第三話ーー晴れーー59
「ヘックショイ!!」
「くしゅん!」
信号待ちをしている康二と希は同時にくしゃみをした。
「何だろ?花粉かな?」
希が不思議そうに言うと、康二が訝しげな顔で言った。
「いや、あの人達が噂してるんだと思う……」
「まさかぁ」
希がそう言うと、真顔で康二が答えた。
「いや、あの人達だったら有り得るんだよ。けど、信号待ちで良かった。走ってる時だったら大変だったよ」
「ほんとですよねぇ」
信号が青に変わり、二人は走り始めた。
「何それ?康二ってやっぱり呆れるくらい康二なんだな……」
ペンキ屋が呆れて言うと、裕介と遥子も笑っていた。
「けどさ、康二クンなりに一生懸命考えた結果なんだろうけどさ、普通、やらないよね」
遥子がそう言うと、裕介も続けて言った。
「だよな。希ちゃんが良い子だったから良かったけど、悪用されるとか考えないのかね?」
「だから、康二なんだよ」
ペンキ屋が笑いながら答えた。
「だけどさ、ああ見えて希ちゃんも天然だからねぇ」
遥子がそう言うと、裕介が笑って言った。
「確かにな。結構ボケボケな所あるな」
「きっとさ、ペンキ屋に会ってペイント頼んだ事も康二くんに言っちゃってるよ。サプライズにも何にもなんない」
遥子が笑って言うと、ペンキ屋が笑って答えた。
「なんか、結局さ、あの二人って似てる所あるよね?」
なんか、まだ鼻がムズムズするな……
康二はそう思いながら走っていた。
きっと、僕たちの事でもネタにしてんだろ……
材木座海岸を横に向けて少し走ると、滑川の三叉路だ。ここを右に曲がると、鶴岡八幡宮までまっすぐに、参道である若宮大路が続き、鎌倉駅を含めた鎌倉の中心に入る。
この三叉路の信号で止まると、康二は希に声をかけた。
「ここを右に向かうと、鶴岡八幡宮だよ。鎌倉駅とか、小町通りとか、観光の中心に入る。通りに鳥居があって、雰囲気がなんか良いんだよね」
康二がそう言うと、希は感心して言った。
「へぇ、やっぱり鎌倉って素敵ですねぇ。海がこんなに近いし、雰囲気も凄く良いし……」
「良い街なんだけどねぇ。渋滞さえ無ければね……」
康二がそう言うと、信号が青に変わり、二人はバイクを静かにスタートさせた。
由比ヶ浜を左手に見ながら、二人は海岸線に沿って、順調にバイクを走らせていた。
希は初めて見る景色に興奮が抑えられなかった。
すごい、すごい、すごい!!!みんな、マリンスポーツやってる!!!海がこんなに身近なんて、すごい!!!
確かに、こんなにマリンスポーツが身近に感じられる街は、なかなか無いだろう。湘南には、ヨットハーバーだけでも大小合わせて数多くあるのだ。歩道には、サーフボードを抱えたサーファーの姿が当たり前の光景になっているし、海を見ればセーリングを楽しんでいる人々が、色とりどりの帆を広げていた。そういった、風景と街の雰囲気も合わせて、やはりこの街は特別なのだ。
由比ヶ浜を越えると、少し上り稲村ヶ崎に入る。上りから降り始めると、海岸の先には、江ノ島が見えるはずだが……
やっぱり……
渋滞だった……
江ノ島まであと5km程なのだが、車列が長く続いていた。
康二は渋滞の車列に続いて止まると希に声をかけた。
「やっぱり渋滞だったねぇ。あと、少しだったのに……」
すると、希は笑顔で答えた。
「渋滞は渋滞で楽しいですよ?ゆっくり周りを見れますし、それに……」
希はそう言うと、少し言い淀んだ。
希としては、もう少しこのまま楽しい時間が続いて欲しいと思っていたのだ。もちろん、まだ二人で過ごす時間はたっぷりある、しかし、今、この時間、二人でバイクに乗っている時間、この瞬間がもっと続いて欲しいと希は思っていたのだ。
「それに?」
康二が聞き返すと、希は首を振って慌てて答えた。
「いいえ、なんでも無いです」
「?」
相変わらず女心がわからない康二だった……
渋滞はノロノロと動いてはいるが、この速度がバイクには結構キツい。
オートマの車と違い、スクーターならいざ知らず、バイクはアクセルを開けただけで前に進むわけでは無いからだ。当たり前の話だが、クラッチ操作が必要となる。これが、低速で断続的なクラッチ操作ともなると、握力がそれなりに必要となってくる。
希のような最新のバイクだと、クラッチは軽くできているが、康二の「赤べこ」のような旧型車ともなると、それなりに重い。もちろん康二は、このクラッチの重さに慣れてはいるが、なるべくなら、こういった渋滞を避けたいのも本音である。
それに、真夏ともなると、大きなストーブを抱えているようなものである。アスファルトの反射熱とエンジンの放熱のおかげで、地獄のような暑さとなる。
何よりも、単純に気持ち良く走れない。単純なだけに多くのライダー、いやライダーだけではなく、ドライバーもそう思っている事だろう。
渋滞は、無駄に時間を浪費し、疲労感が増していく。良いことなぞ一つもない。
だから、康二は人混みが嫌いな性格も相まって、遥子曰く人が少なく渋滞の無い「マニアックな所」へ好んで行くのだ。
せっかくのツーリングなのにつまらない思いをしたくはないのだ。気持ち良くバイクを走らせたいのだ。
本当だったら、今回も康二としては人がたくさん集まる湘南、江ノ島は避けたかった。
ただ、裕介や遥子に諭されて来てみると、案外悪くは無いとも思っていた。
希の為に下見までして、希が楽しめるようにルートを考え、希が喜んでくれている姿を見るのが嬉しかったし楽しかった。
そっか……一緒に走る人でこんなにも印象って変わるんだな……
康二は、今更ながらそう思っていた。
渋滞でも楽しい……
そう言ったヘルメットの奥に見えた希の笑顔を思い出していた。
「あっ!康二さん!!江ノ島が見えましたよ!!!」
希は車列の先に見えた江ノ島を見つけて嬉しそうに声を上げた。
渋滞もそんなに悪くは無いね……
康二は希の嬉しそうな姿を見てそう思った。
次回の更新は07日となります




