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卑弥呼のシェフ 〜世界大会優勝の料理人、弥生時代で料理無双してたら卑弥呼が私物化しようとしてくる〜  作者: ポルカ


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五色の宝飯 後編

 


 先に、シオドウの『豊穣の磯蒸し』が、審査員たちの前に運ばれた。


「ほう……」


「これは、安芸国らしい一品だ」


 出雲国のオオクニ、伊都国のイタケル、上野国のカゼハヤが、蒸された海の幸を箸でつまみ、じっくり鑑賞しながら、口へと運ぶ。


「うむ。これはなかなか……」


「藻塩が見事に効いている」


 彼らは、その見た目の美しさと、複雑な海の香りに感嘆し、鮑の濃厚な旨味と、藻塩の持つミネラル豊かな風味を称賛した。


「……非の打ち所がない」


 卑弥呼もその料理を味わい、険しい表情になる。


(サク……)


 これを打ち破るとなると、並々ならぬ料理でないと……。


 卑弥呼の表情を伺っていたタケヒコも、腕を組んで不安げな顔つきになる。


「お褒めの言葉、感謝いたす」


 シオドウが得意げな笑みを浮かべ、頭を下げる。

 ジリトも、会心の笑みで頷いた。


 次に、朔の『五色ごしき宝飯ほうはん』が運ばれた。


「これが、炒めた米か……」


「うーむ……香りは良いが」


 三人の審査員たちは、その未知の料理に戸惑いながらも、さじを取った。


 焼けば水が飛び、固くなるは道理。

 彼らは硬い飯をわざわざ食わされることに嫌気が差しているのである。


「食べてみるしかなかろう」


「そうだな」


「うむ」


 そして、三人が意を決して、一口。


 ぱく。

 もぐもぐ…………。


「―――!」


 瞬間、三人の顔に、同じ衝撃の色が浮かんだ。


 ――なんだ、これは!?

 なにが、どうなっている?


 米が、米ではない。

 一粒一粒が、まるで独立した生命を持っているかのように、口の中で、はらり、とほどける。


 それでいて、パサついてはいない。

 表面は香ばしく、中はふっくらとしている。


 そこに絡みつく、卵の優しい甘み、ベーコンの強烈な塩気と燻香、蝦のぷりぷりとした食感と甘み、野蒜のシャキシャキとした刺激。


 そして、それら全ての個性を、完璧なバランスでまとめ上げている、醤と、焦げ付く寸前まで熱せられた鉄鍋が生み出す、香ばしい風味。


 そして根底に流れる、純粋で力強い「卑弥呼の白塩」の味。


 それは、安芸国の藻塩のような複雑さはない。

 だが、その潔いまでの純粋さが、他の全ての素材の味を一切邪魔することなく、むしろそれぞれの輪郭をくっきりと浮かび上がらせている。


「……これはうまい……!」


   寡黙な出雲王オオクニが、思わず笑みを浮かべて、声を漏らした。


「このような食べ方が、この世にあったとは……! そして、この塩……なんと静かで力強いことか!」


 伊都国イタケルは、目を丸くしながらも、次々と口に運んでいる。


 冷静沈着な上野国の王子カゼハヤもまた、その表情を驚きに歪めていた。


「……信じられぬ。米粒一つ一つが、これほどまでに独立し、かつ調和しているとは……。火と油と鉄が生み出す、新たな理か……!」


 そして、卑弥呼。

 彼女はスプーンで小さく掬い、一口食べると、もはや笑いだしてしまう。


「なんだ! もう! ……サクめ、やってくれたな!」


   彼女は、普段の冷静沈着な女王の顔を忘れ、まるで少女のように、純粋な喜びの表情を浮かべていた。


「全く……まだこんな美味な料理を隠していたとは」


 そして卑弥呼はタケヒコに向かって頷く。

 この勝負、もらったぞ、と。


(よっしゃ)


 タケヒコはニヤリとすると、珍しく拳を胸の前で握り、小さくガッツポーズをして感情をあらわにした。


 タケヒコの中には、安芸国に対する積もり積もった悔しさがあった。



 ――こ、これでは全く足りませぬ。どうか、どうかもう少し塩を……

 ――うるさい! それ以上ねだるなら、次から倍の値段にするぞ! さっさと帰れ!



 自国の民が苦しんでいるのに、いつも安芸国の言い値で、しかもわずかしか塩を売ってもらえなかった日々。


 悔しさを抑え込み、ひたすら頭を下げ続けてきたタケヒコにとって、この国を打ち負かすことこそ、最高の夢だった。


(くそ……)


 一方、安芸国の長ジリトは、苦々しい表情で、五色の宝飯を見下ろしていた。

 彼の鼻腔にも、この抗いがたい香りは届いている。


 本能が、これは間違いなく美味いものだと告げている。

 だが、いくら美味でも、我が国の料理には断じて敵わぬ。


 彼は、安芸国の長としてのプライドがあった。


 審査員たちの称賛の声が一段落したところで、ジリトは、わざとらしく大きな音を立てて席を立った。


「……くだらん! このような得体の知れぬ飯! 見た目も下品で、香りも騒々しい! こんなもの、食べる価値などない。どのみち安芸国の勝ちは変わらぬ!」


 そのあまりに大人げない態度に、邪馬台国側から冷たい視線が向けられる。


「待たれよ、ジリト殿!」


 その時、鋭い声が響いた。

 審査員席の出雲王オオクニが、厳しい表情でジリトを睨みつけていた。


「食べもせずにそこまで言うのは、どういった事情か」


「同感だ。ごちゃごちゃ言わず、まずは食べてみるがよろしかろう」


 伊都国イタケルも、オオクニの言に同調する。


「食べる価値がないと言っている」


「ジリト殿。そなたは仮にも審査員であるぞ。しかも自分で主催しておきながら、その態度はいかがなものか」


 王カゼハヤもジリトを睨むように見ていた。


「ふ、ふん! うるさい奴らめ! 食えばいいんだろう!」


 ジリトは立ったまま、めんどくさそうに目の前に置かれた五色の宝飯の皿を、乱暴に引き寄せた。


「こんなもの!」


 ジリトは匙を手に取ると、五色の宝飯をすくい、忌々しげに、それを口の中へと放り込んだ。


 ……もぐもぐ。


 次の瞬間。


 ジリトは膝から崩れ落ちた。


 広間は、水を打ったように静まり返った。

 誰もが、何が起きたのか、わからない。


「………」


 ジリトはうつぶせで床に倒れ込んだまま、目を見開き、ただ、口だけをもぐもぐと動かしている。



 ……な、なんだ、これは……?

 生き生きとした、一粒一粒の、米。


 米が、米が……口の中で踊っている!

 卵が、香りの良い燻製肉が……ひとつひとつの素材が……!


 なぜ、こんなに美味いんだ!?



「がぁぁぁぁ……!」


 やがてジリトは、腕の力だけで起き上がる。

 あまりのおいしさに、下半身が麻痺している。


 だが、そんな下半身を引きずりながらも、なんとかテーブルの上の宝飯を掴む。


 そして彼は、周囲の目も長の威厳も何もかもを忘れ、その皿に顔を埋めるようにしてがつがつと、夢中で宝飯をかき込み始めた。


 口の周りが、米粒と醤で汚れるのも構わず、ただひたすらに、貪るように。


 それは飢えた獣のようでもあり、初めて美味いものを知った子供のようでもあった。


 当然、あっという間に皿は空になった。


 ジリトは、空になった皿を名残惜しそうに、何度も何度も匙で舐めると、ようやく我に返ったかのように、はっと顔を上げた。


「………」


 そして自分が今、どのような醜態を晒しているかに気づき、顔を真っ赤にした。

 彼は何も言わずに、よろよろと自らの席に戻ると、深くうなだれて顔を覆ってしまった。


「………」


 安芸国の重臣たちは、自らの主君のあまりの豹変ぶりに、もはやかける言葉も見つからなかった。




 ◇◆◇◆◇◆◇




 審査は、もはや形式的なものに過ぎなかった。


 三人の審査員は、まず、安芸国の料理が示した、伝統への敬意と技術の高さを称えた。シオドウの藻塩と鮑の磯蒸しは確かにこの国の食文化の粋を極めたものだった。


 だが、その上で、彼らは口を揃えて、朔の料理がもたらした衝撃について語った。


 結果は、満場一致。

 勝者は、邪馬台国の朔。


 その宣言が響き渡った時、安芸国の長ジリトは顔面蒼白となり、老料理人シオドウは顔を伏せ、肩を震わせた。


 彼らは、自らの伝統と誇りを懸けて挑み、そして、完膚なきまでに打ち負かされたのだ。


 しかも、自国の宮殿という、最高の舞台で。


 卑弥呼とタケヒコは、その光景を深い満足感と共に見ていた。


 敵地という逆境の中で、朔は、見事に邪馬台国の塩の正当性と優位性を証明してみせた。


 これは、単なる料理の勝利ではない。

 邪馬台国が、新しい時代の中心となることを示す、力強い宣言だった。


 卑弥呼は、玉座から立ち上がると、朔の元へと歩み寄った。

 そしてその肩に、そっと手を置いた。


「サクよ。見事であった」


 朔は、その重みを受け止め、いつもの微笑みを浮かべながら、頭を下げた。




   ◇◆◇◆◇◆◇




 対決の後、三国の代表たちは、朔に駆け寄って、あの驚くべき料理の秘密について、熱心に尋ねてきた。


 だがそれはタケヒコによって遮られた。

 彼の知恵は今や、外交の切り札ともなりうる、国家機密となっているのだ。


 敗北した安芸国の長ジリトと料理人シオドウは、翌日、何の挨拶もなく、早々に都を去っていった。


 ジリトはその圧倒的な敗北を、決して忘れることはないだろう。

 そして、それが彼の心に、さらなる暗い炎を灯したことを、その場にいた誰もが予感していた。


 安芸国は表面上は屈服したが、その心の中では、邪馬台国への復讐の念が、より一層深く刻まれたのだ。


 邪馬台国の使節団が、勝利の美酒に酔いしれながら、帰国の途につく中、朔は、船上で一人、静かに海を見つめていた。


「見事だったな」


 そんな彼の隣に、いつの間にか、ユズリハが立っていた。


「あの逆境の中で、臆することなく戦いきっただけでもすごいのに、圧勝してしまうとは」


 朔は、照れ笑いを浮かべる。


「ありがとう」


 二人の間に、穏やかな沈黙が流れた。

 海風が、ユズリハの赤みがかった巻き髪を、優しく撫でていく。


 あれ、なんかユズリハ、近くない?


 そう思って見ていると、ユズリハと目が合う。


「なんだ」


「……いや、なんでもないけど」


「なにか言いたそうな顔だ」


「なんでもないさ」


「……ふうん」


 ユズリハは一応形だけ納得し、海へと視線を戻す。

 そして聞こえないくらい小声で、呟いた。


 ――今日くらい、いいじゃない、と。





 

 皆様、こんばんは! ポルカです。


 こちらで第二部終了となります。いかがでしたでしょうか?

 朔の物語は楽しんでいただけておりますでしょうか。


 ここまでお読みくださり、誠にありがとうございます!


 第三部も、朔がいろいろやってくれる予定でございます。

 どうぞお楽しみに。


 ご感想・レビューなど大変励みになります。

 また常日頃よりポルカを応援いただいております読者様におかれましては、心より感謝を申し上げます。

 どうぞ今後ともポルカの作品をよろしくお願いいたします。

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