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PONZ! ~ポール・マッカートニー大好きっ子が、路上ライブのシンガー、内気な天才ギタリスト、アクセ好きドラマーとバンドを組んだ話~  作者: 文月(あやつき)
第3部

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EP.44 交叉路

 三月二十日。

 サヌキロックフェス前日。

 ROCK STEADYの事務所に、フレイミングパイのメンバーが集まっていた。

 明日の最終確認と、機材の積み込みのためだ。

「よし、これで準備は万端ね」

 愛未がチェックリストを確認しながら言った。

「あとは明日、元気に行くだけやね」

 ポンズが伸びをした。

 いよいよ明日はサヌキロックフェス。

 松山インディーズフェスくらいのイベントにしか出たことのないポンズたちにとっては、初めての大舞台だ。

 緊張と興奮が入り混じった気持ちで、ポンズは仲間たちを見回した。

「緊張するけど、楽しみ」

 カグラが微笑んだ。

「旭ちゃん、初めての遠征やけど、どう?」

 シーが聞くと、旭は少し緊張した面持ちで答えた。

「はい……でも、みなさんと一緒なら大丈夫です」

「そうやそうや、うちらがおるけん心配せんでええよ」

 レアが旭の肩を叩いた。

 その時、ヤマケンが事務所に入ってきた。

「お疲れ様です。積み込み、手伝いますよ」

「ありがとう、健ちゃん!」

 レアの顔がぱっと明るくなった。

 ポンズはそれを見逃さなかった。ヤマケンが機材を持って事務所を出ていくと、ポンズはニヤニヤしながら言う。

「レアちゃん、東京以来、ヤマケンさんと仲ええよなあ」

「え、そ、そんなことないし……」

「嘘や~。さっきヤマケンさん来たときの笑顔は乙女やったで~」

「な!?やめろや!」

 レアが真っ赤になって否定する。ポンズは楽しくなってきた。

「レア、ヤマケンさんと付き合ってんの?」

 シーはさらりと言った。

「うわ!シー、ストレート!」

 ポンズはそう言いつつ、シーとレアの顔を見つめた。

「二人ともなんや、そんなに見つめてくんなって〜!」

「うん、レアちゃんヤマケンさん、お似合いやと思うよ」

 カグラは優しく言うと、やはり旭とともにレアの顔を見つめた。

「カグラちゃん旭ちゃんまで……」

 レアは顔を真っ赤にして俯いた。

「で、どうなん?」

 ポンズが身を乗り出した。バンドリーダーとして、メンバーの恋愛事情は把握しておかなければならない。……というのは建前で、単純に気になるのだ。

「ど、どうって……」

「付き合っとるんやろ?」

「……う、うん」

 レアが小さく頷いた。

「きゃー!」

 四人は歓声を上げた。

「おめでとう、レアちゃん!」

「お幸せに〜」

 カグラも微笑んでいる。

「おめでとうございます、レアさん」

 旭も嬉しそうに言った。

「も〜、お前ら〜……」

 レアは照れながらも、嬉しそうだった。

 和やかな空気が流れる。

 ポンズはふと、シーの方を見た。

 シーも笑っていた。でも、その笑顔がほんの少しだけ寂しそうに見えた。

 ポンズは気づいていた。レアとヤマケンの話を聞いて、シーがある人のことを思い出しているのだろう、と。

 去年の春、大街道で二人での路上ライブの後、シーに起こったあの日のことを、ポンズは忘れていない。


          ◇


 積み込みを終え、家路につく前にポンズはシーに声をかけた。

「シー、いつものカフェでお茶しようや」

「ん? ええよ」

 いつもの店で、いつもの席に座り、いつもの飲み物がテーブルに届く。

「どうしたんよ?何か話でも?」

 シーがそういうと、ポンズは向かいの席から、シーの隣に座り直した。

「これ、見て」

 ポンズはスマホをシーに向けて、ある動画を再生した。

 実は数日前、偶然この動画を見つけて、シーに見せるべきかどうか迷っていた。でも今日、見せた方がいい、いや見せないといけないと思った。

 画面には、どこかのギター工房が映っている。木の香りが漂ってきそうな、整然とした作業場。

「これ、なに?」

「岐阜の老舗ギターメーカーの動画チャンネル。おすすめ動画にあがってたん」

 動画の中で、一人の若い男性が工場を案内していた。

「今日は僕が工場の中を案内させていただきます……」

 シーが息を呑んだのが、隣にいるポンズにはわかった。

 その声。その横顔。

 黒崎拓巳だった。

「はーい、案内を担当するのは、新人の黒崎くんでーす。」

 カメラを構えている先輩職人らしき人が、拓巳を紹介した。拓巳は少し緊張した様子で、でも目を輝かせながら、工場や作業場の工程について説明していた。あの頃と同じ、夢を語る時の目だ。

「入社してもうすぐ一年になりますけど、毎日勉強の日々です。先輩方の技術は本当にすごくて……」

 動画の中で、ベテランの先輩職人が拓巳に声をかけた。

「黒崎くん、彼女はいないの?」

「え?」

「若いんやから、彼女の一人くらいおるやろ」

「ちょっと~道上さん、いまどきそんなこと聞くのはNGっすよ」

 カメラマンの先輩らしき職人さんがベテラン職人さんに突っ込んだ。

 拓巳が少し困ったような顔をしたが、やがて真剣な顔つきに変わると言った。

「いません」

 ポンズはシーの横顔を見た。シーの表情が揺れている。

 でも、拓巳は続けた。

「ただ、好きな人はいます」

 シーの肩が小さく震えた。

「でも、その人は夢に向かって走っているので。僕も負けないように頑張っているんです」

 拓巳の目は、まっすぐだった。

 シーの目から、涙がこぼれた。

「シー……」

 ポンズは心配そうに声をかけた。

「拓巳くん……頑張っとるんやな……」

 シーは涙を拭いた。

 ポンズは、去年の春のことを思い出していた。大街道の路上で、シーが泣いた日。「失恋したかもしれん」と言ったシーを、ポンズは抱きしめた。

 あの時、シーの思いを伝えることができないまま、彼は岐阜に行ってしまった。

 でも今、拓巳は「好きな人がいる」と言った。「その人は夢に向かって走っている」と。

 それがシーのことだと、ポンズには確信があった。

「シーは失恋なんかしとらんよ」

「うん……ありがとう、ポンズ」

 シーは笑った。涙を流しながら、でも笑った。

「うち、頑張る。拓巳くんに負けんように」

「うん。そうやって、いつか会えた時に、胸張って会えるようにな」

 ポンズは腕をシーの肩に回して引き寄せ、二人でじっと動画を眺めていた。

「うちらはサヌキロックフェスで最高のライブして、活動の幅広げて、もっともっと大きくなるんや。そしたら、その拓巳くんにも届くはずや」

「ポンズ……」

「うちがついとるけん。フレイミングパイがついとるけん」

 シーがまた涙を流した。でも今度は、嬉しそうな涙だった。

「ありがとう、ポンズ。うち、ほんまにポンズがおってよかった」

「何言っとるん。相棒やん」

 ポンズは笑った。

 シーと出会い、ニ年が経とうとしている。路上ライブの頃から、バンドを組んで、ツアーを回って、色々なことがあった。シーの笑顔も、涙も、全部見てきた。これからも、ずっと一緒に見ていく。

「ポンズは、好きな人できんの?」

「うちを惚れさすんはムズイで、理想はポールなんやから」

「どこにおるんよ、そんな人」

「あ、心当たりあるとしたら、シーやな」

「やめて」

 そんなこと言いながらも、二人はしばらく肩を寄せ合ったまま笑っていた。

 


          ◇


 三月二十一日。

 サヌキロックフェス初日。

 いつものように、ハイエースで香川県高松市に向かう。

「みんな乗った~?」

「シーいまーす」

「ポンズおるよ~」

「カグラいます」

「旭います」

「レアちゃんはうしろでーす」

 レアはヤマケンが運転する軽自動車に乗り込んでいる。ヤマケンはバイクを売って、中古の軽自動車を購入したのだった。

「サトちゃんは、あの二人のこと知ってたん?」

 助手席のシーは何気なく愛未に聞いてみた。

「レアと山田くんのこと? うん、だって東京ドームの席、分けたの私よ」

「あ」

「ふふ、山田くん結構前から気になってたみたい。でも事務所のスタッフがタレントを好きになるのはいかがなものかって、気にしてたみたいなのよ。それに就職がどうなるかってこともあったから、ずっと言い出せなかったんだって」

「へえ」

 シーはその話を聞くと、なぜだか自分のことのように嬉しかった。


          ◇


 一行は無事、高松市に到着した。

「着いた〜!」

 ポンズが伸びをした。

 高松の街は、フェスの熱気に包まれていた。あちこちにポスターが貼られ、フェスTシャツを着た人たちが行き交っている。

「すごい人やね」

 カグラが周りを見回した。

「着ている服でフェスを見に来たってわかるな……」

 ポンズは目を輝かせた。初めて見るフェスの雰囲気に、心が躍る。

 サヌキロックフェスは、商店街のライブハウスを回るライブサーキット形式である。有料会場と無料会場があり、フレイミングパイは無料会場の瓦町駅地下広場で出演する。

「無料会場か……お客さん、たくさん来てくれるかな」

 ポンズが少し不安そうに言った。

 香川は、去年のツアーで一度来た場所。でも、大きなフェスは初めてだ。知名度がどれだけあるか、正直わからない。

「大丈夫やって。うちらが今まで積み重ねてきたもん、信じよう」

 シーが言った。昨日の涙が嘘のように、シーの目は前を向いていた。

 ポンズは頷いた。そうだ、うちらは今まで色々なところでライブをしてきた。その一つ一つが、今日に繋がっている。


          ◇


 瓦町駅地下広場に到着すると、すでに一組目のバンドがリハーサルをしていた。

 広い地下空間にステージが設置され、客席との距離が近い。

「ここがステージか……」

 旭が緊張した面持ちで見つめた。

「旭ちゃん、大丈夫。いつも通りやればええよ」

 カグラが優しく言った。これまでは自分自身がみんなに言われていたことだ。

「あ、みんな~!」

 声がして振り向くと、見覚えのある三人組がいた。

「あ、琴音ちゃん!」

 ポンズが駆け寄った。

 「わたしのぜんぶ」──香川のツアーで知り合った、高校生ガールズバンド。琴音、凛、陽菜の三人だ。

「久しぶり! 元気やった?」

 琴音が笑顔で言った。

「元気元気! おんなじ日におんなじステージうれしーわ!」

「うん、うちらは二番目。フレイミングパイは三番目やろ? 楽しみにしとるよ」

「ありがとう! うちらも、わたぜんの演奏楽しみにしとるわ」

 ポンズは嬉しかった。ツアーで出会った仲間と、こうしてまた会える。音楽を続けていると、こういう繋がりが生まれるのだ。

「あれ、メンバー増えた?」

 凛が旭を見て言った。

「うん、キーボードの東雲旭ちゃんです」

「初めまして!」

 旭がお辞儀をした。

「へえ、ピアノが入ったんや。すごいな」

「五人編成になって、音がめっちゃパワーアップしたんよ」

 ポンズが自慢げに言った。旭が加入してから、バンドの表現力は格段に上がった。それをポンズは誇りに思っている。

「フレイミングパイのみなさーん!」

 また別の声がした。

 振り向くと、カラフルな衣装の女の子たちが手を振っていた。

「あ、カワウソ40010さん!」

 高知のツアーで知り合った、ご当地アイドルグループだ。

「久しぶりでーす! また会えて嬉しい!」

「うちらもです! お元気でした?」

「元気です! わたしたちもここで歌うんですよ」

「ちょっとシー、なんでうちの後ろに隠れてるんよ」

 シーは、前に会ったとき、彼女たちに衣装を着て着てと絡まれたのだ。

「大丈夫よ~、もう衣装着て〜なんて言わないから~」

と、メンバーたちはシーのそばに歩み寄った。

「そのかわりこれつけて~!」

なんと、彼女たちはシーに無理やり、カワウソ耳のカチューシャを装着したのだった。

「きゃー!かわいい!」

 カワウソ40010は大歓声をあげる。シーは両脇からおさえられ身動きが取れないでいる。

「まじか!めっちゃかわいいんやん」

 ポンズとレアが拍手をしている。

「ちょっ、カグちゃんたすけ……」

「シーちゃんかわいい……」

「カグちゃんまで……陽菜ちゃん!」

 シーはわたぜんにも助けを求める。

「シーさんかわいいです!」

 陽菜まで、そんな調子だ。

「いや、カグちゃん、陽菜ちゃん、目が怖い」

 結局、シーはひとしきりみんなに写真を撮られ、ようやく解放された。

 シーは呆然としているが、ポンズは胸が熱くなった。

 ツアーで回った場所、出会った人たち。その繋がりが、今ここにある。

 うちらは一人じゃない。たくさんの仲間がいる。


          ◇


「有料会場には、GANJYUとハルカゼも出るよ」

 愛未がタイムテーブルを見ながら言った。

「あ、広島でお世話になった……」

 ポンズたちは頷いた。

「それと……ブラックシトラスも」

「ブラックシトラス!」

 ブラックシトラス──ROCK STEADYの経営危機に二組で、切磋琢磨してライブハウスを盛り上げた戦友バンド。

「マキたち、来とるんや」

 レアがスティックをくるくる回した。

「有料会場か…さすがやな……」

「いつか、うちらもあっち側に立つ」

 シーが言った。ポンズも頷く。

「そうや。今日はまず、ここで最高のライブをしよう。そしたら、次に繋がるけん」


          ◇


 開演時間が近づき、地下広場に人が集まり始めた。

 ポンズとシーはパーテーションの隙間から顔を出して客席を見渡した。

 知らない顔ばかりだ。やはりアウェーか、と思った。

 でも、その時だった。

「シーちゃーん!ポンズちゃーん!」

 聞き覚えのある声がした。

 振り向くと、美咲が手を振っていた。その隣には、見覚えのある顔がいくつもある。

「美咲ちゃん! 来てくれたん!?」

 ポンズとシーは駆け寄った。

「約束したでしょ、調整してみるって! なんとか間に合った!」

 美咲の後ろには、シーの路上時代からのファンたちがいた。

「シーちゃん、頑張って!」

「フレイミングパイ、応援してるよ!」

 松山から来てくれた人たちだ。

 ポンズの目に涙が滲んだ。美咲は来週から東京だ。忙しいはずなのに、わざわざ香川まで来てくれた。

 そして、それだけではなかった。

「松山から来ました! ラジオ聴いてます!」

「高松のライブで好きになりました! 今日楽しみにしてました!」

「徳島から来ました! ツアーのライブ、最高でした!」

 松山のファン、ツアーで獲得したファン、ラジオのリスナー。

 気づけば、客席の前の方には、フレイミングパイを応援するために来てくれた人たちが集まっていた。

「みんな……ありがとう……!」

 アウェーなんかじゃない。

 自分たちが歩いてきた道の先に、こんなにたくさんの人がいた。

 路上ライブで撒いたチラシ、ツアーで回った街、ラジオで話したこと。全部が繋がって、今日ここにいる人たちがいる。

 ポンズとシーは控室に戻ると、メンバーに自分たちのファンがたくさん来ていることを伝えた。カグラもレアも旭も、今一度気持ちをひとつにした。

「よし……絶対、最高のライブにしような」

 ポンズは涙目の笑顔で言った。


          ◇


 わたしのぜんぶのライブ中、フレイミングパイの出番が近づいていた。

 楽屋で準備をしていると、ノックの音がした。

「はーい」

 愛未が扉を開けると、四人の女の子が立っていた。

「やっほー」

 ブラックシトラスのマキとユズが片手を上げた。

「マキちゃん、みんな!」

 ポンズが立ち上がった。

 ブラックシトラスのメンバー。マキ、ユズ、ナツ、ミオ。

「久しぶり!」

 ユズがポンズに向かって言った。

「カグラちゃ〜ん!」

 ナツとミオはカグラに抱きついた。

「あれ?今日は?」

「うちらは明日、佐藤さんが明日は帰ってしまうって言うから顔見に来た」

「わざわざ?」

「まあ、前のりはしてたから……それに、今日逃したらまたしばらく会えん思ったし」

 マキは照れながら笑った。

「でも、ちょっと提案があってな」

「提案?」

「大阪でうちらと対バンせえへん?」

 ポンズの目が見開かれた。

「大阪……?」

「うちら、来月大阪でライブするんよ。その対バン相手、探しとって。フレイミングパイ、どうかなって」

「大阪で、ブラックシトラスと対バン……」

 ポンズは仲間たちを見た。シーもカグラもレアも旭も、目を輝かせている。

 これはチャンスだ。彼女たちと対等に渡り合えば、大阪でも名前が売れる。

「……もちろんや!」

 ポンズが答えた。

「そう来んとな」

 マキが満足そうに笑った。

「楽しみにしとるわ。ほな、ええライブしいや」

「あ、そうやレア!」

 マキたちはレアに声をかけた。

「何?」

「なかなか充実してるらしいやん」

 レアは真っ赤になった。ブラックシトラスの四人は、笑いながら手を振って去っていった。

「サトちゃん、あいつらにしゃべったな~!」

「え? いや、そんなことは……」

 愛未がめずらしく目を泳がせた。

「なんちゅうマネージャーや!」

 そんなレアをよそに、シーが興奮した様子で言った。

「大阪や……大阪でブラックシトラスと対バン……」

「うん、すごい……」

 カグラも目を輝かせている。

「今日のライブ、絶対成功させるで!」

 レアはやけくそ気味に拳を握った。

「はい!」

 旭も力強く頷いた。

 ポンズは仲間たちを見回した。みんな、やる気に満ちている。

 このメンバーとなら、どこまでも行ける。そう思った。


          ◇


「あ、みんな、もう一つ報告があるの」

 愛未が言った。

「福岡の『BEAT STATION』っていうライブハウスから、出演オファーが来たの」

「BEAT STATION?」

「ロックバンドの登竜門として有名なとこよ。九州のバンドはみんなここを目指すっていう」

「福岡……」

 ポンズは息を呑んだ。

「大阪に福岡……活動範囲、一気に広がるな」

「ツアーでの評判が広がったみたい。2ndアルバムの評判もいいし」

「サトちゃん……」

 ポンズは愛未を見た。

「全部、サトちゃんのおかげや」

「何言ってるの。あなたたちが頑張ったからよ」

 愛未が微笑んだ。

「さあ、そろそろ出番よ。最高のライブ、見せてきて」

「はい!」

 五人の声が重なった。

 ポンズは深呼吸した。

 大阪、福岡。新しい道が開けている。でも、まずは今日のライブだ。

 目の前のお客さんに、最高の音楽を届ける。それがフレイミングパイのやり方だ。


          ◇


 ステージに上がると、地下広場は熱気に包まれていた。

 前の方には、松山から来てくれたファン、ツアーで出会ったファン、ラジオのリスナー。

 その後ろには、フェスを楽しみに来た香川の人たち。

 みんなが、フレイミングパイを見ている。

 ポンズはマイクを握った。

「こんにちは! 愛媛県松山市から来ました、フレイミングパイです!」

 歓声が上がった。

「今日は、サヌキロックフェスに呼んでいただいて、ほんまにありがとうございます!」

 ポンズは客席を見渡した。美咲の顔が見える。松山のファンの顔が見える。

「松山から来てくれたみなさん、ツアーで出会ったみなさん、ラジオ聴いてくれとるみなさん、そして今日初めてうちらを見てくれるみなさん!」

 ポンズは拳を握った。

「最高のライブ、届けます! いくで! 一曲目、『迷子のメロディ』!」

 レアがカウントを取った。

 演奏が始まった。

 旭のピアノが響き、カグラのギターが唸る。ポンズのベースが地面を揺らし、レアのドラムが心臓を打つ。

 そして、シーの歌声が空間を満たした。

 ポンズはベースを弾きながら、仲間たちを見た。

 シーが歌っている。一昨年の春まで、一人で路上に立っていたシーが、今は五人のバンドのボーカルとして輝いている。

 カグラがギターを弾いている。人見知りだったカグラが、ステージで堂々とソロを決めている。

 レアがドラムを叩いている。少し大人になったレアが、バンドの心臓として全体を支え、相変わらずアクセを揺らしている。

 旭がピアノを弾いている。新しく加わった仲間が、もう立派にフレイミングパイの一員になり、笑顔が弾けている。

 この四人と一緒に、ここまで来た。

 ポンズは幸せだった。

 2ndアルバムの曲。五人で作り上げた音。

 客席が揺れた。知らない曲でも、体が動く。音楽の力が、人を繋いでいく。

「サイレントノイズ」「サンデーサイクリング」「コントラスト」。

 新曲を次々と披露する。

 旭のピアノが、曲に新しい色を加えている。レコーディングの時に掴んだ「曲に答える」という感覚。それが、ライブでも発揮されていた。

 カグラのギターソロで、客席から歓声が上がる。

 レアのドラムが、フロアを一つにまとめ上げる。

 シーの歌声が、全てを繋いでいく。

 そして、ポンズのベースが、全体を支えている。

 五人の音が、一つになっている。

「次の曲は、うちらの2ndアルバムのタイトルにもなった曲です」

 シーがMCを入れた。

「人と人が出会い、別れ、また出会う。そんな交差点みたいな曲」

 ポンズがマイクに向かって言った。

「うちらフレイミングパイも、色んな人と出会ってきました。メンバーとの出会い、ファンのみんなとの出会い、他のバンドとの出会い。全部が、今日に繋がっとる」

 客席を見渡す。美咲がいる。わたぜんのメンバーがいる。カワウソ40010のメンバーもいる。

「今日ここに来てくれたみんな、ありがとう。これからも、うちらと一緒に歩んでください」

 シーが頷いた。

「『雨と交叉路』」

 旭のピアノが、雨粒のようなアルペジオを奏でる。

 ポンズはベースを弾きながら、色々なことを思い出していた。

 シーと出会った日。シーの路上ライブに押しかけたこと。カグラとレアが加わった時のこと。ROCK STEADYが閉店の危機に陥った日。みんなで乗り越えて迎えたライブハウスの十五周年ライブ。そして、旭の音がフレイミングパイに加わった瞬間。

 全部が、今日に繋がっている。

 最後のサビで、客席から合唱が起きた。

 松山のファンが、歌詞を覚えて歌ってくれている。

 ポンズの目から、涙がこぼれた。

 でも、演奏をやめなかった。涙を流しながら、最後までベースを弾き切った。

「ありがとう……」

 演奏が終わると、シーがマイクに向かって言った。

「ほんまに、ありがとう……」

 拍手と歓声が、地下広場を揺らした。

「ラスト! うちらのテーマ曲! 『フレイミングパイ』!」

 ポンズが叫んだ。

 全員のソロパートがある、ライブ定番の代表曲。

 旭のピアノソロも加わった、新しいアレンジ。

 五人の音が、一つになる。

 フィナーレに向けて、熱気が最高潮に達する。

 最後の音が鳴り響いた時、地下広場は割れんばかりの歓声に包まれた。

「ありがとうございました! フレイミングパイでした!」

 五人は深々とお辞儀をした。

 汗と涙と笑顔。

 最高のライブだった。


          ◇


 ライブを終え、楽屋に戻ると、五人は抱き合って喜んだ。

「やった……!」

「最高やった……!」

「旭ちゃんも、すごかったよ」

「ありがとうございます……私、みなさんと一緒に演奏できて、本当に幸せです……」

 旭の目に涙が浮かんでいた。

 ポンズは仲間たちを見回した。

 シー、カグラ、レア、旭。

 最高の仲間だ。

「これからも、一緒にやっていこうな」

 ポンズが言った。

「大阪でブラックシトラスと対バン。福岡のBEAT STATION。もっともっと大きくなるで」

「はい!」

 五人の手が重なった。

 地下街の外では、春の日差しが高松の街を照らしている。

 一昨年の今頃、ポンズはバンドメンバーを探して、松山の街をぶらぶらと歩いていた。

 今は、四人の仲間がいる。五人のバンドになった。

 そして、たくさんのファンがいる。応援してくれる人たちがいる。

 交叉路。

 人と人が出会い、別れ、また出会う場所。

 フレイミングパイは、その交叉路に立っている。

 そして、これからも歩き続ける。

 もっと大きな舞台へ。もっと多くの人へ。

 武道館を目指して。


 会場を後にし、ポンズたちは乗り込んだハイエースの窓の外を見た。

 春の風が、高松の街を吹き抜けていく。

 新しい季節が、始まろうとしていた。

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