第三話ーー晴れーー47
鶴見川を渡ると、古びた高架が見えた。手前の信号で止まると、康二が希に話しかけた。
「あの高架線は、JR鶴見線で、工場地帯へ行く電車」
康二は、高架下の歩道を指差して続けた。
「そして、あそこが国道駅っていうんだけど、昭和初期からある駅で、めちゃくちゃ古いんだ。今も当時の面影を残していて、駅舎のレンガには、戦争中の機銃で撃たれた跡もある。よく言えば昭和レトロって感じ?」
「へぇ、よく知ってますね。ここ普通に走ってたら見逃しちゃいますよ」
希が感心して言うと、康二が笑いながら答えた。
「乗り物が好きなんだよね。だから、こういうの詳しくなっちゃうんだ」
国道駅を過ぎると、左手側は工場地帯の埠頭が広がっている。ここは川崎よりも埠頭に近い。大きな自動車工場があり、第一京浜よりも海側を走る首都高速横羽線や湾岸線を走ると、車を積み込む大きな船を見ることが出来る。
ここまで、休日という事で物流トラックが少ない事もあり、比較的順調に進んでいた。平日は、物流の要という事もあり、交通量は多く、それなりに渋滞は覚悟しなければならないだろう。
また、一昔前の話だが、裕介達が高校生の時代は、今まで走ってきたルート、品川区、大田区、川崎、鶴見、横浜は、工業地帯という場所柄、気の荒い連中が多かった。所謂暴走族だ。深夜、この界隈を走るのは、相当勇気がいる事だったらしい。今は、そんな事も無いが……
首都高横羽線の高架下をしばらく走ると、第一京浜、国道15号の終点、国道1号との合流だ。
実際、国道1号は、この合流手前で、有料道路である横浜新道方面と分岐している。一般国道の国道1号は、横浜の街を抜けて、保土ヶ谷を通り、戸塚で横浜新道の終点で合流する。
康二は、ルートを選ぶ際に横浜の街を走るルートを悩んでいた。
実は、第一京浜国道は国道1号との合流前に直進する道路と分岐する。直進すると、みなとみらい地区から、日本大通りへ向かい赤レンガ倉庫や大桟橋、山下公園、いわゆる観光地を通る事ができる。そうすると、通るだけでは面白くない、やはり、ある程度歩いて見たくなってしまうだろう。
そうしてしまうと、本来の目的地である江ノ島への到着が遅れてしまうことになってしまう。ならば、今回はそちらへ向かわずに回避して、まずは目的地へ向かう事を選んだのだ。
そして、もう一つ、今ここで観光地(いや、デートスポットと言った方が良い)を回避した理由は、ちょっとした希へのサプライズもあった。
そのサプライズがうまく行くかどうかは、わからない……ただ、康二は希が喜んでくれればと思っていた。
康二は、横浜駅を抜けると、国道1号と別れ、国道16号に入り、桜木町方面に向かった。
わっ!横浜だ!横浜走ってる!
横浜の有名な観光地を走っているわけではないのだが、希は大興奮であった。
希にとっては、横浜と言えば、おしゃれなイメージがあり、上京してからも一度や二度ほどしか訪れた事も無く憧れの街でもあった。ましてや、自分のバイクで憧れの横浜の街を走っているのである。観光地では無い、普通の横浜の街を走っていても、希は「横浜らしさ」を感じていた。
それが、バイクでのツーリングの醍醐味の一つであった。
旅は、出発点である「点」と目的地である「点」を結ぶ事を含めて旅と言える。その点と点を結ぶ移動手段を選ぶ事でまた旅の性格も変わる。
移動時間を短くして、早く目的地に着くも良し、点と点を結ぶ線を楽しむのも良い。旅の楽しみ方は、人それぞれである。
その中でもバイクでのツーリングは、正に後者であり、他の移動手段と明らかに違うと言えるのは、その土地、その土地の空気を肌で感じる事が出来る事だ。
もちろん、車や電車での移動でも同じように感じる事が出来るという人もいるであろう。それを否定するつもりは毛頭ない。
しかし、バイクのツーリングは何かが違うのだ。
それは、二輪で走る不安定な乗り物であるせいかもしれない、ちょっとした天候に大きな影響を受けてしまう、快適性とはかけ離れた乗り物であるせいなのかもしれない。
とにかく、運転する者に対し、不便という言葉がこんなに似合う乗り物は他にはないと言えるだろう。しかし、バイクを愛するライダーは、その不便を愛し、その不便さゆえに感じる感覚がたまらなく好きなのだ。
だからこそ、バイクに乗る事自体が旅と言えるのだ。
今、希はそのツーリングの醍醐味を、身体全体で感じている。
走っている街の空気感、音、人の流れ、街並み、全てを感じている。これは車では感じる事が出来ない経験だった。希はバイクに乗って初めて、それを感じることが出来た。
それは、康二のおかげとも言える。常に希を気遣い、希に余計な不安を感じさせないように先導していた。そのおかげで希は余裕が生まれ周りを見ることが出来ていた。
それともう一つ、康二が仕掛けた細工もある。
それは、バイクにナビアプリを起動させたスマホを装着させた事だ。それのおかげで、希は自分がどこを走っているのか知ることが出来る。ただ、連れて行ってもらうのでは無く、当事者として、一緒に参加することになるのだ。現実的には康二に付いて行っているだけなのだが、気持ち的には、付いて行っているのでは無く、一緒に走っているのだ。同じ時間を共有しているのだ。
ちょっとした事だが、この気持ちの差は大きい。特に、ただ付いていく事しか出来なかった希には……
もちろん康二は、それを狙ったわけでは無い。本当に、逸れた時の事を考えての事だった。それが功を奏したという事になった。
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