第三話ーー晴れーー22
灯ちゃん、直接言っちゃうんだ……
正にそれは灯らしい行動と言えた。希は、改めて灯のはっきり物を言う性格を羨ましいと思った。誰に対しても灯はイヤなものはイヤとはっきり言う事ができる強さを持っているのだ。
それは希には無いものだった。
だけど、嫌ってるわけじゃ無さそうだけどな……いろんなデザインも頼んでるし……
希はそう思った。
そしてもう一つ希が驚いたのは、ペンキ屋が自分の事を自覚をしている事だった。
普通、こう言うのって自覚してないよね……
希がそう思っていると、ペンキ屋が希の疑問を見透かしたように言った。
「ごめんね。僕のこういう話し方は、クセなんだ。仕事柄、こう言う方がトラブルが無いって言うか……」
クリエイターなのに、なぜこう言う大人の対応を取らなければならないのだろう?クライアントとのトラブルを避ける為?でも、クリエイターって、自分の才能、表現を売るものでは無いの?
社会経験がない希は、クリエイターというものに対して、そう思っていた。
そんな希の疑問に答える様にペンキ屋が優しく言った。
「お金が絡むとね……どうしてもそうなっちゃうんだ。同じ商品にしても、受け取り方や感じ方は人それぞれでしょ?だけど、企業としては、こう表現したいって明確な意思があるわけ。そうじゃないと商品なんか売れないもん」
「確かに……」
「そこで、僕は企業がどう言うイメージをこの商品に付けたいのかを聞き出すのが仕事の第一歩なわけ。そこには、僕個人の感情なんか関係無いの。一番大事なのは商品だから」
希は感心しながら聞いていた。
「そこで、じゃあこう言う表現はいかがですか?ってお伺いを立てるわけ。もちろん、相手はお金を出してるから、好き放題言うわけさ。それこそ、酷い物言いをされる事もあるよ。だけど、そこで腹を立ててたら、仕事にならないからね。だから大人の対応が身に付いちゃった」
「なるほど、クリエイターさんも大変なんですね。私には想像もつかない世界だ」
希が感心している姿をペンキ屋は笑顔で見ながら思った。
なるほどね……この子は何でも受け入れようと頑張っちゃう子なんだな……そりゃ、オヤジさんがほっとけないわけだ。危なすぎるもん。こんな話、ナンパされた相手から聞かされても、この子だったら信じちゃいそうだもん……
もちろん、ペンキ屋が話してしている事は全て、ペンキ屋の経験から来る本当の事である。
本来、こう言う事は、あまり人に話す物では無いとペンキ屋は思っていた。それは自分が苦労していると人に思われたくは無いと言う、ペンキ屋のクリエイターとしてのプライドからくる物だった。こういった苦労話は、ある種の自慢と同義語だとペンキ屋は思っているのだ。
それともう一つ理由がある。それは、良からぬ輩が女の子と仲良くなる手段として良く使われる手だからである。得てして、この手の話は、あまり仕事ができない者が良くする。ペンキ屋はそんな輩と一緒にされたくはなかったのだ。
それはペンキ屋のクリエイターとしての矜持とも言えた。
では、普段、こんな話をしないペンキ屋がなぜしてしまったのか……ペンキ屋は、それが不思議だった。今日会ったばかりの自分よりかなり年下の女の子なのに、相手を安心させるためとはいえ、素直に自分の事を話してしまった事が、ペンキ屋自身驚きだった。
不思議な魅力のある子だな……姉御の言っていた事がよくわかる……ちょっと、意地悪をしてみようか……
これから話す事に希がどう言う反応をするのか、すごく興味が湧いたのだ。
ペンキ屋は静かに話し始めた。
「僕がこうなったのは、これだけじゃ無いんだけどね」
自分の秘密を打ち明ける様な適度な芝居じみた真剣味を出して続けた。
「実は僕……ゲイなんだよね……」
さて、彼女がどう言う反応をするかな……
ペンキ屋は、時にこうやって相手の反応を伺う。
しかし、それは自分を守る為であった。
いくら仲良くなり相手を信頼する様になっても、ペンキ屋がカミングアウトした途端、ほとんどの者が掌を返したように離れていく。
その度に、彼は傷つき、人を……そして自分を嫌いになっていった……
そういった事が続き、ペンキ屋は自分が傷つくくらいであるのなら孤独であることを選んだ……
そして孤独でありたいが為にバイクに乗り始め、バイクにのめり込んで行った。
もちろん、ツーリングに出かける度に、仲間達とマスツーリングを楽しむ集団を見かけるが、ペンキ屋にはそう言ったものが煩わしく見えて仕方が無かった。全てが薄っぺらく見えた。
それが羨ましいと思ったことは無かった……あの出会いまでは……
ある日、ペンキ屋はいつもの峠へ走りに行った時、ひとしきり峠を走り回って休憩をしていると、ある男が声をかけてきた。
裕介だった。
裕介はペンキ屋の愛車を眺めながら、人懐っこい笑顔で言った。
「綺麗に乗ってるなぁ。いつも見かけて気になってたんだよな。このRZ-R」
YAMAHA RZ250R
750キラーと言われたRZ250の後継車。ビキニカウルを装着して1983年に発売された。水冷2ストローク250cc。
GPマシン直系のYPVSと言うテクノロジーを搭載し、ピーキーになりがちな2ストロークマシンを中速域でも扱いやすいように進化している。馬力もRZ250の35psから43psまでパワーアップされており、軽い車体に優れたハンドリング性能により、峠では大型車を追い回す姿がよく見られた。
ペンキ屋の愛車は、白と赤のヤマハカラーにペンキ屋らしくオリジナル要素を少し加えている。
「はあ」
ペンキ屋は素っ気なく答えた。裕介は、そんなペンキ屋の素振りを別に気にする事なく、勝手にRZ-Rを舐めるように見ていた。
次回の更新は30日となります。




