第三話ーー晴れーー38
「あの、こんな事を聞いたら悪いと思うんですけど、ペンキ屋さんは女の人も好きなんですか?」
希は、思い切ってペンキ屋に疑問をぶつけてみた。
「あら、随分とストレートに聞いてくるね」
そう言って笑ったペンキ屋は続けた。
「僕が好きなのは、はなちゃんだけだよ。僕は僕が認めた美しい物しか興味が無いもん」
「何だよ、それじゃ私たちは美しくないみたいじゃんかぁ」
灯が膨れて言った。
「うーん、希ちゃんも灯ちゃんも悪くは無いんだけどねぇ。まだまだ華が無いかなぁ。もう少し大人になったらわかんないけど」
ペンキ屋が笑って言うと、遥子が言った。
「オマエ、華と『はな』をかけただろ?」
「分かっちゃった?上手でしょ?」
得意げにペンキ屋が言うと、灯が言った。
「やっぱぁ、私オマエ苦手」
灯の反応を見て希は吹き出してしまった。
そうか、灯ちゃんが苦手だって言ったのは、いつもうまくはぐらかされちゃうからなんだ……そして、それを子供扱いされてるって思ってるからなんだ……
実際、ペンキ屋は素直な灯の反応を楽しんで、事あるごとに揶揄っている。その度にムキになる灯を見ているのが楽しいのだ。
「さて、灯ちゃんを揶揄うのはここまでにして本題に戻ろうか?」
ペンキ屋は希に言った。
「どうする?僕はいつでも作業に入れるけど?」
「実は……」
希は、少し言いづらそうにペンキ屋に言った。
「まず、どれくらい費用がかかるか教えてくれませんか?私、学生なんで実はお金があまり無くて……」
「ああ、なるほど……」
ペンキ屋はそう言うと、遥子からの鋭い圧力を感じた。
「うっ……」
「どうしました?」
希が不思議そうに聞くと、ペンキ屋は引き攣りながら答えた。
「いや……うん……あの……費用は気にしないで良いよ。姉御の紹介だし……ね!」
最後の「ね!」は遥子に対して言った物だ。遥子は満足げに頷いていた。
「そんな、悪いです。ちゃんとお金払います」
希がそう言うと、遥子が笑いながら言った。
「良いんだよ。コイツがこう言ってるんだから、甘えちゃいなよ」
ペンキ屋が引きつりながら続けた。
「う、うん。そこら辺は気にしないで良いよ。じゃないと、姉御が怖いから」
「何だよ、それじゃ私が脅してるみたいじゃないか!」
遥子は憤慨して言った。すると、ペンキ屋は苦笑いを浮かべて言った。
「だって、圧が凄いんだもん。それに、姉御が言わなくても、裕介さんやオヤジさんからも圧が来るだろうし……」
「分かってるじゃん」
遥子がドヤ顔で言った。
「だから費用の事は心配しなで良いよ。半分趣味みたいな物だしね。こう言う時は甘えておくもんだよ」
ペンキ屋が笑顔で言うと、希はぺこりと頭を下げて言った。
「ありがとうございます。じゃ、甘えさせて貰います」
「その代わりってわけじゃ無いんだけどさ……」
ペンキ屋が続けた。
「バイクは降りないで欲しいな。そして、僕のペイントしたヘルメットで乗り続けて欲しいかな」
笑顔でペンキ屋はそう言うと、真面目な顔で希を見つめた。
「はい。乗り続けます」
希は元気良く答えた。
「それじゃ、どうしようか?僕としては、今日、明日でデザインは仕上げちゃうけどペイントするとなると、乾燥も含めてちょっと時間欲しいんだけど」
「どれくらいかかりますか?」
ペンキ屋は、少し考えて答えた。
「早くて10日かな。2週間見てくれると嬉しいけど」
「それだと、来週のツーリングには間に合わないな……」
希は少し残念そうに呟くと、ペンキ屋が希に聞いた。
「来週、ツーリングに行くの?」
「はい!康二さんと江ノ島に行くんです」
希は明るく答えた。ペンキ屋は少し含みのある顔をして遥子を見ると、遥子は、指を口に当てた。
なるほど、これは康二には内緒と言うことね……
遥子のゼスチャーを見て察したペンキ屋だが、物理的に時間が足りないのも事実だ。
「何とか、来週までに仕上げても良いけど、僕は、オススメしないなぁ。僕的にも中途半端な物作りたく無いし」
ペンキ屋は正直に答えた。どんな形であれ、受けた以上、納得のいく物を納品する。ペンキ屋のプロとしての矜持だった。
「ですよね。わかりました。残念だけど、来週は諦めます」
「うん。じゃ、来週のツーリングの後かな?」
ペンキ屋がそう言うと、希が言った。
「どうせなら、新しいヘルメットにして貰いたいんで、新しいヘルメットを買うまで待ってもらえますか?」
それは、希にとって先輩との訣別を意味していた。
先輩に言われるがまま買ったヘルメットを、今度は自分で選んだ物に変え、その上オリジナルのペイントを入れるのだ。希にとって憧れるだけの自分にさよならをする意味があった。
「それは、別に構わないけど?」
希は、恥ずかしそうに言った。
「自由に使えるお金があまり無いんで、いつになっちゃうかわからないんですけど、良いですか?」
「学生さんだもんね。大丈夫、いつでも良いよ」
ペンキ屋が笑って言うと、希はホッとした顔で言った。
「ありがとうございます。早速バイト探さなきゃ。色々欲しい物も増えたし」
すると、灯が遥子に言った。
「じゃぁ、希ちゃんにここでバイトしてもらうってのはどう?姉御」
遥子は少し考えながら言った。
「うん、私は別に良いけど?て言うか、私こそ是非お願いしたいわ。今日もテキパキと働いてくれたし」
「良いんですか?」
希は嬉しそうに言った。
「うん、あまりお給料は出せないけどさ、そしたら、灯ちゃんも休みやすくなるしね。『試験前』とか」
遥子は、あえて「試験前」を付け加えて言ったが、当の灯と言えば
「うん、レースの時とかぁ、休む事多くなるからぁ、私としても希ちゃんが来てくれると、安心」
と嬉しそうに言った「試験」のことなぞ頭に無いようだ。
次回の更新は25日となります。




