第三話ーー晴れーー58
「二人で、大声で泣きながら一晩中走って、うちに帰ったら、遥子と親父が待っててくれたんだ……遥子なんて目を真っ赤にして、俺たちにコーヒー入れてくれてさ」
ペンキ屋は黙って聞いていた。
「その時から、俺は康二の兄貴になるって決めたんだ。多分遥子も同じだろ?」
遥子は、黙って頷いた。
「そうは言ってもな……俺たちはもっと康二に対して残酷な事をしてるかもしれないんだよ」
「どう言うこと?」
ペンキ屋が聞いた。
「さっき言ったろ?俺らが、アイツを弟だって言ってても実は康一の代わりを求めてたって……」
「うん……」
「康二が康一の赤べこに乗るって言った時さ、俺嬉しかったんだよ……遥子は嫌がってたな」
「だって、コウちゃん思い出しちゃうんだもん」
遥子がそう答えると、裕介が続けた。
「俺は逆でさ、また康一と走れるって思っちゃったんだよな……あの赤べこ、俺と康一で組み上げたバイクだしさ……康二は康一じゃ無いのにな……俺は、康二で康一の分を埋めようとしたんだよ……」
「そう言う意味では、私も同じだよ……康二クンが美味しそうにチーズケーキ食べるのを見てるとさ、コウちゃんみたいでさ……だから、康二クンがここに来ると必ず出しちゃうし、コウちゃんと同じように試作品食べさせたりさ、仕入れ一緒に行ったりしたもん。みんなコウちゃんとやってた事、代わりに康二クンとやってた」
遥子は涙ぐんでいた。
「康二は、俺らのそんな思いをわかってたんだと思うよ。何にも言わないで康一の代わりをやってくれてたんだ。俺たちに寂しい思いをさせないためにさ……アイツ……ずっと、あの事故を自分のせいだって思ってるからさ……バカだよなぁ……アイツ……ほんと康一によく似てんだわ、そう言う優しいとこ……だから、知らず知らずのうちに俺ら甘えちまってたんだ……それで良いんだって思ってたんだ……」
「悲しいね……」
ペンキ屋は呟いた。
「ああ、悲しい思いをさせちまってた……」
裕介がそう答えるとペンキ屋が強く言った。
「違うよ!俺が悲しいって言ったのは、裕介さんも姉御も康二もオヤジさんもヤブも僕も……みんな悲しいって言ったんだ。今でもみんな康一さんを忘れられないんだよ!康一さんが大きすぎたんだよ!」
ペンキ屋は目に涙を浮かべていた。
「僕も、今でも康一さんのことを思い出す……康一さんがしてくれた事、言ってくれた事、忘れられるわけがない。あんなに僕の事を思ってくれた人いなかった……」
「オマエ……康一の事……」
裕介がペンキ屋の顔を見て言った。
「うん、好きだった……好きだったんだよ。だけどさ、そんなこと言えるわけないじゃん。康一さんは、ほんとに姉御の事、愛してたんだもん」
「そっか……お前も辛かったんだ……」
そう裕介が呟くと、ペンキ屋が言った。
「だけどね、僕にははなちゃんが居たんだ。はなちゃんが寄り添ってくれたんだ。だから僕は救われたんだ……僕は、裕介さんたちの気持ちわかるよ。だってさ、やっぱり人は、一人で生きていけないよ……悲しい時は誰かに縋りたいと思っちゃう事もあるよ……裕介さんたちが康二に甘えてたって言うけどさ、康二も裕介さん達に甘えてたんじゃないかな……裕介さんたちに、空いた気持ちを埋めてもらってたんじゃないかな……」
「…………」
「…………」
裕介と遥子二人は黙って聞いていた。
「歪な形かもしれないし、そんなのただの馴れ合いだって綺麗事言う奴もいるかもしれないけどさ。そんな奴らには言わせとけば良いんだよ。だって、ほんとに康一さんの存在は大きかったんだもん。今、3人の関係がそれで良いんだったら良いんだよ」
「オマエ、ほんとに良い奴だったんだな」
裕介がそう言って笑った。
「何、今更言ってんの?」
ペンキ屋が不満げに言った。
「いや、ほんとさ、はなちゃんのおかげだな」
「そうだよ。はなに感謝しろよ?」
遥子も笑いながら言うと、ペンキ屋は膨れて言った。
「何だよ、慰めたのにさ、酷い言いようじゃない?」
ペンキ屋がそう言うと、3人は笑い合った。
「だけどさ……」
ふと、裕介が言った。
「やっぱ、このままでいいわけじゃないんだよ。康二には康二の人生があるんだからさ……」
「そうだね……」
ペンキ屋が頷いた。
「そろそろ俺らから解放してやらなきゃなって思ってたんだよな……遥子もそう思うだろ?」
裕介が遥子に聞くと、遥子は頷いて答えた。
「うん……」
裕介はコーヒーを一口飲んで言った。
「ま、だからってわけじゃねぇけど、希ちゃんとの事あれこれ世話焼いたってのも、それが理由ってのもあるしな。遥子もだろ?遥子も希ちゃんに世話焼いてんじゃん?」
遥子は、少し考えて答えた。
「それだけじゃないけどね。希ちゃんってすごく良い子だしさ、こんな子が康二クンの彼女になったら良いなって思ったのはあるな」
「あの子、不思議な魅力あるよね?上手く言えないけどさ……自分に自信は無さそうなのに、すごく芯が強いって言うかさ」
ペンキ屋がそう言うと、裕介が言った。
「そうなんだよ。親父に怒鳴られてんのにさ、逃げねぇの。俺も結構キツいこと言ったのにさ、泣きじゃくってんのに真正面から受け止めてんだよ。普通の女の子だったら、無理だろ?いきなり、知らない大人に説教されてるんだぜ?」
「そうなんだよなぁ。私も見てたんだけどさ。この子強いなあって思ったもん。一生懸命、裕介のしょうもない説教聞いてさ」
遥子がそう言うと、裕介が膨れて言った。
「しょうもないって何だよ?」
「しょうもないだろうが!コイツ、いきなりバイク乗るかやめるかって聞いてるんだぜ?泣いてる女の子に」
「酷いね、それ」
二人がそう言うと、ますます裕介は膨れて言った。
「おいおいおいおい、ひでぇ言いようだな、ほんと。俺は、年頃の女の子だから、他にもやりたい事あるんじゃないの?って聞いただけだよ。中途半端なまんまじゃ、希ちゃんもバイクも可哀想だろ?」
「わかってるよ、お前の言いたい事なんざ」
遥子が笑いながら言った。
「だけどよ、あの子の凄いところは、そんな事があった次の日に、わざわざまた来たって事なんだよな。それもお土産持ってさ」
裕介がそう言うと、遥子が笑いながら言った。
「あれは、康二クンの天然のおかげであるけどな」
「なになに?教えてよ?」
ペンキ屋が興味津々に聞くと、裕介が笑って答えた。
「いや、実はな……」
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