早く見つかるとは」


「私には、どこにでもありそうなただの石を、山ほど積んで帰っているようにしか見えない」


「帰ったらその凄さを見せるさ」


 石をもてあそびながら、若干、上の空で答える朔に、ユズリハは小さくため息をついた。


 ふーん。

 私がこんなに近くにいるのに、そんな石ころのがいいんだ。


 先日のアレもあって、ユズリハは足が勝手に動いた。


「あだっ!?」


 朔はスネを小さく蹴られて、涙目になる。


「ふふ」


「え? ユズリハ笑った?」


 スネを擦りながら、朔が隣の女性を見る。


「わ、笑わない」


 ユズリハは赤髪を耳にかけながら、馬車の窓から、晴れ上がった、雲一つない空を見上げた。


 ちょっとすっきりした。



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