第三話ーー晴れーー64
「康二さん!ここで撮りましょうよ!」
希は明るく声をかけた。海の光がキラキラと輝いていた。
眩しいな……
康二は希を見て、そう思った。それが波の光の反射のせいなのか、希の弾けるような笑顔のせいなのかはわからない……
「どうしました?」
希は返事が出来ない康二に、不思議そうに聞いた。
「いや、ゴメン。ちょっと見惚れちゃって……」
えっ?!それってどう言う事?
希は突然の康二の発言に驚いたが、すぐに思い直した。
いやいや、天然朴念仁の康二さんだからね……それにしても、この天然ぷりは罪だよねぇ……
希はそう思うと、康二の発言をスルーする事にした。
康二はと言うと、確かに希の思った通りで、何の深い意味も無く至って普通だった。
「康二さん、早く!早く!」
希が康二を急かすと、康二は照れながら言った。
「こんなおじさんと記念写真なんて良いの?」
すると希は怒って言った。
「なんでそんな事言うんですか?」
「えっ!?」
康二はいつに無く、怒っている希におどろいていた。
「この際、はっきりと言っちゃいます!」
希は意を決したように一呼吸置いて続けた。
「ヘルメットを買う話の時もそうなんですけど、康二さんは、私に気を使いすぎです!もちろん、私の事を思ってくれているのはわかるんですけど、私は康二さんとヘルメットを買いに行きたいし、康二さんと写真を撮りたいんです。今日も康二さんとだから楽しいんです。なのに、いつも康二さんが気を遣ってくれて身を引いちゃうと、なんか私一人盛り上がってるみたいで、寂しくなっちゃいます」
「……ごめん……」
康二が謝ると、希も康二に頭を下げて言った。
「私こそ、生意気な事を言ってすみません。康二さんが私の事を考えてくれるのもわかってるんです。だけど、それだと、いつまでもお客さんみたいで嫌なんです。これからも康二さんにいろんな所連れて行ってもらいたいし、いっぱい教えてもらいたいんです。お客さんに対する接待じゃなくて、仲間として一緒に楽しんで貰いたいんです」
希は、康二に本当の仲間と認めてもらいたかったのだ。
「後藤モータース」に集まるメンバーみたいに、お互いがお互いを認め合い、気兼ねなく何でも話せるようになりたかったのだ。オヤジさんや裕介、遥子や灯とは、少しづつではあるが、気の置けない友達のような関係になりつつある。ペンキ屋だってそうだ。
希は、自分の居場所を見つけたような、お客さんではなく、メンバーとしてここにいても良いんだと思えるようになっていたのだ。
だが……
康二とは、まだそのような関係になれているとは希自身思えていなかった。
何より「後藤モータース」に連れて来てくれたのは康二だ。偶然とは言え、自分の居場所とも思える場所に連れて来てくれたのは康二なのだ。そんな自分を変えるきっかけをくれた康二と誰よりも仲良くなりたいと思うのは当然のことだろう。しかし、康二とは、どこか希との関係に一線を引いているような、目に見えない壁があると感じていたのだ。
希はそれがもどかしくて仕方が無かったのだ。
誰よりも優しく、自分のことを考えてくれている。だが、常に一歩身を引いている康二に対して、そこには康二がいないと感じてしまったのだ。
希は自分がそう思ってしまう事が悲しかった。
自分だけが楽しんでいるの?自分だけが喜んでいるの?康二さんはどう思っているんだろう?本当は、こんな初心者と走っても面白くないよね。
好きな所で好きなように走りたいよね……
希はそう思ってしまったのだ。
今日、半日一緒に過ごして、康二がそんな事を思っているはずが無いとわかってはいる。康二が一歩引いてしまうのも、それが康二の優しさだとわかってはいる。
だけど、それじゃ寂しいじゃん、仲間なんだから……一緒に走ってるんだから……康二さんにも楽しんで貰いたいよ……二人で楽しみたいよ……
希はそう思ったのだ。
だから初めてのツーリング記念に一緒に写真を撮りたかった。同じ仲間として、一緒にヘルメットを選んで欲しかった。
希の真剣な訴えとも言える言葉に対して、康二はただ聞く事しかできなかった。
康二はあの日以来、人と付き合う事が苦手になった。
自分が損をしても、相手が良ければそれで良かった。自分が傷ついても相手が傷つかなければそれで良かった。そうしている内にいつしか自分の本音を話せる人間がいなくなった。
オヤジさんや裕介、遥子にも康二の根っことも言える本心の部分は話してはいない。
それは彼らが悲しむかもしれないから……
康二は、全て自分の中に飲み込む事にしたのだ……
だからソロツーリングが好きだった。そこには、誰に気を遣う事なく、自分を殺す事なく、自分の思うがままに好きに走ることが出来たから……
実はオヤジさんや裕介、遥子は、康二のそんな想いに気が付いてはいた。しかし、彼らにはどうすることも出来なかったのだ。
なぜなら、康二は彼らに罪悪感を感じていたから……
そんな康二の思いを三人が気がついていたから……
康二は、兄康一が死んだのは自分のせいだと今も思っている。いくら、彼らがそんな事はないと言ったところで、康二にはそう思えなかった。そしてそれは康二にとっては慰めの言葉にもならなかった。
彼らが言えば言うほど、康二は殻にこもるようになった。
そんな康二を見て裕介達も何も言わなくなった。それで康二の気が済むなら康二の好きにさせようと思うようになったのだ。そうしてペンキ屋が言う、歪な悲しい関係が出来たのだ。
そして、康二は誰に対しても見えない壁を作って接するようになった……
悲しい事にそれは自分を守る為でもあったのだった……
もう、大切な人を失いたく無かったから……
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