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卑弥呼のシェフ 〜世界大会優勝の料理人、弥生時代で料理無双してたら卑弥呼が私物化しようとしてくる〜  作者: ポルカ


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黒金の夜明け 前編

 

 安芸国あきのくにからの帰還は、邪馬台国に熱狂的な凱旋がいせんムードをもたらした。


 敵地において、かの傲慢な安芸国の鼻を、料理という「知恵」だけで完璧に明かしたのだ。


 都の民は、自国の塩の優位性と、女王陛下の慧眼けいがんを称え、祭りさながらのどよめきが数日にわたって宮殿を満たしていた。


 帰還して三日目の夜、宮殿の奥深く。

 卑弥呼の私室で、ささやかな祝勝の小宴が開かれていた。


 参加者は卑弥呼、タケヒコ、そして、その勝利の立役者であるサクと、彼の護衛役ユズリハの四人だけだった。


「――実に見事であったぞ、サク!」


   タケヒコは上機嫌に酒をあおりながら、朔の肩を叩いた。


  「あのジリトの、膝から崩れ落ちた様! 実に、痛快であったわ! 我が国の塩が、あ奴らの藻塩もしおを完全に凌駕りょうがしたとなれば、今後の交易も、我らにとって全て有利に進もう。そなたの一皿は、千の兵に匹敵する大功であった!」


 卑弥呼もまた、玉座で見せる神聖な仮面を外し、心からの笑みを浮かべていた。彼女の頬は、酒のせいか、高揚のせいか、わずかに紅潮している。


「全くもって、見事な料理であった。心配して損をしたぞ」


「鶏や豚を手に入れたおかげですよ。実力ではありません」


「サク殿はいつも謙遜ばかりだな」


 朔のそんな言葉に、四人が笑い合う。


「……そういえばサクよ。私は、ずっと不思議に思っていたのだ」


 卑弥呼が酒を注がれながら、訊ねた。


「何です?」


「そなた、カイナ村にいた頃から鉄の刃やフライパ……とかいう鉄の板を使っていたそうだな」


「あぁ、そうですね」


 朔は思い返すように天上を見上げ、頷いた。


「カイナ村は地図にも載らぬほどの、貧しい村であったはず。それなのに、なぜ宝石よりも希少な、鉄を持っていたのだ? あれは一体どこで手に入れた?」


 それはあまりに素朴で、しかし核心を突く質問だった。


 朔は、一瞬言葉に詰まった。

 彼はこれまで、自らのクラフト能力の根幹に関わる部分を、誰にも詳しく話したことはなかった。


 鉱石から金属を取り出せるなどと言えば、それこそ人ならざる者として、気味悪がられるだけだと考えていたからだ。


 この卑弥呼の時代、金属の多くは大陸からインゴットとして輸入し、それを加工するのが常であった。


 つまり、『加工技術』はあろうとも、鉱石から金属を取り出す『精錬技術』はほとんど知られていなかったのである。


 精錬するにしても、朔以外の人間がやるとしたら、石炭や石油を使って超高温の炉を用いなければ、無理だ。


(……だが、いつかは話さなければならないことだ)


 それに目の前にいるのは、この国の全てを統べる女王。

 彼女の隣には、自分を信じ、「盾」となることを約束してくれた宰相、タケヒコもいる。


 多くはないものの、石炭は国内で採掘されているようだから、教えたら、精錬は不可能ではない。


 朔は居住まいを正した。


「陛下。あの鍋や板はどこかで手に入れたものでもなく、私が作りました」


「……作った?」


 卑弥呼は、きょとんとした顔で、問い返した。


「はい。あの村の近くにちょうど良い石がたくさん転がっている丘がありまして。赤くて妙に重い石で、それを使って、かまどよりももっと熱い火を起こせる炉を作り、石を溶かして叩いて、板や刃の形にしたのです」


 朔は、その工程を、まるで今日の夕食のレシピを説明するかのように、ごく当たり前のささいなことのように淡々と告げた。


 だが、その言葉を聞いた卑弥呼とタケヒコの反応は、尋常ではなかった。


 二人は、食事の手をぴたりと止め、まるで時間が止まったかのように、硬直した。


 その顔からは、血の気が引き、信じられないものを見るような、驚愕の色が浮かんでいた。


「……待て、サク殿」


 最初に沈黙を破ったのは、タケヒコだった。

 その声は、かすかに震えていた。


「…そなた今、何と言った? 石を……溶かした……?」


「はい。火の温度を上げれば、石とて溶けます。その中に、光るものが生まれるので」


「光るもの……それがもしや『鉄』か」


 朔は、こともなげに頷いた。


「ええ。まあ、そういうものだと思います。カイナ村の道具は、石器ばかりで不便でしたので、助かりました」


 その言葉が、とどめとなった。


 卑弥呼は、わなわなと震える指で、卓を指差した。


「……この、ナイフもか。あの、厨房にある鍋や包丁も……全てそなたがその赤い石とやらから……?」


「はい」


 卑弥呼とタケヒコは、顔を見合わせた。


 その目に浮かんでいるのは、もはや単なる驚きではない。

 国家の根幹を揺るがす、途方もない事実を前にした興奮だった。




   ◇◆◇◆◇◆◇




「料理を片付けよ!」


 もはや宴どころではなかった。

 卑弥呼の私室の雰囲気は、一変していた。


 穏やかな酒の席から、緊迫した軍議の場へと。

 タケヒコは、侍女たちを全て下がらせると、鬼気迫る表情で、朔に詰め寄った。


「サク殿! 詳しく話していただきたい。その赤い石が採れるという丘は、どこにあるのですか。そこにはどれほどの量が」


「サク、本当に石から、自在に鉄を生み出せるというのか!」


「あの石がまだあれば、できると思いますよ。あぁ、強い火が必要なので、石炭は使うことになるでしょうが」


「……セキタン?」


「『燃ゆる石』と呼ばれている、黒いアレです」


 二人が、あぁ、という顔をする。

 あれはセキタンという名なのか、とタケヒコが顎をさする。


「鉄がつくれるなら、『燃ゆる石』はすべて使っても良い! サク、どこにあるのだ」


 朔は、二人のあまりの剣幕に戸惑いながらも、自分がカイナ村の近くで見つけた鉱脈の場所と、自らの製鉄の工程を詳細に説明した。


 脳内に浮かぶ設計図ブループリントに従い、粘土と石で小さな炉を組み、木炭を作り、獣の皮で作った「ふいご」で空気を送り込み、鉄のけらを取り出す、一連の工程。


 朔にとっては、それは料理のレシピを語るのと、何ら変わりはなかった。


 だが、それを聞くタケヒコにとっては、神話の呪文を聞いているかのようだった。


「…なんと……なんと」


 タケヒコの顔から、血の気が引いていく。

 彼は為政者として、朔が語っていることの、恐るべき重要性を、誰よりも正確に理解していた。


 彼は、姉である卑弥呼に向き直った。

 その声は、興奮と畏怖で震えていた。


「姉上……! お分かりになりますか!? これがもし真実ならば……」


 卑弥呼は頷いた。



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