五色の宝飯 中編
そして、迎えた当日。
安芸国の宮殿の大広間は、緊迫した熱気に包まれていた。
中央には、安芸の国の長ジリト、そして客人である卑弥呼の席。
その一段下には、審査員となる三国の代表(出雲王オオクニ、伊都国の王イタケル、そして上野国の王子カゼハヤ)の席が設けられている。
広間の両脇には、タケヒコを含む邪馬台国と安芸国の重臣たちが、固唾を飲んで成り行きを見守っていた。
特に、安芸国側の者たちの視線は、敵意と好奇がないまぜになって、ただ一人、敵地に乗り込んできた異邦の料理人、朔に突き刺さっていた。
「準備を!」
広間の隣に設けられた、特設の調理場で、二人の料理人が対峙する。
安芸国の老練・シオドウと、邪馬台国の革新者・朔。
それぞれの背後には、自国の補佐たちが控え、主君と国の威信を背負う緊張感が漂う。朔の背後にはユズリハが、常に変わらぬ冷静な表情で控えていた。
「では、勝負の皿、はじめっ!」
対決の火蓋が切って落とされた。
国の力を示す料理対決。
合図と共に、二人は同時に動き出した。
安芸国のシオドウは、まず、巨大な鮑の殻を丁寧に洗い清めると、その中に葉野菜を敷き、主役である鮑の身を鎮座させた。
彼の動きは、長年の経験に裏打ちされた、無駄のない流麗なものだった。
シオドウは、鮑の周りに、色とりどりの海藻と、朝獲れたばかりという白身魚の切り身を、まるで庭園を造るかのように、美しく配置していく。
一方、邪馬台国の朔は、まず自らが持ち込んだ、黒光りする鉄の中華鍋を、竈の炎の上に据えた。そして、補佐たちに薪を次々とくべさせ、尋常ではないほどの強火を起こさせる。
ゴウウウッという轟音と共に、炎が鍋の底を舐め、鍋全体が赤みを帯び始めた。
その異様な光景に、安芸国側からどよめきが起こった。
「気でも狂ったか」
鮑の身を整えながら、シオドウがほくそ笑む。
(下賤なことよ)
火が強ければ強いほど、よいと思っているらしい。
あの男、調理の基礎もわかっておらぬ。
(まさかこんな愚か者が相手だったとは……)
安芸国とっておきである、鮑まで出す必要など、なかったか。
シオドウは視線を手元に戻し、勝ち誇った表情で、懐からあるものを取り出す。
「おお……!」
それを見た安芸の国の者たちが、歓声を上げる。
それは、安芸国が誇る、秘伝中の秘伝とされる「満月の藻塩」。
月の満ち欠けに合わせて作られ、海の力が最も凝縮されているという、特別な塩だった。
「これは勝ち間違いなしだ!」
彼がその塩を魚と鮑の上に、祈りを捧げるように静かに振りかけると、安芸国の者たちが、俄然盛り上がった。
朔は動じない。
彼は熱せられた鍋に、豚脂をひとかけら入れると、溶きほぐした卵を、一気に流し込んだ。
ジュワアアアアッ! という、耳をつんざくような激しい音。
卵は、一瞬にしてふわりと黄金色の花のように咲き誇る。
審査員たちが息を呑む。
「……なんだ、あの黄色いものは」
「キジの卵か?」
「それにしては、色合いが違わないか?」
安芸の国の者たちが、怪訝そうに朔の手元を見ている。
その黄金色の花は、半熟状になった瞬間に、朔によって素早く皿に取り出された。
朔はさらに新鮮なエビの殻をむき、茹で始める。
一方のシオドウ。
こちらも伝説とまで言われる極上の酒を注ぎ入れ、鮑の殻で蓋をする。
それを、巨大な蒸し器の中へと、恭しく収めた。
蒸気が上がり、酒と磯の香りが辺りに立ち込め始める。
それは、伝統と格式、そして素材への深い敬意が感じられる、荘厳な調理風景だった。
もはや出来上がりを待つだけのシオドウは、自信に満ちた表情でジリトに一礼する。
「よくやった」
ジリトはにやりとし、満足げに頷いた。
この勝負はもはや歴然。
――負ける気がしない。
◇◆◇◆◇◆◇
やがて、皆の視線は自然と、動きのある朔の方へと向けられる。
朔の大きな中華鍋は、再び火にかけられる。
今度は、細かく刻んだ野蒜と豚バラベーコン、キノコが投入された。
ベーコンの脂が溶け出し、野蒜の刺激的な香りと、キノコの土の香り、燻製の香ばしい匂いが混じり合う。
「おお……」
「なんだ、この香りは」
「あの肉……まさか、猪ではない、別な?」
審査員たちが、立ち始めた香りに目を輝かせる。
先程の磯の香りとは全く方向性の違う、力強く、食欲を直接刺激する香りが広間を洗い、満たし始める。
朔は冷えた白い米の塊を、その鍋へと投入した。
自らが開発した回転式精米機で精米した白米である。
「おぉ、米が白いぞ」
「いったいどうやってつくっている」
審査員たちは、初めて見るものばかりであった。
その時だった。
朔は、片方の手で鍋の取っ手を握り、もう片方の手で鉄のおたまを持つと、信じられないパフォーマンスを繰り広げ始めた。
ガンッ、カンカンッ! と、おたまが鍋を叩く、リズミカルで暴力的な音!
鍋の中で、米粒が、まるで生きているかのように、熱い鍋肌の上で、高く、高く、宙を舞い始めたのだ。
それは、まるで炎の上で踊る米粒の乱舞。
ユズリハが、ひそかに笑みを浮かべた。
「……あ……」
「……な、なんだ、あれは……!」
その見たこともないダイナミックな調理法に、審査員たちも、安芸の国の重臣たちも、卑弥呼やタケヒコでさえ言葉を失い、ただ呆然と見入るしかなかった。
ガンッ、カンカンッ!
米と具材が、踊る。
次第に米粒がほぐれ、ベーコンの脂をまとって、艶やかに輝いていく。
朔は絶妙なタイミングでエビを加え、さらに鍋を煽る。
「なんと見事な……」
卑弥呼は、初めて見る朔の調理の姿に、心を奪われていた。
――調理をする男の姿が、これほどに気高く、勇ましいとは。
そして、朔は鍋肌から円を描くように「醤」を注ぎ入れた。
ジュウウウウウッ!! という、一段と高い音。
醤が熱い鉄の鍋肌に触れ、焦げることで生まれる、むせ返るような香ばしい匂いが、広間全体を支配した。
最後に、仕上げとして、「ごま油」を回しかけ、力強く鍋を数回煽ると、全ての動きが、ぴたりと止まった。
ドン、と朔は陶器の皿に、完成したそれを盛り付ける。
湯気と共に立ち上る、この時代の誰も経験したことのない、複雑で、豊潤で、そして抗いがたいほどに食欲をそそる香りが、そこにいる全員の脳を直接揺さぶった。
「邪馬台国が誇る、『五色の宝飯』、すなわちチャーハンにございます」
出来上がったそれは、食欲をそそる、見事な香りを放っていた。




