第三話ーー晴れーー34
ペンキ屋は待ってましたとばかりに嬉しそうに話した。
「うん。凄いよ。こんなに変わるなんて思わなかった。凄く走りやすくなったんだよ」
「セッティングだけで、そこまで感じるなんてペンキ屋もセンスが良いんだろうな。普通、なかなかわからないよ」
康一が感心して言った。
「いや、元々のコイツのセッティングがかなりピーキーな物だったらしくてさ。親父がぼやきながらやってたよ。こんなんでよく公道走ってたなって」
裕介が笑いながら言った。
「それ言われちゃうとさ……でも、今ならわかるかも……」
恐縮しながらペンキ屋は言った。
もちろん、ペンキ屋の心情が変わって来ている事も影響しているのだろう。
以前のペンキ屋はバイクにピーキーな特性である事を望んでいた。それは、他人に裏切られ、そのせいで自分を大切に出来なくなった、ある種の自暴自棄に近いギリギリの走りを追い求めた結果だからだ。
だが、今は違う。少し、ほんの少しだけでも信頼できる友人を手に入れた彼は、以前に比べて気持ちが幾分楽になっていると感じていた。
そして、自分の事を仲間だと言ってくれた彼らに少しでも、自分を好きになってもらいたいと思った……
全てを話しても……
今日は、自分の全てを打ち明けようとペンキ屋は思っていた。
「で?どんな風に変わったのよ?」
遥子が聞いた。
あれ?珍しいな……
康一はそう思った。遥子がそういう事を聞くのは珍しい事だったのだ。
遥子は、どちらかと言うと、自分の直感を大切にするタイプだ。何よりも自分が感じた事を大切にする。そう言う意味では康一よりも裕介に近いかもしれない。そんな遥子が、ペンキ屋のセッティングを気にしている事が康一には驚きだった。
少しは佐野くんの事を気にしていたのかな……
ペンキ屋は嬉しそうに遥子に言った。
「とにかく、走りやすくて乗ってて楽しいんだ。こんなに楽しいなんて今まで感じた事なかった」
「ふーん」
遥子は、楽しそうに話しているペンキ屋を見て言った。
「なんか、良い顔になってんじゃん。この前なんか、めちゃくちゃとんがった目をしてたけどさ。今のアンタは随分と変わったと思うよ」
ほんと、よく見てる……
康一はそう思った。
康一も確かにペンキ屋の顔は変わったと思っていた。刺々しい物言いも影を潜め、高校生らしい年相応な雰囲気になっていた。
「俺、そんなにとんがってた?」
ペンキ屋が聞いた。
「うん」
「うん」
裕介と遥子が同時に頷いた。
「アンタ、この世の終わりみたいな目をしてたからね。それも裕介に突っかかって行ったからさ。ま、あれは裕介も悪いとは思うけど……」
「俺も悪いの?」
驚いて裕介が遥子に言った。
「当たり前だろ?高校生相手に、あんな子供みたいな煽り入れてさ。アンタ歳上なんだから、やりようがあんだろ?」
遥子の言う事ももっともだと康一は思った。
「でも、ああでもしないとペンキ屋がわかんねぇと思ってよ。無理矢理にでもわからせなきゃと思ってさ」
裕介は不満げに言った。
「それでもだよ。全く……オマエは思った事を考え無しにすぐやるからダメなんだよ」
「だってよ……」
遥子に容赦無く責められた裕介は小さくなっていた。するとペンキ屋が裕介を庇う様に言った。
「いや、俺が悪いんだよ。ちゃんと素直に話を聞いていたら、あんな事には……」
「そうだよ!元を正せばオマエが素直に話を聞かなかったのが悪い!!」
遥子はペンキ屋にも容赦無く言い放った。遥子に怒られたペンキ屋も裕介と同じように小さくなっていった。
「いいか!二度とケンカなんてすんじゃねぇぞ。わかったな!!今度やったら、うちの店出禁だからな!!!」
「ごめんなさい」
「ごめんなさい」
二人は素直に遥子に頭を下げた。
「なら、良い」
遥子はドヤ顔で言った。言いたい事を言って満足したようだ。
「けどよ、なんで康一には怒らないわけ?康一も当事者じゃん」
裕介が不満げに言った。
「コウちゃんは良いの」
「なんだよ、それ。贔屓じゃん」
裕介が、また子供じみた事を言った。
「うるさいな。良いもんは良いんだよ!!」
「姉御、怖いよ」
ペンキ屋が笑いながら言った。
「姉御?私は志麻姐さんか!」
※志麻姐さん
映画「極道の妻たち」(監督:五社英雄、1986年公開、東映)で主演を務めた大女優さん。
「いやあ、そんな雰囲気だよ?だって、遥子さんて、あの遥子さんでしょ?」
ペンキ屋がニヤつきながら言った。思い当たる事がありすぎる遥子は何か悪い予感がしていた。
「オマエ、何知ってる?」
遥子は恐る恐るペンキ屋に聞いた。
「うん?遥子さんて〇〇女子だよね?実は俺んちそこの近くなんだよね」
「なんだと!?」
遥子は多少狼狽えながら言った。ペンキ屋はニヤニヤしながら続けた。
「中学の頃にさ、ロンスカ制服のインパルスでカッ飛んでる女子高生がいたわけ。すっごいカッコ良くてさ」
「ちょ、ちょっと待って」
いつの間にか、いつもの強気の遥子ではなくなっていた。
「俺さ、近所に〇〇女子に通ってるお姉さんがいてさ、聞いたんだよね。あの制服でバイク乗ってる人って誰?って」
「お願い、やめて……ね、うちの店でコーヒー飲み放題にするからさ」
遥子は完全に狼狽えている。
「どうしよっかなあ」
意地の悪い顔でペンキ屋が言った。
「何だよ!途中で止めるな!!」
裕介が文句を言った。狼狽えている遥子を見て、普段やり込められる事が多い裕介としては遥子の弱みを握りたくて仕方がないのだ。康一も黙ってはいるが、聞きたくて仕方がない顔をしている。
「ちょっと、裕介!コウちゃんも、そんな顔をして……」
次回の更新は11日となります。




