表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
卑弥呼のシェフ 〜世界大会優勝の料理人、弥生時代で料理無双してたら卑弥呼が私物化しようとしてくる〜  作者: ポルカ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

26/135

白き黄金 後編

 


「ここでいいですか」


「ああ。そのあたりに適当に積んでくれ」


 朔の指示に従い、兵士たちが切り出した丸太を次々と積んでいく。

 各地で買い集められた鹿の皮も、何百枚という単位で現地に搬送され、丸太のすぐそばに重ねて置かれている。


 欲しいものを国の力で買い集めてもらえるというのは、本当にありがたい話だ。


「よーし、今日はここまで! みんな上がってくれ」


 朔が声を張り上げて、作業中の兵たちに働いてくれた礼をしてまわる。


 この素材集めで丸々4日かかったが、それもほぼ終わり。

 土の方は最初から良質な粘土層だから、段々に整えるだけでいい。


 後は朔のクラフト能力で組み立てていくだけである。


 朔とユズリハは兵士たちとともに、野営地へ移動。

 侍女らの炊き出しを頂戴した後は、兵たちとともにどぶろくのような濁り酒で乾杯となった。


「ほら、サク様もどうぞ♡」


「あぁ、ありがとうございます」


 この時代は仕事が終わると、毎夜欠かさず兵士たちとの酒盛りがある。

 賑やかに盛り上がって、踊りだす人たちとかも居て、とても楽しいことになっている。


 酒の席って、いつの時代でも変わらないな。

 一つ違うとしたら、終わるのが早いってことだろうか。


「酒がたりねぇぞ~ワハハ」


 酒で顔を真赤にしながら、満喫している皆さんを見ていると、色々落ち着いたら、ビールも作ってみようかな……と考え始めた。


 このどぶろくも悪くはないが、やはりビールというものは、格が違う。

 世界中で愛されていただけのことはある。


 ただ残念ながら、俺の記憶では、日本にはホップがないんだよな……。

 北の方のどこかに、人知れず生えてないかな。


「サク様、いかがですか」


 炊き出しに来てくれている侍女の方が、酒を注ぎに来てくれた。


「ありがとう。今日は十分戴きました」


 俺は丁重にお断りすると、人目を忍んで席を立った。


 さ、明日は早いから、先に失礼して休んどくか。




 ◇◆◇◆◇◆◇




 翌朝、海岸には、異様な光景が広がっていた。


「え!?」


「い、いつの間に……」


 やってきた兵士たちが、唖然とする。


 昨日まで何もなかった場所に、縦の長さが五十歩(約九十メートル)もある背の低い家が、五棟も立ち並んでいた。


 誰もいない早朝のうちに、朔が木材を次々とクラフト能力で柱や梁へと変え、鹿の皮を加工し、半透明の「透皮」へと生まれ変わらせていたのだ。


 その壁と屋根は、全てが淡い飴色の「透皮」で覆われ、太陽の光を浴びて、内部がぼんやりと輝いていた。


「これは……」


 遅れてやってきたユズリハも、絶句している。


「さ、サク……もしかしてこれ……お前がひとりでやったのか」


「やったような、やってないような」


「サク!」


 真面目に答えない朔に、ユズリハが声音を変えて問い詰める。

 が、朔はクラフト能力については明らかにする気はないようで、話をさっさと変えてしまう。


「それよりさ、入ってみよう」


 朔はユズリハとともに、完成したばかりの「太陽の家」の中に入り、扉を閉めた。


 外の涼しい海風とは裏腹に、家の中は太陽の熱を吸収し、むっとするような熱気が満ちていた。


 室内の地面は段々畑のようになっており、一番上の塩田に大量の海水が貯められている。


「……すごい。ここだけまるで、真夏だ」


 ユズリハが呟いた。


「だろ」と言いながら、朔は壁に設置した左右の換気窓ベンチレーターを小さく開けた。


「この熱で、ためた海水が蒸発するんだ」


 朔は最上段の塩田を指差す。


 本当はガラス張りにしたかったのだが、素材となる石英の沸点は1700度。【融剤】と呼ばれる炭酸カリウムを混ぜても、約1000度とまだまだ高い。

 溶かせなくはないが、温室全部をガラス張りにするには、とんでもない手間と時間がかかる。


 それゆえ、現状では鹿の皮で代用したというわけだ。


「で、私たちは何をすればいい」


 ユズリハが訊ねる。

 朔は両手を広げ、肩をすくめた。


「家さえできてしまえば、働くのは太陽と風なんだ」


 仕事というと、塩田に海水を入れ、適宜換気窓を調節するくらいしかない。




 ◇◆◇◆◇◆◇




 翌日。


 二人が再びその家の中に入った時、ユズリハは、我が目を疑った。


 最初の塩田にあった大量の海水は、その半分近くが蒸発し、残された液体は、僅かにとろみを帯びているように見えた。


「……信じられない。藻塩作りでは、薪をどれだけ燃やしても、これほどの水を飛ばすには、何日も……」


「これが、知恵の力だ」


 朔自身もまだ知らないが、実は朔が作った建物には、『祝福』が宿っている。


 建築物内では、農作物や家畜の発育速度が50~100%向上するのである。


 今回の塩作りもその恩恵を受けており、実は通常の倍近い速さで海水が蒸発しているのだった。


 朔は濃縮された海水を、一段低い次の塩田へと流し込んだ。

 日々、その作業を、各棟で繰り返した。


 海水は日ごとに下の塩田へ、また下の塩田へと移され、空いた上の塩田には、新しい海水が貯められる。


 そして、5日後。

 最後の最も小さく、そして最も低い塩田で二人を待っていたのは、もはや液体ではなかった。


 そこにはまるで、真冬の霜が降りたかのように、どこまでも白く、そして眩いほどにきらきらと輝く、塩の結晶が、分厚い層となって、塩田の底を埋め尽くしていた。


「……これは……まさか、塩?」


 ユズリハは、震える指で、その結晶に触れた。


 藻塩のように、黒っぽくも、湿っぽくもない。

 乾いていて、サラサラとして、そして、どこまでも白い。


 彼女がその一粒を舐めてみると、磯の香りや、煙の匂いなど一切しない、純粋で、しかし力強い塩の味が、舌を突き刺した。


「そうだよ、塩だろ」と朔は、満足げに言った。


「……す、すごいな」


「な、うまくいっただろ」


「………!」


 本当に成し遂げてみせた男にまっすぐ見つめられて、ユズリハは赤面し、目を逸らした。


「………」


 胸がとくん、とくんと跳ねている。


「……ユズリハ?」


 不穏な様子を見せるユズリハを見て、朔が首を傾げる。


「……んでも……ない」


「ん?」


「な、なんでもない――あっ」


 慌てて朔から離れようとしたユズリハが、段差に引っかかり、転びそうになる。


「っ――」


 朔はその背中に手を回し、ユズリハを抱きとめる。

 しかし、勢い余って、二人で塩の上に倒れ込んだ。


「………」


 ユズリハの呼吸が乱れている。

 その吐息が、朔の頬にかかる。


「だ、大丈夫か」


「……うん」


「怪我はない?」


「うん」


 朔が抱き起こしてくれる。


 ユズリハはそっと朔から離れ、乱れた衣服を整え、ついた塩を払う。


 全部落ち着いても、朔の方に向き直るには、少々時間が必要だった。


「………」


 ……気づいてない、よね……。

 どさくさにまぎれて、頬にキスしたことに。




 ◇◆◇◆◇◆◇




 その日の午後、最初の「収穫」が行われた。


 兵士たちが、鍬や鋤で、その白い結晶をかき集めていく。

 それはまるで雪かきのように、どこまでもどこまでも、尽きることがなかった。


 一つの「太陽の家」から、これまで国中の製塩所が何か月もかけて作り出してきた量に匹敵する、圧倒的な量の塩が、10日と経たぬうちに生み出されたのだ。


 しかも、それが今後毎日、生まれ続けるのである。



 それから一週間後。


 山のように積まれた麻袋が、何台もの荷車に乗せられて、事前連絡もなく宮殿へとやってきた。


 その報告が、謁見の間にいる卑弥呼とタケヒコの元へ届けられた時、二人は最初、自らの耳を疑った。


「……何だと? 塩が?」


 タケヒコが、眉をひそめて伝達に来た兵に問い返す。


「なにかの間違いだ。まだ半月ほどしか経っておらぬ。しかも荷車に載せるほどの量など……」


「はっ! それが、間違いなく……! 荷車数台分、見たこともないほどの量の、白い塩にございます!」


 卑弥呼とタケヒコが顔を見合わせる。


「……本当に塩なのか?」


「はっ」


 二人は急ぎ足で、荷が運び込まれたという中庭へと向かった。


「……な、なんだと」


 そこには、信じられない光景が広がっていた。


 荷車から次々と降ろされ、積み上げられていく麻袋の山。

 その数、実に二十を超えている。


 そして、その麻袋の一つ一つの口からは、雪のように白い結晶が、惜しげもなくこぼれ落ちていた。


「バカな……こんなに早く、これほどの量ができるはずが……!」


 タケヒコも、思わず声を上げていた。

 彼は国の塩の生産量を、誰よりも正確に把握している。


 これは邪馬台国全体の、一年分の生産量にも匹敵するのではないか。

 いや、それ以上かもしれない。


「う、うそだ……」


 卑弥呼は、その白い山へと近づいていった。

 彼女の足元で、兵が一つの麻袋の口を大きく開いて見せた。


 中から現れたのは、陽光を浴びてキラキラと輝く、純白の塩の結晶。それは、まるで磨き上げられた水晶のかけらのようだった。


「もう一度聞く。これが……これが全部、塩だと申すのか」


 卑弥呼の声は、驚きに震えていた。


「はっ。その通りでございます」


 彼女は、おもむろにその塩の山に指を差し入れ、一粒を掬い取り、自らの舌の上に乗せた。そして、ゆっくりと目を閉じた。


 広間に、緊張した沈黙が流れる。

 誰もが、女王の言葉を待っていた。


 やがて卑弥呼は、はっと目を開いた。

 その瞳には、信じられないものを見たかのような、深い驚愕の色が浮かんでいた。


「……雑味がない……。なんと、純粋な……」


 彼女はもう一度、塩を口に含んだ。

 磯の香りも、煙の匂いも、土の味もしない。


 ただ清冽で力強く、そしてどこまでもクリアな塩の味だけが、舌の上で弾ける。


 それは、これまで交易で手に入れていた安芸の国の塩よりも、遥かに上質だった。


「姉上……?」


 タケヒコが、心配そうに声をかける。


 卑弥呼は、ゆっくりと振り返った。


 その顔には、もはや女王としての威厳はなく、ただただ、圧倒的な奇跡を前にした、一人の人間の畏敬の念だけが浮かんでいた。


「……タケヒコよ」


「はっ」


「我らは……我らは、とんでもない者を、手に入れてしまったのかもしれぬ……」


 タケヒコもまた、その白い塩の山を、呆然と見つめていた。

 彼は為政者として、この白い結晶が持つ本当の意味を理解し始めていた。


 食料の完全保存。

 それは飢饉の恐怖からの解放を意味する。


 さらには、兵士たちの士気を支える、無限の兵糧。

 それは、他国を圧倒する軍事力に繋がる。


 そして何より、他国に依存しない、完全な経済的自立。


 安芸の国の、あの傲慢な要求に、もはや屈する必要はないのだ。


 この塩は、もはや単なる調味料ではない。

 国の未来そのものだ。


 たった今、自分たちは塩で喉元を締め上げられていた国から、塩を武器にできる強国へと生まれ変わったのである。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ