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雨のち曇りそして晴れ  作者: 冬馬
第三話

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63/69

第三話ーー晴れーー28

 「何だよ。ヘタクソでも早く走れるなら良いじゃないか。早く走れるんなら下手じゃねぇよ」


 ペンキ屋が言った。それに康一が答えた。


 「うん、これがサーキットだったらね。別にどんな走り方しても良いと思うよ。だけど、さっきも言ったけど、これは限られたコースじやなくて公道で君がやってる事なんだ。そして、公道でやる様な事じゃない!」


 さっきまで優しかった康一が、初めて怒りの感情を出した。その姿を見て、遥子も裕介も驚きを隠せなかった。それもそうだろう、普段温厚な康一が怒りの感情を見せる事は滅多に無い。ましてや、このような場では抑えに入る役割に回る事が常だからだ。

 ペンキ屋の頑なな態度が康一を怒らせたのか?いやそれだけでは無い。その奥にある、自暴自棄な考え方が康一を怒らせたのだ。大好きなバイクを自殺の道具に使って欲しくなかった。

 それは大袈裟な事といえるかもしれない。しかし康一には、そう見えた。ペンキ屋はいつ死んでも良いと思って走っている様に見えた。


 「もし、コーナーの出口に砂や落ち葉があったらどうする?マンホールが濡れてたら?動物が出てきたら?対向車がセンターライン超えてきたら?君がセンターライン超えたら?どんなアクシデントが起こっても回避できる?無理だろうね。こんなギリギリの走り方してたら、とてもじゃないけど無理だ」

 

 康一は厳しい顔で続けた。


「公道には、たくさんの人がそれぞれの目的を持って走ってるんだ。楽しい家族旅行だったり、恋人同士のドライブデート。もしかしたら、具合が悪い人を病院に連れていく途中かもしれない。お腹に赤ちゃんがいて、これから出産する人もいるかもしれない。公道はそれぞれの人がそれぞれの理由で自由に使える物なんだよ。そこで君が、身勝手で無茶な運転をして、まだ単独事故だったら良いけど、巻き込んだりしたらどうなる?楽しい旅行はそれで終わり、病院に行く人は、もしかしたら間に合わないかもしれない。それどころか、お母さんと赤ちゃん、両方を殺してしまうかもしれない。交通事故って、誰でも簡単に加害者になっちゃうんだよ」


 「俺は、別にそんなつもりで走ってるわけじゃ……」


 明らかにペンキ屋は動揺し始めている。康一の真剣な話にペンキ屋の心が動いたのだ。


 「みんな、そう言うんだよ。そんなつもりじゃなかったってさ。けど、加害者には変わりない。そんなつもりじゃない人が簡単に人を傷つけたり、殺したりできるんだ。君も子供じゃないんだったら、僕の言っている意味、わかってくれると思うけど」


 ペンキ屋は黙っている。


 「君が何を考えて、こんな運転をしているのかわからないよ。それこそ僕たちもやって来たし。全部が全部悪いとは言わない。だけどさ、ここまで自分を追い込まなくて良いんじゃない?って思う。それこそ、何十回、何百回って俺たちもオヤジさんに怒られてきた。もちろん、遥子も同じ様にね。事故って人生が終わった奴を何回も見てきた。巻き込んで相手の人生を終わらせた奴も見てきた。幸いにもオヤジさんのとこには、そう言う奴はいないけどね。これは、毎回オヤジさんがうるさく言ってくれてるからだと思う。だから、俺たちはオヤジさんを信じてるし、楽しくバイクに乗れてるんだよ」


 「確かになぁ、あのオヤジ、ただうるせぇだけじゃなかったんだなぁ」


 裕介は変な所に感心していた。


 「オマエ、実の息子がそんなんで良いのか?」


 遥子のツッコミが飛んだ。二人の見事な連携で重くなっていた場の空気が、多少和んだ。


 「僕たちは、公道では、どんなに頑張っても、せいぜい80%くらいで走ってるかな。80%も出さないかもね。何があっても対処できる様に、常に余裕を持つようにしてる。例えばさ、君がギリギリ余裕が無いまま無理矢理コーナーを回ってて、リアが滑ったとする。君は余裕が無いから立て直せない。今まではそれでも何とか回れてたとしても、それはただラッキーなだけでね。いつかは、コントロール失ってガチャんってなると思うよ」


 「まだ、滑るだけなら良いけどな。中途半端にグリップ回復してハイサイドにでもなった日にゃ、バイクもおまえも転がっておしまいだな」


 裕介が言った。


 「早く走る事が悪いとは言わないし、早く走りたいって気持ちもわかる。だけど、無茶するんなら公道じゃなくてサーキットでやりなよ。人に迷惑をかけて乗るもんじゃないよ、バイクはさ。ましてや自殺の道具じゃ無い」


康一はそう言ってチーズケーキを一口食べた。ペンキ屋は何も言えずに黙っている。


 「美味しいよ。食べなよ」


 「……うん……」


 ペンキ屋はチーズケーキを一口、口に入れると、甘酸っぱさが口いっぱいに広がった。まるで今の自分の気持ちの様だった。


 「今頃さ、オヤジさん、君のバイクを見て、ああだこうだセッティングのこと考えてると思うよ。勿論、君の好みを聞いて煮詰めていくんだろうけどさ、今みたいな走りをさせない為に、中低速域のトルクを出して乗りやすくしてやろうって考えてるんじゃないかな。その方が公道では気持ち良く走れる」


 「えっ?」


 ペンキ屋は驚いていた。


 「多分、君は自分で勉強して、セッティングとかも煮詰めてたんだろうけどさ、自己流だから結果的に回さないとパワーが出なくなっちゃってるんだと思うんだ。すごくピーキーなセッティングになってるんだと思う。だけどね、バイクって奥深いよ。経験が物を言うこともある。早く走るにしても、ただ回せば良いってもんじゃないから。セッティング一つで乗り味めちゃめちゃ変わるし。オヤジさんは、気持ち良く安全に早く走れる様にって考えてくれてるんだ。だから俺たちは安心してオヤジさんにバイクを預けられる。たださ、一生懸命オヤジさんが仕上げてくれても、それに気が付かなきゃ宝の持ち腐れだけどね」


 康一は笑顔で言った。


 「そうだね……」


 ペンキ屋は沈んだ表情で言った。


次回の更新は20日となります。

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