第三話ーー晴れーー65
「ごめんね……そんな風に思わせてたんだ……」
康二は重い口を開いた。
「そんなつもりは無かったんだけどね……嫌な思いをさせちゃってごめん……」
康二は希に頭を下げた。希は康二のそんな姿を見て、慌てて言った。
「違うんです。私は康二さんを責めているわけじゃないんです。ただ、寂しいんです。どこか、よそよそしく感じてしまって……私ってまだお客さんなのかなぁって感じちゃって」
希は申し訳無さそうに言った。そして、康二の目を見て、真剣に本当に真剣に言った。
「私はさっきも言ったように康二さんにも私と同じように楽しんでもらいたいんです。一緒にはしゃいでもらいたいんです」
「うん……」
「私なんかじゃ役不足なのはわかっています。康二さんより年下だし、経験も全く無いし、教わる事ばかりだし……迷惑ばかりかけてるし……康二さんにとっては面白くもなんとも無いかもしれませんけど……」
康二は慌てて首を振って答えた。
「そんな事ないよ。希ちゃんといると楽しいよ。僕は感情を出すのが下手だから上手く伝わっていないかもしれないけど……」
そう言うと康二は下を向いてしまった。希も康二のこういう所を知らないわけでは無い。祐介や遥子との話の中の節々で感じていた。
そしてそれが、心の大きな傷が原因だと言う事も……
希もつい最近までは自分の感情を表に出さないように生きて来た。自分を殺して人に合わせることが良好な人間関係の為には必要な事だと自分に言い聞かせて来た。
だから康二の事を理解する事が出来た。
だが、あの雨の日、康二と出会い、本気で怒ってくれるオヤジさんと出会い、本気で心配してくれる祐介や遥子と出会ってから変わり始めた。変わろうと思った。
希は大きく深呼吸をして、康二に言った。
「私、あの雨の日に康二さんと出会って、本当に良かったと思っているんです。たくさんバイクの事を教えて貰って、素敵な人達と出会えたし、バイクも、毎日乗るのが楽しくて仕方がないんです」
康二は俯きながら小さな声で言った。
「そっか……良かった……なのかな……?」
自信無さげな康二を見て希がキッパリと言った。
「はい!良かったです!私に変わるきっかけをくれたんですから」
「変わる?」
康二は希に聞いた。
康二からすれば、若い希はキラキラと輝いていて眩しく見えた。だから、康二は希に対して、引け目を感じていたのだろう。
今回のツーリングにしてもそうだった。
こんなおじさんと一緒で良いのかと。
希には年相応の相手がいるはずだと……
そんな康二から眩しく輝いて見える希が、何を変わる必要があるのだろう?
康二は希から変わると言う言葉が出た事が不思議に思えた。
「私、今まで、人に嫌われたく無いから、無理に人に合わせて、人に流されてばかりだったんです。バイクにしてもそうです。言われるがままに免許を取って、言われるがままにバイクに乗り始めました。そうすれば近づけると思ったから……」
康二は希の話を黙って聞いていた。
「でも、近づけなかった。私はただのみそっかすでしか無かったんです。だから、バイクも正直言って楽しくありませんでした。一生懸命バイトして買ったけど、愛着が湧かなかったんです。だから、おじさんや祐介さんに言われてもしょうがないんです。だってその通りなんですから……」
康二は黙って希を見つめていた。
希は続けて話した。
「だけど、皆さんを見て思ったんです。本当にバイクの事が好きなんだなぁって……自分が好きなものを当たり前のように言えるのが、私にはすごくカッコよかったんです。私もそうなりたいって思ったんです。バイクを好きになりたかったんです」
「そっか……」
康二は小さな声で呟いた。どんな理由であれ、どんな形であれ、希は自分で変わる事を選んだのだ。誰がそんな希を非難できようか?希は自分で選び前に進む事を選んだのだ。
希ちゃん、やっぱり強いな……
康二は希の話を聞いてそう思った。
それに比べて僕は何をやってるんだろうな……
康二は、あの日以来、自分が前に進む事が出来ない事を嫌と言う程、自覚していた。
周りの人間から見たら、そういう風には見えないかもしれない。康二は、あの日の悲しい出来事から立ち直ったのだと見えるかもしれない。だが、それは康二が周りを心配させないように取り繕っているだけだ。
康二は決してあの日の事を忘れる事は出来ない……忘れようとはしない……自分に刻み込まれた深い深い傷……それが康二の枷になり、いつまでも縛り付けていても、康二はそれを甘んじて受け続けると決めたのだ……
それが兄康一との、唯一残った絆だから……
悲しい悲しい絆……
だが、康二はそれで良いのだと思っていた。それが自分の贖罪だと思い込んでいた……
康二が希を眩しく感じたのは、もちろん希の若さ溢れるエネルギーを感じたのもあるが、それ以上に、前に進もうとする強さに、康二が憧れたからかもしれない。
希はイタズラっぼく笑いながら言った。
「康二さん、私に言ってくれたの覚えてます?」
「なんか言ったっけ?」
康二はとぼけて答えた。
康二が、あの時希に望んだ事……それは一つしかない。
「ひど〜い。あの一言がきっかけなのに〜」
希は膨れて言った。
「あの日、私を送ってくれた日、康二さんは私に、出来ればバイクを降りないで欲しいって言ってくれたんですよ。私、その一言で、バイクに乗り続けようって決めたんですから……」
「ほんとに?」
康二が望んだ事とは言え、改めて言われると、なんとも言えない気持ちになった。
「だから、康二さんには責任があるんですよ」
「責任!?」
次回の更新は28日となります




