第三話ーー晴れーー63
康二さんの事、みんな見てる……
希は、そう思って康二の背中を見ていた。心なしか、康二の背中からイヤイヤオーラが見えた気がした。
やっぱり、こういうの苦手なのかな……裕介さんや遥子さんの言った通りだ。
希は康二のイヤイヤオーラが出ている背中を見ておかしくなっていた。事前にお節介にも二人が希に康二の取り扱い説明をレクチャーしていたからだ。
康二は、バイクが集まっている公園横を通り過ぎ、そのまま直進し続けると大きな駐車場が見えてきた。ここは、江ノ島入り口の駐車場に比べると、止まっている車の台数も少なく、穴場感があった。
康二は、駐車場の手前で止まると、希の元に向かって言った。
「あそこの駐車場に止めるからね。入り口がゲートになってるけど、僕が後ろに付くから、焦らないで良いからね。駐車券取ったら、中で待ってて」
これも康二の希に対する気遣いだった。
バイクにとっては、この駐車場のチケットを受け取ると言うだけでも、慣れていなければ大変な事なのだ。何せ、バイクは両手、両足を使って運転する代物だ。チケットを受け取るだけでも片腕が使えなくなり、スタートさえできなくなってしまう。
スムーズにゲートを抜ける為には、チケットを受け取り、素早く保管する為にポケットなりに仕舞わなければならない。これだけでも焦るのに、その上初心者には、後ろにいるクルマの存在もますます焦らせる要因になるだろう。焦った挙句、ここでパニックになってしまって、チケットを落としでもしようものならますます大変な事になってしまう。
これは、高速道路の料金所でも同じだ。いや、ETCの無かった時代の料金所は、バイク乗りにとって鬼門とも言えた。
最近は、駐車場も、バイクとクルマのゲートが別れている所もあり、そう言うところでは、多少の安心感もあるのだが……このゲートという代物は、バイクにとって面倒臭い物である事に変わりはない。
康二は、希に焦らずにゲートを通って貰いたいと言う事もあり、希の後ろでガードをする役目を買って出たのだ。少なくとも希は後ろに康二がいる安心感から、焦らずにゲートを通る事が出来た。
これも、過保護な康二だからする事で、裕介は、全くそんな気遣いを見せない。
まだ、康二がバイクに乗り初めた頃に、料金所で何度パニックになっても、笑って見ているだけだった。康二は何度、裕介を恨んだ事だろう。しかし、どんなに康二に恨まれても裕介はただ一言、康二に言ったものだ。
「慣れだよ、慣れ」
これと、同じ事を遥子も言われている。
裕介に比べると、若干、康一の方が優しい所があったが、裕介も康一も「慣れ」の一言で済まして、必要以上に助けたりはしないスパルタだったのだ。
駐車場の中で希が康二を待っていると、康二がチケットを受け取り中に入って来た。康二は希の隣に止めると、
「あそこにバイクの駐輪場所があるから、あそこに行こう」
そう言って、希を先導しながらバイクの駐輪場に向かった。
二人は並べてバイクを停めた。康二が一吹かししてエンジンを来ると、希も同じようにエンジンを一吹かししてエンジンを切った。
なんだか、こうして見ると私もいっぱしのバイク乗りになったみたい。
希はそう思うと少しおかしくなった
康二は、バイクを降りると、ヘルメットを脱いで希に手を出した。希もごく自然に康二に自分のヘルメットを手渡した。
希は康二が、ヘルメットホルダーに二人のヘルメットをつけるのを見ながら思った。
なんだか、これも普通になったなぁ。ちょっと、嬉しいかも……そうだ!
希は、スマホを取り出し、二人のヘルメットが括り付けられてる康二の「赤べこ」に向けた。
「うん?どうしたの?急に」
康二が不思議そうに希に聞くと、希は笑いながら答えた。
「康二さんとの初めてのツーリングの記念です!!」
そう言いながら、シャッターを切る希を康二は笑顔で見ていた。
「そうだ!後で、二人で撮りましょうよ」
「えっ!?」
希が、笑顔で康二に言うと、康二は少し謙遜して答えた。
「こんなおじさんと撮っても面白くないよ?」
すると、希は少し膨れて答えた。
「そんな事ないです!康二さんと初めてのツーリングなんだから、記念に撮っておきたいんです!」
康二が戸惑っていると、希は続けた。
「せっかく江ノ島に来たんだから、海バックが良いですよねぇ」
希がそう言うと、康二は、防波堤を指差して言った。
「あの防波堤を上がれば、すぐ海だよ」
「やった!そこで二人で撮りましょうよ!」
希は、照れている康二を促して言った。
「早く!早く!」
康二は戸惑いながら、希と一緒に防波堤を上がる階段へ向かいながら、思った。
やっぱり若いからかなぁ……
康二は希の、こういう屈託の無さが羨ましかった。
二人が防波堤に上がる階段を上がると、少しずつ波の音が聞こえてきた。
「波の音が聞こえる!潮の匂いだ!」
希は興奮を隠せなかった。
希の実家も海に程近いせいか、どこか懐かしさも感じていたのだ。
希は階段を上がると、目の前に広がる海を見て、思わず声を上げた。
「気持ち良い!最高!」
康二は、そんな希を笑顔で見ていた。
良かった……喜んでくれてるみたいだ……
康二は希が楽しんでいるのか、どうしても自信が持てなかったのだ。ましてや、希は年頃の若い女の子だ。朴念仁の康二には、そんな年頃の女の子の気持ちなんてわかるはずもなかったし分かろうともしなかった。自分とは世界が違うと思っていたし、関わる事も無いと思っていたからだ。
だから、普段だったら、そんな事を気にもしないのだが、今回ばかりは何故か、希がこのツーリングを楽しんでいるのか気になって仕方がなかった。
そして、希のはしゃいでいる姿を見て、安心するのと同時に、康二自身も、心の底から嬉しかった。
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