第三話ーー晴れーー61
腰越海岸に入る岬を越えると、江ノ島のシンボル、江ノ島展望灯台、シーキャンドルが見えた。
シーキャンドルに火が灯ると、本当にロウソクのように見える。この景色も江ノ島を象徴するものだ。
江ノ島が近づいて来て、希はますますテンションが上がっていた。
もう少しだ!なんか、楽しくてあっという間だったな……
二人は腰越海岸の砂浜を横目に、渋滞の為にゆっくりだが確実に目的地である江ノ島に進んでいた。
すると、行き先案内標識が見えてきた。この先を左折すれば江ノ島だ。
標識を過ぎると、今まで1車線だった国道134号は右折車線との2車線になった。片瀬東浜の交差点だ。
康二は、左側の直進車線に入り、希もその後に続いた。交差点を過ぎると、また1車線に戻ったが、すぐに車線の数が増えて2車線になった。
康二は、そのまま増えた一番左側の車線に入り、少ししたら、左のウインカーを出した。江ノ島入り口の交差点を左折すると、江ノ島に続く江ノ島大橋だ。
希は、康二に続いて江ノ島大橋に入ると、テンションが最高潮に達していた。
うわっ!目の前に江ノ島だ!うわっ!両側が海だ!!海の風が気持ち良い!
江ノ島大橋を渡ると、道は緩やかにカーブし、康二達は道なりに進んだ。右側には、名物の海産物を売りにした飲食店が立ち並んでいた。さすがに休日という事もあり、数多くの人が思い思いに、飲食店を覗いていた。浜焼きの良い匂いが二人の鼻をくすぐる。
ああ、良い匂い……お腹すいたぁ。
もうお昼も過ぎている。朝から、プリンしか食べていないのだ。お腹も減るだろう。その上、この匂いだ。そう思うのも仕方がない。それだけ、この浜焼きの匂いというのは、魅力的なのだ。もちろん、康二もそう思いながら走っていた。
康二的にはより美味しく、江ノ島の名物である海産物を食べたいと思っていたから、休憩中も軽食を取らなかったという思いもあった。
空腹は最高の調味料。
康二は、長年のツーリング経験で、それを、身を持って経験していた。
まだ、康二が学生だった頃、一週間の計画で、ロングツーリングに出た日の事だ。出発の日は生憎の雨模様で、康二は出発を延期しようかとも考えていたのだが、ここで、出発を1日延期すると行程がキツくなる。学生とはいえ、親からの援助を極力断っていた康二は、複数のバイトを掛け持ちしていたし、そのバイトも無理を言って、やっと一週間休みをもらったのだ。1日たりとも無駄には出来ない。
康二は、雨の中、出発する事を選んだ。
その時の道程は、高速道路を使わずに四国まで行く事だった。
晴れていれば、初日の目的地である大阪近辺まで、康二にとっては、さほど苦になる距離でもない。それまでも何回も行った事もある。
ただ、雨の中を走るとなると、話はガラリと変わる。何度も言うが、バイクは不安定な乗り物だ。ましてや、雨の中を走るともなれば、通常の倍以上神経を使う。
そんな中、康二は予定した目的地まで食事も取らずにひたすら突き進んだ。
目的地と言っても宿を取っている訳では無いし、どこまでと明確に決めている訳でもない。ただ、初日は大阪まで行こうと決めていただけだ。宿は、その場で探せば良いし、最悪、野宿も辞さないつもりでもいた。男一人、なんとでもなると思っていたし、今までもそうしていた。
だが、今回は早く宿を確保したいと思っていた。
雨の中の長距離走行は、心身ともに消耗する……
康二は、半ば後悔しながら走り続けていた。
だが…………
長い静岡県を抜け、愛知県を抜けた頃、康二の身体に異変が現れた。
もう、辺りも暗くなり、暗い峠道を走っていた時の事だ。自分が何処を走っているのか、判断がつかなくなってきたのだ。
このままだとヤバいな……
そう思った康二は、とりあえず灯が付いているドライブインに入り、休憩を取る事にした。
当時は「道の駅」なんてものは無い。その代わりに長距離トラック相手のドライブインが街道沿いに点在していて、康二はツーリングの際に良く利用していた。
康二は、ドライブインに入り、一息付くと、軽く食事をとる事にした。
立ち食いそばのスタンドがあったので、そこで温かいうどんを注文した。雨の中を走り続けてきたのだ。いくら初夏とは言っても身体が冷え切っている。少しでも温かいものをと身体が求めていたのだ。
注文をしていたうどんを受け取る時に店のおばさんが康二に聞いた。
「この雨の中、何処から来たの?」
康二は、温かいうどんを受け取り、笑いながら答えた。
「東京です」
「えっ!!この雨の中かい?」
おばさんが驚いて聞くと、康二は笑顔で答えた。
「はい。東京からずっと雨でした」
「はぁ〜よくやるわね……」
おばさんが半ば呆れた顔で言った。
康二は、受け取った温かいうどんを啜りはじめた。
美味い!!
今まで食べた事が無いほど、美味かった。高級でも何でもない。ただの立ち食いそばのスタンドのうどんである。ただ、その時の康二には他の今まで食べた何よりも美味しく感じた。
身体の隅々にまで、うどんの温かさが染み渡る。康二は涙が出そうだった。張り詰めていた気持ちが解されていくのを感じていた。
康二は、一気に温かいうどんをかき込んだ。
美味かったぁ。
一気に食べ終えると康二は身体が温まるのを感じていた。
康二は、一息付くと、食べ終えた食器を持って行った。すると、さっきのおばさんがまた声をかけてきた。
「おいしかったかい?」
康二は笑顔で答えた。
「はい。今まで食べたうどんの中で一番美味しかったです。ご馳走様でした」
康二の嬉しそうな顔を見ておばさんも嬉しそうだった。
外は雨足は弱ってはいるが、まだ降っている。
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