第三話ーー晴れーー62
「さてと、行くかな」
康二は、意を決してバイクの元に向かおうとすると、さっきのおばさんがまた声をかけてきた。
「何処まで行くの?」
「うーん、今日は大阪近くまで行ければとは思ってるんですけどねぇ」
おばさんは、また呆れ顔で言った。
「こんな雨の中危ないよ。宿でも取ってあるの?」
康二は首を振って答えた。
「何にも決めてないです。本当に行き当たりばったりなんで」
おばさんはますます呆れていた。
「ちょっと待ってて」
おばさんはそう言うと、店の奥に行ってしまった。
泊まる所あると良いなぁ。あったかい風呂に入りたい……こんな雨の中走るの、挫けるなぁ……やっぱり一日延ばせば良かったかなぁ……
康二はそう思っていた。外を眺めながらおばさんを待っていると、おばさんがメモ書きを持ってやって来た。
「ほれ」
おばさんはそう言うと、康二にメモ書きを手渡した。
康二は、おばさんから手渡されたメモを見ると、驚いておばさんを見た。そのメモには、宿の名前と住所と電話番号が書いてある。
「今日はここに泊まりな。これ以上はこの雨の中危ないよ。向こうに着いても泊まる所も無いんだったら、今日ここで泊まった方が良いよ。天気予報じゃ、明日は晴れるって言ってるから」
康二が戸惑っていると、おばさんが笑いながら言った。
「ここ、私の知り合いがやってるから。さっき電話したら今日は空いてるって言うし、安くしてくれるって言ってたから。悪いことは言わない、今日の所はあったかい風呂にでも入って休みな」
「そんな、悪いです」
康二がそう言うと、おばさんは笑って答えた。
「あんた、さっきまで死んだような顔してたよ。私も人の親だ。そんな顔した子を送り出せる訳ないよ。あんたが私の息子だったら、引っ叩いてもやめさせるさ」
康二は、黙っておばさんの書いてくれたメモを見つめ、涙を堪えながらおばさんの話を聞いていた。今日、知り合ったばかりなのに、ここまで心配してくれている。このおばさんの優しさが康二の心を温かくしてくれた。
「男の子だから、多少の無茶は良いかもしれないけど、それも命あってのものだろ?」
命あってのもの……
その言葉を聞いて、康二は、兄、康一の事を思い出した。
「おばさんのお節介だと思ってさ。今日はそこに泊まりな。大浴場があるから気持ち良いよ」
おばさんはそう言うと、とびきり素敵な笑顔を康二に向けた。
「あ、ありがとうございます」
康二は、おばさんの優しさに心から感謝をして頭を下げた。
「良いよ、良いよ。あんた携帯くらい持ってるだろ?この道をまっすぐ行けば、看板がでてるからすぐわかると思うけど、わかんなかったら電話して聞きな。話は通ってるから」
「ありがとうございます。甘えさせていただきます」
康二は、涙を堪えながらおばさんに言った。おばさんはそんな康二を笑顔で見ていた。
「じゃ、気をつけて行くんだよ」
そう言うと、おばさんはまた店の中に戻ってしまった。康二は、おばさんの後ろ姿に、また頭を下げた。
康二は、その時のうどんの美味しさとおばさんの優しさを、何十年も経った今でも忘れられない。あれ以上のうどんの味を味わった事が無い。
空腹は最高の調味料……
この話は極端な話だ。ただ、印象に残った食事は思い出と共にずっと残り続ける。康二は、希にそんなご飯を食べて欲しかった。それも旅の醍醐味の一つだから。どんなに短い旅でも、そんな醍醐味を味わってもらいたかった。
だけど、あんな無茶はさせられないよな……
康二は、そんな事を思いながら一人、ヘルメットの中で苦笑していた。
この時のツーリングの話、いつか希ちゃんに出来たらいいな。
康二はそう思っていた。
二人は、左側にある大きな駐車場を横目に進んだ。すると、すぐ右側にバイクが集まっている公園のロータリーが見えた。
すごい!こんなに集まってるなんて……
希は集まっているバイクの台数を見て驚いていた。そこには色とりどりのバイクが集まっていた。中には康二と同じような、いわゆる旧車と言われる物もある。
バイクのオーナー達は、思い思いに談笑をしていた。そこに康二が通りかかるや、皆、康二に視線を移した。
ここでも康二のバイクは注目を集めていた。決して康二は注目を集める事を望んでいるわけではない。出来れば、目立ちたくないのだが、それは仕方がない。ここまで綺麗に乗っている「赤べこ」は、やはり注目されてしまうのだ。
康二は、こういう人が集まるところに来ると、必ずと言って良いほど声をかけられる。
「綺麗に乗ってますね」「高かったでしょ?」「どれくらい古いバイクなんですか?」「維持費が大変でしょう?」「壊れませんか?」
そう言う事にいちいち応えるのが、康二には苦痛で仕方がない。
もし、ここに裕介や遥子、ペンキ屋やヤブ、灯達と来るとどうなるだろう?
康二はそんな事を考えたくも無かった。
裕介さんなんかは大喜びしそうだけどな……
元々が目立ちたがり屋の裕介はそうかもしれないが、逆にメンバー連中は不思議に思うだろう。
なんで、こんなこと聞かれるの?と……
彼らは、希少性や、価値なんか関係ない。ただ好きなバイクを乗り続けているだけなのだから……
もちろん、古いバイクなのだから日頃のメンテナンスは欠かせないし、パーツがなかなか手に入らないなどのそれなりの苦労もある。だが、だからと言って特別な事をしているつもりは全くないのだ。乗り続けたいから、面倒を見る。当たり前の事を当たり前にしているだけなのだ。
次回の更新は17日となります




