第三話ーー晴れーー57
「ねぇ、姉御。康二たちの事、どう思ってるの?」
ペンキ屋が唐突に遥子に聞いた。
「うん?なんだよ?いきなり」
遥子がそういうと、ペンキ屋が言った。
「いや、康二と希ちゃんさ。うまく行くと思う?」
ペンキ屋は、自分が思っている事と、ちょっとニュアンスを変えて遥子に聞いた。
遥子は、笑いながら答えた。
「そんなのは本人同士が決める事だろ?私らがどうこう言ってもしょうがないじゃん」
遥子がそう言い終わると、店の入り口が開いた。
「いらっしゃいま……せ……って、またオマエかよ」
「なんだよ。相変わらず、酷い言いようだな」
裕介がそう言いながら入ってくると、ペンキ屋の隣に座った。
「よっぽど、店ヒマなんだな」
遥子が水を出しながら言うと、灯がやってきて裕介に聞いた。
「ねぇ、ヤブは〜?」
「あいつは、なんかナンパしに行くって、出てったよ」
すると、灯は不機嫌に呟き行ってしまった。
「あのやろぉ」
「で、なんの話ししてたの?」
裕介が遥子とペンキ屋の話に割り込むと、ペンキ屋が答えた。
「いや、康二と希ちゃんの事を姉御がどう思ってるのか聞いてたんだよ」
ペンキ屋が、またニュアンスを変えて言った。これがペンキ屋が聞きたい事だった。
「そりゃ、当人同士の問題だし、遥子がどうこう言う問題でも無いだろ?なぁ?」
裕介が遥子に言った。
「もちろんだよ」
遥子は、笑いながそうは言っていも、多少複雑な顔を見せた。もちろん、ペンキ屋は遥子のその表情を見逃さなかった。
「まあよ、複雑は複雑だけどな……」
裕介は陽子の気持ちを知ってか知らずか、呟いた。
「なんで?」
ペンキ屋は裕介に聞いた。
「康二は、あの日以来、人とあまりうまく付き合えないだろ?今までの彼女だってそうだ。アイツ、人に遠慮ばっかしてるからよ。いつも自分を犠牲にして、自分が傷付けば良いと思ってる……」
「確かにそう言うところあるよね」
ペンキ屋は頷きながら言った。
「そう言うところを、俺も遥子も、オヤジも心配してるんだけどな。けどよ、こればっかりは、どうしようも無いんだ。アイツが自分から変わらない限りはな……」
裕介は、水を一口飲んで続けた。
「だけどな……実は、俺ら、それでも良いと思ってるところもあったんだ……」
「どう言う意味?」
ペンキ屋がそう聞くと、裕介はポケットからタバコを取り出して、1本咥えた。
「禁煙だよ」
遥子が冷たくそう言うと、裕介は慌ててタバコを戻して遥子に謝った。
「あ、ごめん、ごめん」
珍しいな、裕介さんがこんなに動揺するの……
ペンキ屋がそう思うと、裕介は、落ち着きを取り戻す為か、また水を一口飲んだ。
「言いたく無いんだったら良いんだよ?」
ペンキ屋がそう言うと、裕介は笑顔で言った。
「オマエは優しいな……大丈夫だよ。大丈夫」
裕介はそう言うと、もう一度、水を飲もうとしたが、コップの中の水は空だった。
遥子は、それを見ると黙ってコップに水を注いだ。
「康一がいなくなってから……いや、死んでから俺たちは、康二を本当の家族のように思って来たんだ」
裕介が静かに語り始めた。
「うん、わかるよ。僕でも入れないと思ってたもん。ほんとに仲良いんだって思ってたもん」
ペンキ屋がそう言うと、裕介は首を振って答えた。
「いや、きっとお前が思っている以上に、俺たちは深い所でお互いを必要にしていたんだと思う」
裕介はまた水を一口飲んだ。すると、今度は遥子がコーヒーを裕介の前に置いた。
「ああ、サンキュ」
裕介は遥子が入れてくれたコーヒーを一口飲むと続けた。
「俺たちは、康二のことを弟だと思って接して来たけど、その反面、奴に康一の代わりを求めてた……そしてそれを康二は良しとしてくれてたんだ……」
遥子は何も言わず裕介の話を聞いていた。
「康二は、今でもあの時の事を後悔してる。自分がツーリングに誘わなければ、雨が降り始めた時に素直に帰れば、峠なんか行かなければ、康一の真似をしてバイクなんかに乗らなければって……」
「そんな……あれは不幸な事故だよ……誰にでも起こるかもしれない不幸な事故だ」
ペンキ屋がそう言うと、裕介が悲しい笑顔を見せて言った。
「そうだ、あれは事故だよ。だけどな、当事者の康二はそう思えないんだよ。俺たちにしてもそうさ、どうして、こんな日に行ったんだ?どうして?どうして?どうして?って……俺は今でも思い出すよ……病院で康二を問い詰めちまった事を……」
「私もそうだよ……裕介と一緒になって、康二クンを責めてた……」
遥子がボソリと呟いた。
「親父にしこたま殴られて、我に帰ってな……遥子も引っ叩かれてたな。こんな子供に何言ってんだ!一番辛いのは康二だろ!って」
「うん」
遥子が頷くとペンキ屋は裕介に聞いた。
「それで康二は?」
「ただ、ごめんって一言だけ聞こえた……葬式の時も何も話せなくてさ。そのうち、アイツはバイクに乗れなくなって引きこもりになってさ。誰とも会わなくなったんだ……」
裕介はコーヒーに口をつけた。
「あの時は、みんな悲しくて悲しくて……心にぽっかりと穴が空いちまったみたいでな。遥子なんか毎日泣いてたもんな」
「……そうだね……」
「そんでさ、俺たちがこんなに辛いんなら、康二はもっともっと辛いはずだって思ってさ。ほんと、単純なんだけどさ」
裕介が自虐的に笑うと、遥子が言った。
「単純バカだからな」
「康二をなんとかしねぇと、このままじゃ終わっちまうって考えてよ。こんな康二を康一は見たくねぇはずだって思ってさ。気がついたら、引きこもりの康二を引っ張り出して、一晩中、康二乗っけて走ってた……二人で大声で泣きながらよ」
裕介は寂しそうに言った。
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