第三話ーー晴れーー60
渋滞の車列がノロノロと進んでいるうちに稲村ヶ崎に差し掛かった。すると、康二は希に声をかけた。
「ここが、稲村ヶ崎だよ。サザンの「稲村ジェーン」でも有名だし、歌にも出てくる。ここは、夕日と富士山と江ノ島が見える絶景ポイントでもあるんだよね。冬の夕日は空気が澄んでるから綺麗だよ」
康二の話を聞いて、希は目を輝かせて言った。
「絶景!見てみたいです!」
「うん、帰りに時間があったら寄ってみようか?」
「はい!」
稲村ヶ崎を降ると、七里ヶ浜が広がっていた。相変わらず渋滞は続いているが、二人は全く苦にしていなかった。逆に話す時間が増えた分楽しかった。
七里ヶ浜を横目にしばらく進むと、右手に江ノ電が見えた。
「わっ!江ノ電!!」
希は思わず声を上げた。
雑誌やテレビで見た光景の中に自分がいる。それも車や電車で連れて来て貰ったわけではなく、自分が運転するバイクでこの風景の一部になっている事が嬉しくて仕方が無かった。
バイクって楽しい!!
希は改めてそう思っていた。
普段の何気ない街の風景でも、バイクに乗っていると違って見えるのに、こういう所に来ると、もっと特別に見える……きっと、康二さんはこう言うのが好きなのかもしれないのかな……
希がそう思っていると、康二が話しかけた。
「もう少し走ると『聖地』になっちゃった『鎌倉高校前駅』だよ。最近は海外からの観光客が多すぎて問題になってるけどね……残念だけど……」
希もテレビで見てその問題は知っていた。海外の人が日本に来て、日本を好きになってくれるのは嬉しいし、良いことだとは思うが、問題になるのは悲しいと、希なりに思っていた。
康二もそれに関しては、ツーリングをする度に思っていた。最近はどこに出かけても外国人の観光客を見かける。別に康二は外国人観光客がたくさん居ようが、あまり気にもしていないが、一度だけ嫌な思いをした事があった。
それは、ソロツーリング中、神社、仏閣が好きな康二は、ある神社に立ち寄り、バイクを駐車場に止めてから、ひとしきり神社を参拝し見て回って駐車場に帰ってきた時の事だった。
アジア系の観光客が、康二の「赤べこ」の周りに群がっていて、あろう事か、勝手に跨って写真を撮っていたのだ。
流石の康二もこの時ばかりは、頭に血が上った。
「勝手に俺のバイクに何してんだ!!!」
康二が怒鳴って、その場に駆け寄ると、そのアジア系の観光客達は、言葉がわからないのか、謝罪をするでもなくニヤニヤしながらその場を離れていった(これ、実話です。筆者がやられました。筆者の場合、ケンカ寸前まで行きましたが……)
康二は、その時から外国人観光客、細かく言えば、その時の観光客の言葉から想像がつくアジアの大陸系の観光客が嫌いになった。
嫌いになったとは言え、康二自身、彼らに対して何か行動をするわけでもないが、極力、彼らが集まるような所へは行かなくなった。無用なトラブルを避けるためだ。
文化も環境も何もかもが違う外国人だから仕方が無いと言う人もいるかもしれない。こう言った外国人ばかりでは無いと言うかもしれない。
しかし、こう言ったトラブルは、文化や環境の違い以前の問題では無いかと康二は思っている。単純に「人の物を盗らない、触らない、傷つけない」と言う、マナー以前の人間として当たり前の事では無いだろうかと思っている。
旅先で気が大きくなっているのかもしれない……
しかし、なぜそれを我々が気を使わなければならないか康二は理解に苦しんでいる。ましてや「聖地」と勝手に崇められて勝手に訪れては付近住民の静かだった日常生活を乱すことを、どう考えても肯定する訳には行かないだろう。
こう言った問題は、ここ「鎌倉高校前」だけではなく、日本全国にあるはずだ。迷惑を被っている地元住民は数えきれないほどいるはずだ。その反面、観光客が訪れて地域が経済的に潤う面もある。それに、この国の国民として外国人にこの国を理解し、好きになってもらいたいと言う思いもある。
だからこそ、このオーバーツーリズム問題は根が深いと言わざるを得ないのだ。
「郷に入りては郷に従え」日本には良い諺があるものだ……
康二はそう思っていた。
決して康二は、外国人を差別するわけでも、排斥したいわけでもないし、そう言った思想もない。ただマナーを守って共存出来ればと思っているのだ。
ただ、康二はそういった良くない観光客を反面教師として、ツーリング先では、せめて自分だけでもと以前にも増してマナーを守るようになった。
「人のふりみて我がふり直せ」だ……
ノロノロと渋滞が続く中、その問題の「鎌倉高校前」駅に近づいて来た。チラホラと浴衣を着た外国人観光客の姿が見えてきた。
「なんか、凄いですね……」
希が康二に言った。
「うん、凄いね……」
康二も呟いた。
「鎌倉高校前」横の踏切で、観光客が思い思いに記念写真を撮っていた。中には、車道に出て写真を撮っている者もいる。今日は休日なので、中には日本人も数多くいるだろう。
「この駅のシチュエーションは憧れますけど、これだとちょっと引いちゃいますね……」
希が呟いた。
「うん、そうだね……」
康二も呟いた。
この光景が一過性のブームで終わるのか、これからも続くのかわからない……ただ、ブームであれ、何であれ、ここで日常生活を送っている人がいるのだ。毎日、通学している学生達がいるのだ。
康二は、そう言った人達が嫌な思いをしないように祈るしか無かった。
「鎌倉高校」を横目に過ぎると、渋滞も徐々に流れ始めた。とは言ってもSTOP&GOでは無くなった程度で、低速走行なのは変わらないが、先程に比べると幾分進んでいると実感できた。
並走していた江ノ電が、内陸部の方に向かうと、国道134号は緩いカーブを曲がり腰越海岸に入る。
ここまで来ると、もう江ノ島は目と鼻の先だ。
次回の更新は10日となります




