第三話ーー晴れーー26
「ところでさ、さっきの話の続きなんだけど……」
ペンキ屋が裕介と康一に聞いた。
「俺の走り方が危ないって、一緒に走ってないのに何でわかんの?」
ペンキ屋は、さっき言われた事が気に掛かっていた。
「うん?大体、バイク見りゃわかるよな。康一」
「そうだね。結構、無茶してるんじゃないかなくらいはね」
康一はさらりと言うと、ペンキ屋は、二人の知ったような態度に多少イラつきながら言った。
「俺の事を知りもしないのに、そんな事わかるわけないじゃん。それもバイクを見ただけでなんてさ」
ペンキ屋のイラついている顔を見て裕介はいやらしく笑いながら言った。
「それがさ、わかっちゃうんだよなぁ」
「だから言ってみろよ!!」
ペンキ屋が裕介の煽りを受けてヒートアップし始めた。
康一と遥子には裕介は、わざとペンキ屋を煽っているように見えた。
裕介のことだから何かしらの意図はあるのだろうけど、これ以上はちょっとな……
そう思った康一は、二人を宥めるように言った。
「おい、裕介、あんま煽るなよ。佐野くんもとりあえず落ち着いて」
「裕介!オマエ煽りすぎだぞ!!そんな煽り方しなくても良いだろ!!」
遥子は、裕介に強めに言った。しかし、裕介は笑いながら、しかも二人に止められても懲りずに、ペンキ屋への煽りをしっかりと入れて言った。
「いやぁ、何にも分かってないみたいだし、彼、自分の運転の事も何も理解してないからさ」
「何だと!!」
ペンキ屋がますますヒートアップし始めた。
「気に入らないなら、外に出てヤル?俺は構わないよ。わからない奴にはそう言うのも必要だろ?」
「おい!!裕介!!」
康一は、裕介を止めた。裕介は今となっては、多少は丸くなったが、学生の頃はそれなりに暴れていた事を康一は知っている。このままだと、本当に暴れかねないと康一は思った。
しかし裕介は康一のそんな思いを他所に呑気にコーヒーを啜っている。その余裕のある態度がまた、ペンキ屋は気に入らなかった。
「上等だよ!表にでろ!」
ペンキ屋は、立ち上がり裕介に怒鳴った。
「佐野くんも!!」
康一は、二人を止めようとしたが、ここまで来ると止められない。すると、
「うわっ冷て!」
「うわっ!!なんだ!?」
遥子が二人同時に頭から水をかけたのだ。遥子は鬼のような形相で二人に怒鳴った。
「オマエら良い加減にしろよ!ここはコーヒーを飲むとこだ!ケンカをするとこじゃねぇ!!ケンカするんなら二度と来んな!!」
二人は水をかけられて多少、冷静さを取り戻していた。
「ひでぇなぁ遥子、水をかける事ないだろ?」
裕介は濡れた髪をかきあげながら言った。しかし、ペンキ屋を煽った事は、まるで悪いと思っていない様子だった。
コイツが、ここまで煽るって事は、よっぽど気に入らない事があるんだろうけどさ……
裕介のことをよく理解している遥子は、そう思っていた。
確かに裕介は、簡単にケンカを売るような男では無い。どちらかと言うと、生来の性格からかそう言ったものを、うまく交わして来るような、揉め事が嫌いな男だ。その分、何かスイッチが入ったら、手がつけられないくらいやる時はやってしまう。それも、普段の軽い陽介のまま急に初めてしまうのだ。それこそ、側から見ていたら、何がスイッチなのかわからない。
ただ、裕介がこうなる時には絶対に理由がある。それは、遥子もわかっている。そこだけは信頼している。だからこそ遥子にとっては非常に面倒臭い幼なじみなのだ。
康一の方はというと、何となくだが裕介の言わんとしている事はわかっていた。オヤジさんに怒られていてもどこか、他人事のようなペンキ屋の態度が康一も気になっていたのだ。きっと、裕介はその態度が気に入らないのだろうと思っていた。
裕介らしいと言えばらしいけどなぁ……
康一はそう思った。
だけどさぁ、収めるのは俺なんだよなぁ……
正に康一が思っていた通りに裕介は、ペンキ屋のその他人事のような態度が気に入らなかった。自分の命に関わる事なのに、そういった物に、全く興味が無さそうな態度が気に入らなかった。オヤジさんに怒られても「ただ怒られた」だけで「なぜ怒られた」のかを考えないペンキ屋に内心苛立っていたのだ。
このままではいつか必ず大きな事故を起こす……
裕介はそう思ったのだ。ならば、わからなかったら、無理矢理にでもわからせるしか無い。まだ若かった裕介には、そう言った手段しか思いつかなかった。
しかし、これも康一がいるからこそ出来る。必ず、康一が後でフォローを入れてくれると言う計算があるからこそ、こう言った事が出来た。
そう考えると、希に対して、優しく諭した裕介は、大人になったと言えた。康一がいなくなった分、自分が康一の分も、と言う思いがあったのかもしれない。
何はともあれ、この二人はオヤジさんの教育を一番身近に受けて来たから、バイクを雑に扱うような事は許せなかった。大好きなバイクが、人を殺してしまう道具になる事が許せなかった。
「まあ、裕介のやり方は、よく無いけどさ。佐野くんの走りは、本当にバイクを見ればわかるよ」
康一は、優しくペンキ屋に言った。
「オヤジさんも言ってたじゃん。こんな所までタイヤを使うんじゃねぇって。それは、初めて君のバイクを見た時から、俺らも感じてた事なんだ」
「どう言う意味?タイヤは使ってこそじゃないの?タイヤを使い切るのが上手いんじゃないの?」
ペンキ屋は、納得がいっていない様子だった。そんなペンキ屋を諭す様に康一は言った。
「サーキットだったら、それで良いと思うよ。だけどさ、峠は公道なんだよね。サーキットみたいに整備されてるわけじゃない」
「別に、おんなじようなもんじゃないの?」
若いな……
康一はそう思った。人の話を素直に聞けない幼さが、まだペンキ屋にある事を康一は理解していた。
自分達もこんなんだったしな。オヤジさんに言われても反発してたもんな……それにしてもさ……
康一は裕介を見た。裕介はまるで自分の仕事が終わったとでもいう風に、呑気にコーヒーを啜っていた。
煽るだけ煽ってこれだもんなぁ。いつか仕返ししてやる……
と康一は心に誓って、続けた。
「例えばさ、サーキットはコース幅全部使えるし、対向車も無いよね。側溝があるわけじゃないし、コースのど真ん中にマンホールがあるわけも無いし、コーナー立ち上がりに落ち葉が山になってる事も無い。一緒に走ってる奴らも、上手い下手はあるかもしれないけど、ちゃんと統一されたルールを守って、似たようなスピードで走ってる。もし、コケてもすぐにメディカルが来てくれるし、レッドが出れば、コースは閉鎖になる。まあ、言ってみれば、安全に早く走る為の施設ってわけじゃん?けど、公道にはそれが全部無いんだよ。それってどういう事かわかる?」
ペンキ屋は今度は黙って聞いている。
「まあ、単純に言って危険って事だな」
裕介が口を挟んだ。
次回の更新は13日となります。




