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卑弥呼のシェフ 〜世界大会優勝の料理人、弥生時代で料理無双してたら卑弥呼が私物化しようとしてくる〜  作者: ポルカ


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蒸気船一号


 王宮の給水システムが稼働し始め、邪馬台国に「蛇口から湯が出る」という奇跡が日常として定着し始めた、ある冬の日のこと。


 宰相タケヒコの執務室は、赤々と燃える暖房用の火鉢があるにも関わらず、どこか張り詰めた空気に包まれていた。


 タケヒコは眉間に深い皺を寄せ、姉である女王卑弥呼に苦渋の報告をしていた。


「姉上。石炭の消費速度が想定を遥かに超えております」


 上座に座る卑弥呼は、不機嫌そうに扇を閉じた。


「湯を止めよと申すか。あの温もりは、王宮の民にとっても余にとっても、もはやなくてはならぬものぞ」


「重々承知しております。ですが、東のこしの国――筑豊ちくほうから遠賀川おんががわを下り、海路で運ぶ今の体制では、運搬の者たちが限界なのです」


 タケヒコの声には、隠しきれない疲労の色が滲んでいた。

 行きはよい。だが、川の流れに逆らって空の舟を戻す工程は、想像以上に過酷を極める。


 この厳冬の中、漕ぎ手たちの手はひび割れ、疲弊はすでに頂点に達していた。これ以上の増便など、人の身で耐えられるものではない。


「民を酷使しては本末転倒……か。ふむ」


 卑弥呼は短く息を吐き、傍らに控える侍女に視線を向けた。


サクを呼べ。あの男ならば、この窮状を打破するすべを知っているやもしれん」


「はい。ただちに」


 間もなく、朔がユズリハを伴って姿を現した。

 彼はタケヒコと卑弥呼の前まで進むと、居住まいを正した。


「お呼びでしょうか」


「うむ。サク、単刀直入に聞く。運搬が間に合わず、石炭が足りぬ。だが、これ以上民に無理をさせるわけにもいかぬ。何か策はないか」


 卑弥呼の問いに、朔は表情を変えず、淡々と頷いた。

 ユズリハは珍しく驚いた顔をしている。


 実は朔から、近々こういう話になるだろうと聞いていたのである。


「ご安心ください、手は打ってあります」


「ほう。手……とな?」


 タケヒコが身を乗り出す。

 朔は落ち着いた口調で、驚くべき事実を告げた。


「ここ三日間、試験運用を兼ねて集中的に石炭を運びました。すでに那の津の倉庫には、一月分の石炭が積み上がっています」


「……な、何と申した? 一月分を、わずか三日で?」


 卑弥呼が扇を握りしめ、目を見開く。

 タケヒコに至っては、腰を浮かせたまま固まっている。


「いろいろ港を改築しまして。可能でしたら、実物を見ていただいた方が良いのですが、実は……」


 朔が前置きし、説明しようとしたところで、卑弥呼が手を上げて制する。


「よかろう。ちょうど那の津(博多港)に神事で出向かねばならない時期であった。タケヒコ。準備せよ」


「……あ、姉上? これからですか」


 タケヒコが耳を疑う。


「そうだ。ここ数日は大した用もない。今から行く」


 卑弥呼は弾む足取りで準備のために私室へと向かった。


 言うまでもなく、その心にあったのは神事ではなく、朔が作り上げたものへの強い好奇心であった。




 ◇◆◇◆◇◆◇




 晴天の昼時。


 那の津へと到着した一行を待っていたのは、かつてない異様な光景だった。


「な、なによこれ……! ここ、本当にいつもの浜辺なの!?」


 アカネが素っ頓狂な声を上げて、目の前の光景を指差す。

 かつては白砂が広がるだけの遠浅の浜辺だった場所が、様変わりしていた。


 そこに建ち並んでいたのは、巨大な石造りの倉庫群。

 そしてその扉の奥からは、文字通り溢れ出さんばかりの「黒い石」――石炭の山が顔を覗かせていた。


「ば、馬鹿な……! これほどまでの量を、この短期間でどうやって!?」


 タケヒコが倉庫の壁に取り付き、呆然と声を上げる。

 卑弥呼もまた、整然と積み上げられた石炭の山を見上げ、息を呑んでいた。


「サク、答えよ。いったいどうやったのだ? これだけあれば湯が使い放題ではないか。神の御業でも使ったと申すか」


「実は」


 朔は倉庫の前に敷設された二本の「鉄の筋」――『レール』を指差した。


「物がすいすい流れるように、ひとつひとつの運搬を効率化しまして」


 朔はまず、足元の地面を軽く叩いた。

 そこは泥濘ではなく、灰色の硬い素材で平らに均され、その上に石畳が敷き詰められていた。


「この硬い地面は、王宮でも使っているコンクリートです。これなら雨の日でも車輪が沈みませんし、このレールの上を滑る『トロッコ』も使えるようになりますので、一人の力で何十人分もの荷を運べます」


 卑弥呼とタケヒコが顔を見合わせる。


「……サクよ」


 卑弥呼が不思議そうに口を挟む。


「それも大きなことなのはわかるが、なにより筑豊からここまでの、あの険しい海路と川の流れを克服せねば、無理な話ではないのか」


「はい、その通りです。水上の道はあれで克服しました」


 朔は岸壁の先端を指差した。

 そこには、港の威容さえ霞むほどの、異形の巨体が係留されていた。


 全長は通常の準構造船じゅんこうぞうせんの二倍近く。

 

 黒く塗装された船体の中央には、例の「蒸気機関」が鎮座し、そこから空へ太い煙突が伸びている。


 そして、船の左右には、巨大な「水車」が取り付けられていた。


「『外輪船がいりんせん』。パドルスチーマーと言いまして、石炭で進みます」


「なんと。あんな船が……」


 タケヒコが黒い煙を吐く巨船を見つめ、驚愕する。


「……面白い。サク、その力を私に見せてみよ」


 卑弥呼は好奇心に目を輝かせる。


「もちろんです。安全を考慮して港の中だけの試運転になりますが、ぜひ乗り込んでください」


「うむ」


 卑弥呼は臆することなく、朔が差し出した手を取り、しずしずと甲板へと足を踏み入れた。




 ◇◆◇◆◇◆◇




「では出航しますね。ユズリハ、ちょっと手伝ってくれ」


「わかった」


 朔の号令とともに、ユズリハの手で釜のバルブが全開にされる。

 ユズリハはこの船の試運転から朔に付き合って乗っているのだった。


 シュゴォォォッ!!


 煙突から白い蒸気と黒い煙が爆発的に噴き上がる。


「おお!?」


 タケヒコが目を丸くして煙突を見上げた。


 ピストンが唸りを上げ、クランクが回り、そして巨大な両舷の水車が動き出した。


 ――バシャン! バシャン! バシャン!


 水車に取り付けられたパドルが、激しく海面を叩く。

 その反動で、重たい船体がぐらりと揺れ、次の瞬間、海面を滑るように前進を始めた。


「うわわっ! 動いた! すごい振動!」


 アカネが手すりにしがみつきながらも、ワクワクした様子で言った。


 足の裏から伝わるエンジンの鼓動。

 それは、人力の船にはない、圧倒的な「力」の鼓動だった。


「サク殿……。これほどの巨体が、漕ぎ手もなしに動くとは。しかもこの速さ……」


 タケヒコが手すりを握りしめ、流れる景色を凝視する。


 船は港の内海を優雅に旋回し始めた。

 風を待つ必要もなく、潮の満ち引きに抗うこともなく、機械の力だけで進んでいく。


「タケヒコ様、これが蒸気機関の力です。この外輪は水を『叩いて』推進力を得ます。風も潮の流れも関係ありません。これを使えば、那の津と遠賀川の往復は半日で終わります」


「は、半日だと……!?」


 タケヒコが絶句する。

 これまで数日がかりで、男たちが命を削るようにして漕いでいた道のりを、たった半日で、しかも十倍の荷を積んで往復するというのだ。


「サク殿……。そなたは、距離という概念そのものを書き換えてしまったのか」


 タケヒコは武者震いをした。

 卑弥呼は甲板の端に立ち、逆巻く白い波紋を子供のように見つめていた。


「風に頼らず、水の流れをねじ伏せる力……か。サクよ、そなたの創るものは常に私の想像を易々と超えてゆくな」


「このまま物流が早まれば、国はもっと豊かになりますよ」


「ふふ。また楽しみが増えていく」


「そう言ってもらえて光栄です」


 朔は卑弥呼に笑顔で頷きながら、操舵輪を戻し、船をゆっくりと岸壁へと寄せた。


 港内のわずかな試運転。

 だがその数分間で、卑弥呼とタケヒコは「朔が創り出す未来」を肌で感じ取っていた。




 ◇◆◇◆◇◆◇




 接岸した船から降りると、朔は再びレールの前に立った。


「さて、次はこれです。船で運んできた大量の石炭を、どうやって効率よく倉庫に収めるか」


 朔の指示で、船に設置された簡易クレーンが唸りを上げる。

 網に入った石炭が引き上げられ、待機していたトロッコへと投下される。


「へぇぇ……すごい! 自動で入るじゃん!」


 アカネが目を丸くする。

 満載になったトロッコの背を、朔がトン、と軽く押した。


「これが先ほども説明したトロッコで」


 摩擦を極限まで減らした車輪が、レールの上を滑るように転がり、わずかな傾斜に従って倉庫へと吸い込まれていく。


「………」


 あまりの効率化に、皆がぽかんと口を開けていた。


「これで、王宮の給湯は安泰ですよ」


 朔は満足げに頷き、舗装された道を歩き出した。


「……サク♡」


 給湯システムを止めずに済むとわかり、満面の笑みになった卑弥呼が、後ろから朔に追いつき、その腕を組んで走り出した。


「わわわ」


「嬉しくて走りたい気分なのだ! それ~」


「へ、陛下!?」


 引っ張り回される朔に、皆がどっと笑い出す。


(また一段と世界が進んだ気がする……)


 ユズリハも、そんな朔を目で追いながら、感嘆のため息が止まらないのだった。




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