五色の宝飯 前編
邪馬台国で起きた「塩の革命」。
朔が生み出した「太陽の家」は、雪のように白く、純粋な塩を、驚異的な効率で生み出し始めた。
その噂は、瞬く間に国内を駆け巡り、人々の食生活を豊かに変えつつあった。
だが、その光は西の国に深い影を落としていた。
西の沿岸部を支配し、古来より国内の塩交易を牛耳ってきた「安芸の国」。
彼らにとって、邪馬台国の塩の台頭は、自らの富と権威の源泉を脅かす、看過できぬ事態だった。
邪馬台国の安価で高品質な「卑弥呼の白塩」の流通により、安芸国の伝統的な藻塩は値下げを余儀なくされた。
長年、藻塩の上にあぐらをかいていたせいもあろう。
今まで大幅黒字だった収益は一点、赤字見通しと変わった。
赤字転落となれば、建国以来、初めてのことである。
「許せん……!」
安芸の国の長ジリトは、誇り高く、そして短気な男だった。
彼は自国の塩が、新興国の得体の知れない製法で作られた塩に劣るなどとは、断じて認めることができなかった。
その屈辱と危機感はやがて、邪馬台国への、そしてその変化の中心にいるであろう謎の料理人への、燃えるような敵意へと変わっていった。
「断じて許せん……! あの白い塩は、海の神々への敬意を欠いた、まがい物に違いない! 我が国の塩こそが、真の塩! それを、あの巫女王とその寵臣に、思い知らせてやらねばならぬ!」
ジリトは国の重臣たち、および長年自らに仕え、塩を知り尽くした老練な料理人・シオドウと密談し、邪馬台国の宮殿へと使者を送った。
その書状の内容は、表向きは友好を装いつつも、明らかに挑戦的であった。
『恭んで申し上げ奉ります。邪馬台国の尊き巫女王卑弥呼様、並びに宰相タケヒコ様へ。
さて、聞くところによれば、貴国は近年、新たなる製塩の術を得られ、雪のように白く輝く塩を、驚くべき速さで生み出しておられると。誠に慶賀の至りに存じます。
しかしながら、塩とは単なる白い粒にあらず。
それは、海の神々の息吹、潮の満ち引きの神秘、そして、古来より伝えられし職人の技と魂が宿りてこそ、真の価値を持つもの。
海の恵みを深く理解し、その全てを受け止めてこそ、人の心を豊かにし、健やかに保つ力を持つものと、我が安芸の国は信じております。
翻って、貴国の「太陽の家」とやらで生み出されるという塩。ただ白いばかりで、海の深い香りも、複雑な旨味も感じられぬと聞きます。
自然の摂理を無視して作り出した塩が、果たして真に国の食を豊かにし、人々の暮らしを潤すと言えるのでしょうか。
まことに恐縮ながら、我が安芸の国では、貴国の塩が海の魂を知らぬ「まがい物」であり、古き良き伝統を軽んじ、ひいては国全体の食の秩序を乱すものではないかと、我ら一同深く憂慮しております。
つきましては、この疑念を晴らし、両国の塩の真価を、公明正大に問う機会を設けたく存じます。
我が安芸の国の宮殿にて、「饗宴の儀」を執り行うことを提案いたします。この儀では、貴国の料理長と、我が安芸の国が誇る料理頭シオドウが、それぞれ自国の塩を用いて、料理の腕を競い合います。
勝負は一番。国の力を示す料理。
それぞれの国の恵みを最大限に引き出し、食する者の魂を揺さぶるような、力強い一皿を求めます。
この対決を通じて、どちらの塩が真に海の恵みを受けしものか、どちらの料理人が真に「塩の理」を極めているのかを、天下に示したいと思います。
その判定は、中立たる友好国の代表者たち、そして我が安芸の国の長たる私ジリトと、貴国の尊き巫女王卑弥呼様、この五名の公平なる御前で、厳正に執り行う所存でございます。
何卒この提案をお受け入れ下さいますよう、伏してお願い申し上げます』
それは、料理対決という名の、邪馬台国の塩への公開処刑の宣告だった。
しかも、舞台は自国の宮殿。
地の利は、完全に安芸国にあった。
その書状を受け取った卑弥呼とタケヒコは、ジリトの狙いを即座に見抜いた。
「これは、罠だな」
「ですな」
卑弥呼の言に、タケヒコが頷く。
確かに敵地で、伝統と格式を誇る安芸国の料理人に勝つのは至難の業に違いない。
負ければ、邪馬台国の塩の評価は地に落ち、安芸国の復権を許すことになる。
だが、この挑戦から逃げることは、それ自体が敗北を意味する。
タケヒコは苛立ったように、安芸国の書状を床に叩きつけた。
「……実に腹立たしい。常々、我が国を下に見よって。いったい何様か」
「落ち着け、タケヒコ。それは私も知っている。それだけ、我らは安芸国の藻塩頼みだったのだ。……だがそれはもはや、過去の話」
卑弥呼は、玉座から静かに立ち上がると、迷いなく宣言した。
「さぁ。ジリトの挑戦、受けて立つぞ!」
「ははっ!」
タケヒコが不敵な笑みを浮かべ、畏まる。
「タケヒコよ、サクを呼べ。そして最高の使節団を編成し、安芸の国へ向かう準備を!」
彼女の瞳には、自らが信じ、国の礎とまで呼んだ男、朔の力への絶対的な信頼の光が宿っていた。
◇◆◇◆◇◆◇
数日後、邪馬台国の使節団が、安芸の国へと向けて出立した。
タケヒコを筆頭に、外交官、そして、この度の主役である料理長・朔。
彼の傍らには、護衛役として、常にユズリハが影のように付き従っている。
数日間の船旅を経て、一行は安芸国の首都に到着した。
港は活気に満ちていたが、邪馬台国の船団を迎える人々の視線は、明らかに冷ややかだった。
歓迎の儀式も、どこか形式的で、心のこもらないものに感じられた。
宮殿に案内され、朔たち一行に与えられたのは、宮殿の隅にある、古びた厨房だった。
そこは、邪馬台国の宮殿厨房とは比べ物にならないほど狭く、薄暗く、そして、お世辞にも清潔とは言えなかった。
竈の火の勢いは弱く、水甕の水も濁っている。
明らかに、意図的な嫌がらせだった。
「……これは、ひどいな」
朔は、眉をひそめた。
「だが問題ない。火と、鉄鍋と、そして最高の素材があれば、どこであろうと俺の厨房だ」
朔は若い補佐たちに指示を出し、持参した道具を運び込ませ、まずは厨房の徹底的な清掃から始めた。
(……頼もしい男だ。全く空気に飲まれる様子がない)
ユズリハはその様子を黙って見守っていたが、その瞳には、この逆境に屈しない朔への、強い信頼の色が浮かんでいた。
対決の前日、朔は安芸国の市場を視察した。
そこで彼は、安芸国が誇る、新鮮で豊富な海の幸と、そして、彼らが絶対の自信を持つ「安芸の藻塩」が、いかに人々の生活に深く根付いているかを目の当たりにした。
現地の藻塩の味も丁寧にみておく。
(……なるほど)
藻塩は 「しょっぱい」だけでなく、「うま味」「香ばしさ」「ミネラル感」が一体となった、まろやかで、奥深く、それ自体が調味料として完成された味といえる。
明日、安芸国が出してくるのは、これを最大限に活かす料理、すなわち海鮮になろう。
海の街なだけに、用意周到な自信作を出してくるに違いない。
しかし、こちらはこちらの塩を活かす料理にするだけのこと。
朔は自身が作り出した塩に、絶対の自信がある。
敵地だろうと関係ない。
圧倒的な差で勝てばよいだけだ。




