黒金の夜明け 後編
「姉上……! お分かりになりますか!? これがもし真実ならば……」
卑弥呼は頷いた。
「我が国は、また、生まれ変わるな」
タケヒコは、部屋の中を歩き回りながら、早口でまくしたてた。
「我が国の鉄は、そのほとんどを大陸や、金山国、出雲の国との交易に頼っております。貴重な米や布と引き換えに、わずかな量の鉄を得ているのが現状。だがもし、塩と同じように我らの土地で、我らの手で、鉄が自在に生み出せるとなれば……」
タケヒコの目が、爛々と輝いた。
「我らはもはや、誰にも頭を下げる必要はなくなります! 兵士の一人一人に、鋼の剣と槍を持たせることができましょう! 民の一人一人に、鉄の鍬と鋤を与えることも夢ではありませぬ!」
タケヒコの口は止まらない。
「固い大地を耕し、作物の収穫量は倍増し、国は豊かになり、兵は強くなる! 姉上! これは、ただの鉱脈の話ではございません! 我が邪馬台国が国々の頂点に立つための、天が与えたもうた、最大の好機にございます!」
タケヒコの興奮とは対照的に、卑弥呼はただ静かに玉座に座っていた。
だがその薄絹の奥で、彼女の瞳がかつてないほど、鋭い光を放っているのを、朔は見た。
彼女は、朔の料理の才能に惚れ込み、彼を宮殿に招いた。
その知恵が、塩の危機を救い、国に富をもたらした。
だが、今、目の前で語られていることは、それを超えるかもしれない。
国を守り、他国を圧倒する軍事力を生み出す力。
卑弥呼はしばらくの間、静かに目を閉じていたが、やがてゆっくりと目を開けた。
「……ハヤトを、ここに」
女王の短く、しかし絶対的な命令。
すぐに衛兵の長であるハヤトが、鎧を鳴らして彼女の前にひざまずいた。
卑弥呼は、彼と朔に厳命した。
「ハヤトよ。精鋭百を率い、サクと共に、直ちにカイナ村へ向かえ。サク。そなたは、彼らをかの『赤き石の丘』へと案内するのだ。これはこの国の未来を左右する、最重要の密命である。何人たりとも、このことを口外してはならぬ。夜明けと共に出立せよ!」
◇◆◇◆◇◆◇
夜明け前、朔は、ユズリハ、そしてハヤト率いる百人の兵士と共に、秘密裏に宮殿を出立した。
今回は、囚人としてではない。
国家プロジェクトを導く、指導者としてだった。
数日後、一行は、懐かしいカイナ村へと到着した。
「おお!」
「見て、サクだ!」
「サク!」
朔の帰還に、村は、割れんばかりの歓声で沸き立った。
タケルをはじめとする子供たちが、彼の胸に飛び込んでくる。
カズマが、その肩を力強く叩き、シノが、涙を浮かべてその無事を喜んだ。
長老は杖を突きながらゆっくりと近づくと、朔の手をしわくちゃの両手で固く握りしめた。
「……よう、戻られた、サク殿。皆、そなたを待っておったぞ」
彼らはそうやって歓喜しながらも、今、朔が多くの兵士を従える立場でやってきていることに驚いた。
「……サク? その人達と仲直りしたの?」
子供たちが不思議そうに訊ねる。
朔が連れて行かれた日のことを鮮明に覚えているのだろう。
朔はハハ、そんな感じだ、と笑った。
「皆さん、また後で。ちょっと近くを探索していきます」
「わかり申した」
村を抜けた朔は、ハヤトと、同行してきた国の鍛冶師たちをあの丘へと案内した。
そこは、朔が最初に家を建てた場所のすぐ裏手にある、何の変哲もない、赤土の丘だった。
「……ここだ。この赤黒い石がそれだ」
朔がそう言うと、鍛冶師たちが色めき立った。
彼らはその石を手に取り、重さを確かめ、槌で叩いてその硬度を調べたりしている。
「……こ、これが鉄のもと……」
一人の鍛冶師が、興奮に声を震わせた。
「これほど無造作に、地表に転がっているなど……! まさに、神々の山だ!」
ハヤトの命令一下、兵士たちによる、大規模な採掘作業が始まった。
彼らは、持参した鶴嘴で、赤黒い鉱石を次々と掘り出し、麻袋に詰めていく。
その光景は、さながら、大地から国の未来を掘り起こしているかのようだった。
数日後、一行は山のような鉄鉱石を積んだ荷車と共に、都へと凱旋した。
◇◆◇◆◇◆◇
都の郊外に、巨大な製鉄工房が、超急ピッチで建設された。
朔のクラフト能力で、彼がカイナ村で作ったものよりも、遥かに大きく、そして効率的な「たたら炉」が、何基も築かれていく。
さらに、石炭を効率的に燃焼させるための『コークス炉』もつくられ、用いられる石炭は事前に丁寧に蒸し焼きにされた。
そして、最初の火入れの日。
卑弥呼とタケヒコ、そして国の重臣たちが見守る中、炉に、石炭と鉄鉱石が交互に投入され、獣の皮で作られた巨大な「ふいご」が、轟音と共に、炉心へと空気を送り込み始めた。
やがて、炉の温度が極限まで達した時、炉の下部から、奔流のように、真っ赤に溶けた鉄が流れ出してきた。
その、あまりに幻想的で、力強い光景に、その場にいた誰もが、畏敬の念に打たれ、言葉を失った。
邪馬台国が初めて、自らの手で鉄を生み出した瞬間だった。
◇◆◇◆◇◆◇
その日から、国は変わった。
生み出された鉄は、朔の指導の下、国の最高の鍛冶師たちによって、次々と、新たな価値へと姿を変えていった。
まず、武器。
兵士たちの、脆い青銅の剣は、強靭な鉄の剣へと置き換えられた。
槍の穂先も、矢じりも、全てが鋼となり、ヤマタイ国の軍事力は、飛躍的に増大した。
次に、農具。
鉄の刃を持つ鍬や鋤が、初めて大量に生産され、民へと無償で与えられた。
これまで、石器や木器では耕せなかった固い大地が、次々と豊かな田畑へと生まれ変わっていった。
これで国の食料生産能力は、数年のうちに、倍増することが約束されたようなものだった。
そして、生活の道具。
朔の発案で、鉄は、人々の暮らしを豊かにするためにも使われた。
料理の味を劇的に変える、鉄の鍋やフライパン。
頑丈な家を建てるための、釘や蝶番。
そして、朔が自ら鍛え上げた、驚くべき切れ味を持つ、鋼の包丁。
朔の元には、国の未来を担う若い職人たちが、弟子として集い始めていた。
◇◆◇◆◇◆◇
あの日から、二週間が過ぎた夜。
卑弥呼の私室の中の光景は変わっていた。
灯火を置く台は、新しく作られた鉄の燭台に変わり、卓の上には、朔が作った、美しい鉄の小刀(ペーパーナイフの原型)が置かれている。
「ふふ。優雅になったものよ」
卑弥呼は朔が作ってくれた、肘掛けと背もたれ付きの、熊皮を張った椅子に深く腰掛けながら、室内に置かれる金属製品を、満足げに眺める。
あれから国内ではすぐに銅の鉱脈も発見され、鉄とともに銅もインゴットとして精錬されはじめた。
鉄同様、大陸より輸入された銅器はすでに数多く存在し、古くなった銅器を好ましい鋳型に流し込み、鋳造する技術は十分だった。
それゆえ、鉱石さえ見つかれば、銅製品を製作するのは、鉄ほど時間がかからなかった。
「まったく、頼もしい男め」
卑弥呼は美しく細工された銅製のカップに注がれた、どぶろく酒にそっと口をつけながら、呟く。
国全体がゆっくりと、しかし確実に、「金属の時代」へと歩みを進めているのだった。




