第三話ーー晴れーー35
「ペンキ屋、良いから話せ!」
裕介の半ば強制に近い命令を逆手に取ってペンキ屋は笑いながら言った。
「しょうがないよね。先輩にこう言われちゃうとさ」
「オマエら……後で覚えてろよ。コウちゃん、お願い聞かないで……」
遥子は、姉御になったり乙女になったり忙しい。ペンキ屋はそんな遥子を見ているのが楽しそうだ。
「そのお姉さんがさ、教えてくれたんだ。学校どころか、この界隈では結構有名だよって」
遥子は、耐えきれなくなって顔を隠している。
「インパルスの遥子って言われてるんだって教えてくれてさ」
「何っ!!!」
「インパルスの遥子?」
裕介と康一、二人はそう言うと飲んでいた缶コーヒーを一気に吹き出してしまった。
「やめてぇ」
遥子の顔は真っ赤になっていた。
「インパルスの?」
「遥子?」
「何だそれ?」
裕介と康一の二人は大笑いして、遥子を揶揄った。
「ペンキ屋あああああ!!!」
揶揄われた遥子は、とうとうキレてペンキ屋を追いかけまわし始めた。
「オマエ、私の黒歴史を、しゃべりやがったな!!!」
「ゴメンって、姉御がそんなに怒るとは思わなかったんだよ。ほら、そんな顔してたら康一さんが引くよ?」
「うるさい!!!」
追いかけ回されているペンキ屋もどこか嬉しそうだった。
二人のじゃれ合いを見ていた康一は思った。
佐野くん、なんか吹っ切れたみたいだな。この前と全然違う……
「許してよ、姉御!もう言わないから!」
遥子に捕まったペンキ屋は遥子に命乞いをしていた。
「いいや、許さん!コウちゃんの前でなんて事を!」
ペンキ屋は遥子にこめかみをグリグリされて、たまらず言った。
「ゴメン、ゴメンて!お詫びに俺の秘密を話すから許して!」
「ん?」
「秘密?」
笑って見ていた裕介と康一は、ペンキ屋の「秘密」と言う言葉に敏感に反応をした。
いくら、ペンキ屋が心を開き始めたとはいえ、自分の隠していた事を、ペンキ屋自ら話すと言ったからだ。
遥子は、グリグリをやめてペンキ屋に言った。
「オマエの秘密って何なのさ?」
「もう、痛いなぁ。手加減してよ」
ペンキ屋はそう言うと、遥子はドヤ顔で言った。
「オマエも恥ずかしい話を言わないと、許さないからな!」
「わかったよ。ちゃんと言うよ。はい!実は僕は……」
ペンキ屋が告白をし始めると、3人は固唾を飲んで聞きはじめた。
「僕は……」
「僕は?」
3人がペンキ屋を覗き込むと、ペンキ屋は缶コーヒーを一口飲んだ。
「ここでコーヒーかい!」
「溜めんなよ!」
「早く言え!」
3人とも口々に文句を言うと、ペンキ屋がさらりと言った。
「僕はゲイです。男の人が好きです」
「…………」
ペンキ屋の告白を聞いた3人は黙っていた。
やっぱりそうだよな……こう言う反応になるよな……せっかく仲良くなれても、終わりかな……
ペンキ屋はそう思うと、やはり悲しくなったと同時に納得もしていた。
しかし、この3人だったらわかってくれるのではないかと、ペンキ屋にとっては淡い期待を持っていたのも事実だ。
今日、カミングアウトをする事を、躊躇しなかったわけではない。あれから、何日も何日も気が遠くなる程悩み続けた。
別にカミングアウトをしなくても仲良くはなれたかもしれない。だが、それでは、仲間だと言ってくれたこの3人を裏切る事になる。
仲間は裏切りたくない……
これが、自分が裏切られ続けたペンキ屋の決断だった。自分が仲間だと信じた人たちを裏切りたくは無かった。
その為に仲間を失う事になっても……
重い空気が4人を包んでいた……
はずだった…………?
「なんだ、そんな事かよ?もっとすごい話かと思ったよな、康一」
裕介が、がっかりした表情で言った。
「うん。なんかさ、ちょっと拍子抜けだよね、遥子」
康一が遥子に言った。
「うん。私の黒歴史に比べたら、そんなに溜めて言うような程でも無いよね」
遥子が不満げに言った。すかさず裕介が遥子にツッコミを入れた。
「オマエの黒歴史、傑作だもんな。何だっけ?インパルスの?」
「遥子だっけ?凄いよな」
康一も裕介のツッコミに乗っかった。
「やめろよぉ」
遥子のダメージは事の他大きかった。ツッコミに言い返す力も無い。
「え?気にならないの?俺、ゲイだよ?普通と違うんだよ?」
ペンキ屋はあまりにも普通に受け流す3人に言った。決死の覚悟で告白したのに、あまりにも3人の態度はペンキ屋にとって拍子抜けだったのだ。
「だってさ、ペンキ屋はペンキ屋だろ?」
裕介が当たり前のように言った。
「うん。別に変わんないよな」
康一も当たり前のように言った。
「別に、オマエが男が好きだろうがどうだろうが、どうでも良いんだよ。それを含めてのオマエなんだから。なんかおかしいこと言ってる?俺?」
裕介が笑いながら康一に聞いた。
「いや、その通りなんじゃない?全然おかしく無いと思うけどな、遥子」
康一が遥子に笑顔で振った。
「まあ、そうだね。コウちゃんに手を出すって言うんなら話は別だけどさ」
遥子はペンキ屋を威嚇しながら言った。
「いやいやいや、姉御の彼氏に手を出せるわけないでしょ」
「ならば良し!裕介だったら好きにしていいけど」
遥子は笑いながら言った。
「俺だったら良いのかよ!」
「良いじゃん。新しい世界が広がるかもよ?」
この手のやり取りは、センシティブな問題であるが為に、本来はなかなか言えるものではないはずだ。だが、この3人は本人を前にして、平気でこう言う、所謂イジリをする。
これは決して差別とか、侮蔑とかそういった類いの物ではない。ペンキ屋のあるがままを受け入れたからこそ出来るのだ。セクシャリティの問題ではなく、ペンキ屋本人を人間として受け入れているから出来るのだ。
そしてペンキ屋自身、この3人にこう言うイジリ方をされても嫌では無かった。自分を受け入れてくれて、こう言う冗談を言える相手が欲しかったのだ。
自分を人間として見てくれる仲間が欲しかったのだ。
ふと、ペンキ屋の目から涙が流れた……
次回の更新は15日となります。




