白き黄金 中編
「もしかして、塩が足りないのですか」
タケヒコは、ぎょっとした顔で、朔を振り返った。
その表情で、朔は自分の推測が正しいことを知った。
「聞いていたか?」
「いえ、女王様の卓に塩がないのは、よほどのことかと思いまして。よければ私にも教えてもらえませんか」
「……そなたに?」
無関係な人物からの問いに、タケヒコは口にすべきか、一瞬戸惑った。
が、朔はこと料理に関しては超一流。
この男の知恵に賭けてみたいという気持ちが勝った。
ちらと目をやると、卑弥呼も頷く。
「……サク殿に相談しても、どうなるものでもないだろうが」
そういってタケヒコは、先日の横暴な安芸の国の応対を説明した。
そして、このままでは三月ともたず、邪馬台国の塩が枯渇することも。
朔は何も言わず、まるで医者が患者の症状を聞くかのように、真剣な顔で聞いていた。
「この邪馬台国では塩はつくっていませんか」
「一応つくってはいる」
タケヒコは頷いた。が、その表情は渋い。
「海水を土器で煮詰める『直煮法』と、海藻に塩分を吸わせて日に焼く『藻塩』作りの両方を併用している。が、どちらも一日に得られる塩は、ほんの一握り」
直煮は熱効率の悪い土鍋で行っているため、この国を3日維持する量だけでも、山一つを燃やし尽くすほどの薪が必要なのだという。
藻塩作りでは、海藻を陽の光で干すが、雨が降れば、全てが台無しになる不確実性もあり、そちらはそちらで思うように生産量が安定しない。
「なるほど……それで輸入分が命綱だったわけですね」
「いかにも」
「事情はわかりました」
その顔にはまるで、答えの分かっている問いを解き終えたかのような、静かな自信が浮かんでいた。
朔は、青い顔をしたままの卑弥呼とタケヒコに向かって、言った。
「ですが、それは悩むに値しません」
「何だと?」
「何?」
二人の声が重なった。
「もっと良い作り方がありますから、私に任せてもらえませんか」
その言葉は、絶望に満ちていた部屋の空気を切り裂いた。
「薪をほとんど使わずに、今の百倍、いや、千倍の塩をつくります」
「……なんだと!?」
卑弥呼は、大声を上げて立ち上がっていた。
だがすぐにその目に、その顔に、光が戻っていた。
彼女は、この男が決して戯言を言う人間ではないことを、誰よりもよく知っていた。
「サク殿。まことか!」
タケヒコが前のめりになる。
「できます。ただ、塩作りが軌道に乗るまでは、料理の方はほったらかしになりますが」
「それは構わぬ。……さぁ申してみよ、サク。そなたの言う良い方法とやらを」
それは二人が聞いたこともない、到底信じられない新世界の設計図だった。
◇◆◇◆◇◆◇
朔の確信に満ちた言葉に、卑弥呼とタケヒコは一縷の望みを託すことに決めた。
翌日、女王の勅命が下った。
朔は塩の生産に関する全権を委任され、80人の一般兵と衛生・炊事担当として侍女10名が配下として与えられた。
そして、朔の護衛のユズリハが、その計画の差配役として、正式に任命された。
「このあたりが良さそうですね」
朔が地図を見ながら選んだのは、都から半日ほど離れた、遠浅の海岸だった。
出向いてみると、そこは陽当たりが良く、自然がそのまま残った、だだっ広い海辺であった。
「サク、本当にこんな場所でいいのか」
ユズリハは海風に揺れる赤髪を押さえながら、言った。
周りには、古びた藻塩作りの作業小屋がぽつりぽつりも点在しているのみで、頼れそうな集落や設備がなにもない。
「地層と斜面の具合が、ね。最高なんだ」
ほら、足元、ちゃんと粘土質だろ、と朔が土を拾って言う。
「チソウ? 一体何を始めるつもりだ」
「ひたすら水を追い出すだけなんだけどな」
朔は、海を見つめながら答えた。
海を指さし、ユズリハの方へ向き直る。
「海水から塩をつくるには、あの膨大な『水』を取り除く必要がある。これまでは、森を丸ごと燃やすほどの薪を使って、力ずくで水を追い出してきたんだが、俺のやり方はちょっと違うんだ」
朔は地面に一本の木の枝で、壮大な設計図を描き始めた。
「藻塩と同じように、太陽熱を使う。だが、ふつうにやると太陽の力だけではあまりに弱く、雨で簡単におじゃんになるから」
朔は、設計図の上に、大きな屋根の形を描き加えた。
「雨は遮るが太陽の熱だけは通す膜で、大きな『家』を建てるんだ」
ビニールハウス。
この時代には存在しない概念を、朔はユズリハに言葉を尽くして説明した。
「……太陽の熱だけを通す膜……? そんなものが、この世に存在するのか?」
ユズリハの当然の問いに、朔は笑みを浮かべた。
「つくるのさ」
「わからない。なぜ、ただ煮詰めるのではなく、そのような大掛かりな『家』が必要なのだ」
「効率を上げるためさ」
朔は、近くの水たまりで濡らした自分の手の甲を、太陽にかざして見せた。
「ほら。濡れた手はこうして陽に当てておけば、いずれ乾くだろ」
「それはそうだ」
「もし、この乾く速さを早くできるとしたら、どうだ」
「そんなことができるのか」
朔は頷きながら、空を見上げた。
「膜さえうまく作れたら、『乾く時間を速めて』、『雨を遮る』ことができるはずだ」
透皮を作って貼ると、太陽の熱は入れるが、外へは出られなくなる。
そのせいで中は外よりも遥かに熱い場所になる。
「無理だ」
ユズリハは硬い表情のまま、首を横に振った。
「そんなうまくいくはずがない」
「やってみるんだ」
「いや。そんな絵空事で、塩が作れるはずがない」
そんな思いつきのやり方で塩が作れるんだったら、とっくの昔に誰かがやっているだろう、とユズリハが言う。
「じゃあ作れたら、どうする」
「作れない」
「だから、もし作れたらだよ」
「………」
ユズリハは胸の下で腕を組んで、憮然としている。
「じゃあ作れたら、キスでもしてもらおうかな……って、冗――」
バキャッ!
「へぶっ!?」
「――そ、そんなこと、バカか!!」
朔は宙を舞っていた。
ユズリハは顔を真赤にしながら、朔をぶっ飛ばしていた。
後方で待機していた兵たちが、人が空を舞う姿に、おお、とどよめいた。




