第三話ーー晴れーー50
「ヘックション!!」
康二が大きなくしゃみをすると、希が心配そうに聞いた。
「大丈夫ですか?」
「うん?大丈夫、大丈夫。何だか先週から、くしゃみが出るんだよねぇ」
先週と言えば、康二が今回のツーリングの下見をしていた日である。そして、その日、希は遥子たちとガールズトークに花を咲かせていたのだ。
「花粉症ですかね?」
希が聞いた。
「花粉症じゃ無いんだけどなぁ」
きっと、あの人達だ……
まさにその通りである。康二の思った通りである。
「ところでどう?今日のツーリング。疲れてるとか、走りづらいとか無いかな?ペースとか早すぎない?」
康二はタバコの吸い殻を携帯灰皿に入れながら希に聞いた。一応、後ろを走っている希に注意を払ってはいるが、やはり心配なのだ。
すると、希は明るく答えた。
「もう、めちゃくちゃ楽しいです。凄く走りやすいし、いろんな物を見る余裕があります。もう、横浜の街を走るなんて初めてだから、キョロキョロしちゃいました。バイクに乗ってこんなに楽しいのは初めてかも」
「そっか、良かった」
康二は、希の反応を見てほっとしていた。それというのも今回の目的は、希にバイクの楽しさを知ってもらう為でもある。
「それに、なんか前に比べると走りやすくなっているんですよね。康二さんとおじさんに見てもらってからなんですけど……」
「うん?」
希がそう言うと、康二にはもちろん思い当たる節がある。
そういえば……
康二は、オヤジさんに言われた事を思い出していた。
「嬢ちゃんの走り、見てやれな」
こういう事ね……
オヤジさんはそう言う事はあからさまに言わない。乗り手が気がつこうが気がつくまいが、関係無いのだ。ただ走りやすく運転しやすいように、ほんのちょっとだけ手を加えるだけだ。
それにしても……それに気がつくなんて、なかなか……
康二は希に感心していた。希は今までは着いていくのが精一杯だったとは言っていたが、この、些細な違いがわかるという事はちゃんとバイクの特性を身体で理解していた証明でもある。
「なんか、やってくれました?」
希はイタズラっぽく笑いながら康二に聞いた。薄々は希も気がついているのだろう。
康二は、とぼけて答えた。
「いや、僕は何もしてないよ?オヤジさんに聞いてみたら?」
「僕は」である。オヤジさんがやっていたとは敢えてここでは言わない。直接オヤジさんに希から言った方が、オヤジさんが喜ぶと思ったからだ。
「はい。聞いてみますね」
希は笑顔で答えた。
康二は、缶コーヒーを飲み終えると、希に言った。
「そろそろ行こうか?ここからだと、渋滞の状況にもよるけど2〜3時間ってとこかな」
「はい!了解です!!」
康二は、希の手から飲み終えた缶コーヒーを受け取ると、ゴミ箱に捨て、ヘルメットフォルダーからヘルメットを外し、希に渡した。
希は康二のヘルメットをまじまじと見つめると言った。
「やっぱり、ペンキ屋さんのデザイン、カッコいいですね!康二さんに凄く似合ってます」
「ほんと?嬉しいな。それ、ペンキ屋に言ってあげると喜ぶよ」
康二が笑顔で答えると、希が言った。
「実は、遥子さんに紹介してもらって、私もお願いしてるんです」
「へえ、そっかぁ」
「はい。だけど、今のヘルメットじゃなくて新しいヘルメットを買ってからって事にして貰いました」
「何で?」
康二は、何気なく聞いた。もちろん、これは希にとってそれなりに大きい意味を持つ事を、康二は知るはずも無かった。
「気分一心って奴です」
希は、笑顔で誤魔化しながら言った。もちろん、いつもだったら、朴念仁である康二が気づくはずも無いのだが、今回は違った。希の笑顔の裏に、ちょっとした寂しさを感じていたのだ。
もちろん、敢えて康二は自分が気がついた事を聞こうともしなかった。
「だけど、新しいヘルメットとか、お金かかるけど、大丈夫?学生さんだと大変じゃない?」
康二がそう聞くと、希が笑顔で答えた。
「はい。そしたら、遥子さんがバイトで雇ってくれるって」
「マジっ!?」
康二が驚くと、希は笑いながら答えた。
「もう、先週から働いてるんですよ?康二さんとは会えていませんけど」
「いや、知らなかったなぁ。誰も何も言ってくれないんだもん。そっかぁ、毎日、オヤジさんとこ寄ってるんだけどなぁ」
康二が恐縮しながらいうと、希が言った。
「きっと、入れ違いだったんですよ。私、8時には帰りますから」
「そっか、先週、結構残業してたからなぁ。それにしてもみんな教えてくれても良いのにさぁ」
康二が悔しそうに言うと、希がまたイタズラっぽい笑顔で言った。
「どうせだったら、康二さんを驚かせようってなったんですよ。サプライズ大成功です」
「なんか、悔しいなぁ」
そう言うと、康二も笑った。
「だから、ヘルメット買う時には付き合って下さいね。一緒に選んでください」
希がちょっと照れながら言うと、康二は少し驚いて言った。
「もちろん、良いんだけど、僕なんかで良いの?遥子さんとか灯ちゃんとかいるじゃん?」
康二的には、同性同士で選んだ方が良いと思ったのだ。すると、ちょっと希が膨れて言った。
「康二さんが良いんです!!」
そう言うと、ヘルメットを被って康二を急かした。
「早く行きますよ!」
「あ、ああ」
康二は急かされて急いでヘルメットを被りながら思った。
さっきのは……どう言う意味なんだろう?
朴念仁の康二はわからないまま、バイクのエンジンをかけた。
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