ヌナカワとクワトロピザ 後編
大広間では、下位の者から順に料理が運ばれていた。
蜂蜜を使った甘い菓子に、ヌナカワも満足げな声を上げている。
そして、いよいよ第二位、オシヒトの番が回ってきた。
「第二位、オシヒト。献上いたします」
オシヒトは自信に満ちた足取りで進み出た。
彼が差し出したのは、『黄金蜂蜜と極上木の実の玉響仕立て』。
様々な木の実を潰して団子にし、極限まで濃く煮詰めた蜂蜜を衣のように纏わせ、金粉のように輝かせた、まさに甘味の宝石箱だ。
「ほう、これは美しい」
卑弥呼が感嘆の声を漏らす。
ヌナカワも目を細めた。
「まあ! まるで黄金の真珠ですわね!」
ヌナカワは、それを一口味わい、うっとりとする。
「……んっ……甘美。濃厚な蜂蜜の甘さが、木の実の香ばしさと溶け合って……これぞ、わたくしが求めていた蜂蜜の姿です」
オシヒトは、ヌナカワの反応を見て、心の中で勝ち名乗りを上げた。
(見たか、サク! これが本物の料理人の仕事だ。甘味の極致こそが、女王を喜ばせるのだ! お前の出番などなし!)
卑弥呼も一口食べ、頷く。
「うむ。見事だオシヒト。そなたの技、衰えてはおらぬな」
「ははっ! ありがたき幸せ!」
オシヒトは深く頭を下げ、勝ち誇った顔で朔の方を振り返った。
卑弥呼は箸を置き、静かに告げた。
「では最後。第一位サク。前へ」
広間の空気が変わる。
オシヒトの作り上げた「甘美な世界」を、今の第一位がどう超えるのか。
あるいは、超えられないのか。
(せいぜい最後の悪あがきを見せるがいい。料理長殿)
オシヒトはもう、笑いが止まらない。
朔とアカネが進み出た。
朔の手には、湯気を立てる大きな木の板が乗せられている。
「献上いたします」
朔が板をテーブルに置く。
そこにあったのは、焦げ目がついた平らなパンのようなもの。
その上では、溶けたチーズがグツグツと音を立て、マグマのように泡立っていた。
強烈な、発酵した乳の匂いと、香ばしい小麦の香りが広間に充満した。
オシヒトの作った繊細な甘い香りが、その野性的な匂いに一瞬で塗り替えられる。
「……なんだこれは。パン、か?」
卑弥呼が眉をひそめる。
「それに、少し鼻につく匂いがしますわね……」
ヌナカワも扇で鼻を覆う。
オシヒトはほくそ笑んだ。
(あんな悪臭を放つものが、私の黄金の菓子に勝てるはずがなかろうが)
だが、朔は楽しげに微笑んでいた。
「これは『クアトロ・フォルマッジ』。四種のチーズを使った焼き餅です」
「ピザ? 不思議な食べ物ね。グツグツ言うなんて」
「……はい。ですが、これはまだ未完成なんです」
卑弥呼が朔の言葉に目を細めた。
「未完成だと?」
「はい。仕上げは、ヌナカワ様に」
朔は、小さなガラスの器を差し出した。
中には、琥珀色に輝く最高級の蜂蜜がたっぷりと入っている。
「この蜂蜜を、熱々のチーズの上に、たっぷりと回しかけてください」
「……塩辛いチーズに、甘い蜂蜜を? 正気か?」
タケヒコが困惑する。
オシヒトも、その組み合わせの意図が理解できず、眉を寄せた。
(塩と甘味を混ぜるだと? 味を濁らせるだけではないか!)
だが、ヌナカワはそのガラスの器に興味を示した。
「面白そうですわね……。サク様がそうおっしゃるなら、失礼して」
ヌナカワは優雅な手つきでピザの上から蜂蜜をとろりと垂らした。
黄金の雫が、熱で泡立つチーズの上に落ちる。
「さあ、冷めないうちに。手で掴んで、そのままかぶりついてください」
「わかりましたわ」
ヌナカワは、三角形に切り分けられた一片を、指先で摘み上げた。
「わぁ♡」
とろり、と糸を引くチーズ。
そこから滴り落ちる蜂蜜。
「これが、ピザ……」
彼女は大きく口を開け、その先端をパクリと含んだ。
――カリッ。
静寂の広間に、生地が砕ける軽快な音が響く。
次の瞬間、ヌナカワの目が大きく見開かれた。
「んっ……!?」
彼女の動きが止まる。
その瞬間だった。
――パンッ!
小気味よい、しかしこの場にはあまりに不釣り合いな破裂音が響く。
ヌナカワの纏っていた上質な絹の衣が、胸元から膝まで勢いよく弾け飛んでいた。
「きゃっ……!?」
ヌナカワが顔を真赤にする。
あらわになった柔らかな肌。
そして丸見えの豊かな乳房が、驚きと共にたわわに上下していた。
「………!」
朔を含めた男性陣が、思わず目を釘付けにする。
「馬鹿っ! 何見てんのよ!」
アカネが後ろから抱きつくようにして、朔の目を両手で隠す。
が、ごくわずかに、指に隙間が開いていた。
「やぁん」
ヌナカワはピザを大事そうに置いてから、ちらり、と朔の視線を確認し、うふ、と笑ってから、胸元を両手で隠す。
それだけに、見えている時間が長かった。
そして幸い、下半身はテーブルクロスに阻まれて見えなかった。
「――見苦しいぞ。ヌナカワ殿を直視するでない!」
卑弥呼が鋭い声で告げると同時に、自らの背後に掛けていた真紅の外套をヌナカワにかけて、四方八方からのエロ視線から彼女を守る。
「……はふぅ……でもおいしい……」
ヌナカワは卑弥呼の外套を握りながら、うっとりとする。
その目には、まだチーズと蜂蜜の余韻による感激が浮かんでいる。
「美味過ぎたか。……サクよ、そなたも罪な男だな」
それでも卑弥呼の口元には、満足げな笑みが浮かんでいた。
この脱衣現象は、ヌナカワを心底満足させたという現れでもあるからだ。
「見苦しいものをお見せしましたわ。でもこのピザというものは、私の魂まで、剥き出しにしてしまったようです……」
ヌナカワは、熱い吐息をつく。
ブルーチーズの強烈な塩気と刺激的な香り。
それを、濃厚な蜂蜜の甘さが優しく、しかし力強く包み込む。
その二つの相性たるや――。
彼女は指についていた蜂蜜とチーズを舐め取った。
「……信じられませんわ。なんと美味ですの、これ……」
彼女の頬は紅潮し、目は潤んでいる。
「あの変わった香りのチーズが、蜂蜜と出会った途端、こんなにも芳醇で、濃厚な味わいになるなんて……。まるで野獣のような男が、愛を知って優しくなったような……そんな衝撃ですわ」
「野獣……」
タケヒコが困惑する横で、卑弥呼が身を乗り出した。
「ふむ。ヌナカワ殿がそこまで言うとは。……私も食べてみるか」
卑弥呼もまた、蜂蜜をたっぷりとかけ、その一片を口に運んだ。
サクッ。
一口食べた瞬間、卑弥呼の瞳孔が開いた。
「なんと……これは!」
卑弥呼が目を開き、力強く呟いた。
「ただ甘いだけでも、ただ塩辛いだけでもない。互いが互いを高め合い、口の中で踊っている。……オシヒトの菓子も美味であったが、これは……次元が違う」
ガーン、とオシヒトは頭を殴られたような衝撃を受けた。
卑弥呼は続ける。
「蜂蜜とは、これほどまでに『力強い』食材であったか。驚くべきは、塩味を見事に包み込む包容力よ」
卑弥呼はあっという間に一枚を平らげ、すぐさま二枚目に手を伸ばした。
少なくない男たちが、卑弥呼の衣服も期待していたが、さすがは食べ慣れた卑弥呼。何の変化もおきなかった。
「ま、負けただと……」
オシヒトは呆然と立ち尽くしていた。
自分の料理は「甘味」として完成されていた。
だが朔の料理は「甘味」という枠組みすら破壊し、蜂蜜の新たな可能性を引きずり出していた。
(……ふ、腐敗した食べ物……そんな不浄なものが、蜂蜜をここまで高めるというのか……!? そんな理屈、到底信じられぬ!)
オシヒトは、自分の負けを認められなかった。
「姉上が……あんなに美味しそうに召し上がるなど」
タケヒコがにんまりしている。
「……やはり、今回も一位はサクで間違いない、か」
離れたところで腕を組みながら見ていたユズリハが、独り言のように呟くと、ほんの少しだけ口元を緩めた。
「サク様♡ もう少し頂きたいです」
「はい、ご用意してあります」
ヌナカワのちょっと甘えた声にも、朔は真摯な様子で応じ、蜂蜜とともに焼き立てを運ぶ。
合わせて、ヌナカワの衣は二枚がけにするのを忘れない。
――サクッ。
「ん~最高♡」
ヌナカワは口についたチーズを舌で舐め取りながら、嬉しそうに笑む。
「……ねぇ、サク様もほら。あーん」
ヌナカワはやってきた朔の手を掴むと、朔の口元にピザをもっていく。
「………!」
ギロリ。
「ほら、早くぅ。入れて♡」
「い、入れて? あ、えーと……」
突然、四方八方から女たちの鋭い視線を向けられ、朔がたじろぐ。
宴は最高潮の盛り上がりを見せていた。
蜂蜜とチーズの甘い香りは王宮を包み込み、二つの国の絆を強固に焼き固めていったようである(?)。




