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卑弥呼のシェフ 〜世界大会優勝の料理人、弥生時代で料理無双してたら卑弥呼が私物化しようとしてくる〜  作者: ポルカ


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氷の女王にカスタードシューを 前編


 空は鉛色に重く沈み、肌を刺すような風が枯れ葉を巻き上げていた。

 冬の気配が色濃く漂う山間の国、イバラ。


 この国は、陸地の東西を結ぶ大動脈とも言うべき交易路「竜の背骨」の中腹に位置している。


 険しい山々に囲まれた天然の要塞であり、ここを通らねば、隊商たちは雪深い山越えで命をすか、荒れる恐れのある冬の海を迂回し、数倍の日数をかけて海路を行くしか術がない。


 まさに、大陸の喉をやくする要衝であった。


 そのイバラ国の国境にそびえる巨大な鉄の門は、ここ一ヶ月、固く閉ざされたままであった。


 あり一匹通さぬその威圧的な扉の前に、周辺国の物流がせき止められていた。


 事態は深刻などという言葉では生ぬるいほど、絶望的な状況を呈していた。


 東の国からは、若き王の悲痛な叫びが届いた。


 特産の絹織物は行き場を失い、倉庫でほこりを被るばかり。

 機織はたおりたちの指は止まり、その日の食事にも事欠く有様だという。


「頼む、このままでは我が国の民が冬を越せず、餓死してしまう。どうか、どうか道を開いてくれ」


 涙でにじんだ親書を携えた使者が、卑弥呼ひみこの館の門を叩いた。


 西の国からは、老獪ろうかいな王ですら、なりふり構わぬ嘆願書が送りつけられた。


 石炭や貴重な鉱石を積んだ隊商が足止めを食らい、国の財政が傾きかけているのだ。


「王家の威信などどうでもいい。とにかくあの頑固な魔女を説得してくれ。さもなくば、わしの首を差し出す羽目になる」


 南の港町からも、北の鉱山都市からも、毎日のように早馬が駆け込んでくる。


 卑弥呼の元には、連日、各国の使者や商人たちが長蛇の列をなし、その数は廊下の床が抜けるのではないかというほどであった。


「あの頑固な氷の女王を説得できるのは、卑弥呼様しかおりませぬ!」


「どうか、我らをお救いください!」


 こうして、数カ国の王と数万の民の運命をその双肩に背負わされた卑弥呼は、重い腰を上げざるを得なくなったのである。


 彼女の乗る簡素な馬車が、凍てつく風の中、イバラ国の門前に到着した時、そこには地獄絵図のような光景が広がっていた。


 何百という馬車が立ち往生し、商人たちは寒さをしのぐために、売り物である高級な家具や織物を焚き火にくべていたのだ。


 食料は底をつきかけ、彼らの目は虚ろで、希望の光を失いかけていた。


 卑弥呼の馬車が現れると、彼らは亡者のように一斉に顔を上げ、祈るような、いや、縋るような視線を注いだ。


 馬車の扉が開き、一人の女性が降り立った。


 白い装束に緋色ひいろの袴を身につけた女性、卑弥呼である。

 続いてタケヒコが降り立ち、ユズリハ、そして最後に朔が続いた。


「邪馬台国、卑弥呼である。女王陛下にお目通りを願いたい」


 卑弥呼の声は、木枯らしの中でもりんとして響いた。


 彼女が諸国の王たちから全権を委任された特使であることを知ると、渋々ながら重い扉を少しだけ開けた。




 ◇◆◇◆◇◆◇




 城内は外気以上に冷え切っていた。


 石造りの廊下を歩くたび、冷気が足元から這い上がってくる。


 ユズリハは油断なく周囲を警戒しながら進み、タケヒコは城内の様子を観察しながら、小声で卑弥呼に助言を与えている。


 通された謁見の間には巨大な暖炉があったが、火は小さく、部屋全体を温めるには程遠かった。


 玉座に座っていたのは、白髪を高く結い上げ、分厚い毛皮を幾重にも纏った老婆――イバラ国の女王、トヨであった。


 その顔には深い皺が刻まれ、口元は不機嫌そうにへの字に曲がっている。


「卑弥呼か。何の用だえ。わらわは今、虫の居所が悪いのじゃ」


 トヨ女王の声は氷のように冷たかった。


 卑弥呼は静かに頭を下げ、各国の王たちから託された親書を差し出そうとしたが、女王は手で制した。


「読むまでもない。どうせ『開けてくれ』『困っている』『慈悲を』……そんな泣き言ばかりであろう」


「ではこちらを収めていただけぬか」


 卑弥呼はタケヒコに目配せをした。


 タケヒコはうやうやしく盆を差し出す。


 そこには、東の国の秘宝である大粒の真珠や、西の国の精巧な金細工が山と積まれていた。

 各国から集まったそれは積もり積もって、小さな国ならば買えるほどの財宝になっていた。


 しかし、女王はそれらを一瞥いちべつしただけで、鼻で笑い飛ばした。


「くだらん。そんな石ころや金属の塊が何になる。この城には掃いて捨てるほどあるわ」


「トヨ女王、これは……」


「わらわの心を動かすには軽すぎる」


 女王が手を振ると、盆上の財宝はガチャガチャと音を立てて床に転がった。

 親書を受け取るどころか、宝物にすら見向きもしない。


「わらわは怒っておるのじゃ。王宮の星詠みが言ったのじゃ。『この初冬、わらわの人生を変えるほどの吉事が舞い込む』とな。だがどうじゃ? 来るのはお主らのような退屈な陳情や、代わり映えのしない貢物ばかり。吉事など欠片かけらも起きぬではないか!」


 女王は苛立ちを露わにし、鋭い視線を卑弥呼に向けた。


「吉事が舞い降りるまで、あの門は絶対に開かぬ!」


 それでも卑弥呼は言葉を尽くして説得を試みた。

 タケヒコもまた、交易停止がいかにイバラ国の国益を損なうか、理路整然と説いた。


 しかし、女王の心の氷壁は厚く、言葉の矢はすべて弾き返された。


「――うるさい、うるさい! 理屈ではない! わらわが待っているのは『吉事』なのじゃ! それが訪れぬ限り、お主らの言葉などカエルの鳴き声と同じじゃ!」


 卑弥呼は静かにため息をつくと、後ろの3人を振り返って、首を横に振った。


 これ以上は逆効果だ。

 彼女は引き際を心得ていた。


「わかった。今回はこれで失礼いたそう」


 卑弥呼をもってしても、交渉は決裂したのである。



 ◇◆◇◆◇◆◇



 四人が失意のまま、踵を返す。 


 重苦しい沈黙が、石造りの広間に満ちていた。

 

 タケヒコは悔しさに唇を噛み締め、ユズリハは表情こそ変えないものの、その瞳には険しい光が宿っていた。

 

 卑弥呼は扇子を握る手に力を込め、微かに震える怒りを抑え込んでいる。


 出口へと向かう途中、朔は背負っていた風呂敷包みを解き、中から桐の箱を取り出した。


 朔も苦々しい表情のまま、部屋の隅で恐縮しながら控えていた侍女の一人に声をかけた。


「すみません、ごみ箱ありますか」


「……あ、ゴミですか?」


「はい」


「近くにないので、よろしければ、私の方で捨てておきます」


 若い侍女はトヨ女王と違い、笑顔で丁寧に応じ、両手を小さく差し出す。


「お手数おかけします」


 朔はそう言って、箱を侍女に渡した。

 手土産に甘い物を持参したが、あんな調子である。


 隙あらばと伺ってはいたものの、とりつく島もなく、とても渡せたものではなかった。


「………」


 受け取った侍女は、箱から漂う甘く香ばしい匂いに眉をひそめ、思わず鼻をひくつかせた。



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